第24話 村長と薬

「村長さん、いつものお薬です。」

 村で一番大きな家に赴き、そこで村長と呼ばれる老人にサッポーがヒルメから頼まれていた荷物を渡す。

「うむ…確かに。ヒルメ様の薬は、この村の支え…いくら感謝しても足りぬよ。」

 薬を受け取った村長は中身を確認した後、深々と頭を下げ、目に涙を浮かべてそう言った。


「対価として沢山お米とお野菜貰ってるんだからお礼なんていいのに。」

 村長は大量の米俵と野菜の入った籠を村人たちに準備させる。そんな光景を見ながら、涙ながら感謝する村長にアイアはそう言った。

「ヒルメ様の薬はサグメ一の良薬。求める者は数知れず…何も無いこの村の者達が生きていけるのは、ヒルメ様の薬があるからじゃ。本当に、いくら感謝しても足りぬよ…」

 そう言って再び涙ぐむ村長。そんな村長の言葉に、サッポーとアイアは嬉しそうにうっすらと涙の滲む目を指で拭った。

「その薬、見せなさい!!」

 そんな感動を一瞬で掻き消したのは、フレデリカであった。村長の胸倉を掴み、首に短杖を突き付けていた。


「ちょっと!!アンタ何やってんのよ!!」

 慌てて村長から引き剥がそうとフレデリカの手にしがみつくサッポー。

「な、なんじゃこの娘は!?」

 戸惑いながら怯える村長。

「見せろ、とフレデリカ様が命じているのよ。見せろ!!」

 好奇心に駆られたフレデリカに、そんな制止は通じなかった。

 双方の押し問答が続くが、結局、先に折れたのは村長側だった。

「これがヒルメ様の作って下さった薬じゃ…」

 疲れ切った顔で村長がそう言って、受け取った薬の包みを開く。

 その包みを奪う様にふんだくり、フレデリカは虚空に手を突っ込み、数個の器具を取り出した。


「…アンタ、その食糧は何日分になるのよ?」

 鋭く、殺気の宿った目でサッポーに問うフレデリカ。

「一ヶ月分よ。先生がそういう契約をしたんだから。」

 サッポーの返答に、フレデリカの表情に怒りが宿ったのが、この場にいる全員に分かった。

「一ヶ月分!?巫山戯んじゃないわよ!!魔法を安く売ってんじゃないわよ!!」

 フレデリカの怒声に、全員が怯えた。

「この薬は、この包み一つで国家予算一年分だって安いわ…それを食糧一ヶ月分?巫山戯るにも、程度ってもんがあるわ!!」

 そんなフレデリカの怒りに対し、村長は頷く。

「その通りじゃよ、娘さん。ヒルメ様は、それ程の薬をたったそれだけの対価で柚って下さるのじゃ。故に我らはヒルメ様に感謝してもしきれぬ程感謝しておるのじゃ…」

 

「今から千年以上前、数々の戦乱で、この村に未来は無かった。支配者が次々と代わり、その度に若者達が兵として死に、作物は奪われ、村は滅びる寸前であった。」

 しみじみと語る村長。

「村は限界であった。当時の領主に反旗を翻し、一揆を起こした。結界は明白、一揆勢の敗北であった筈だったのじゃが、そこにヒルメ様が現れたのじゃ!!ヒルメ様は争いを止め、村を守られた。異国の子を受け入れるという条件でのぉ…」

 村長はそう言って、サッポーやアイア、そしてフレデリカを見て言う。

「サグメは、珍しい単一民族国家だったわね。それだけ排他的だったってことかしら。」

 村長の言葉から、フレデリカは彼の意図を読み取って質問した。

「その通りじゃよ…しかし、それを受け入れるという条件で、この村は救われたのじゃ。それから千年、ヒルメ様の保護下でこの村は存在し続けておる。あの薬にしてもそうじゃ。何も無いこの村で銭を得る為に、ヒルメ様が破格の対価で授けて下さる。あの御方は、我等に税も課さなければ、徴兵も無い。我等は、ヒルメ様に何年、何千年でもお仕えするつもりじゃよ。」

「下らないわね。その偽善が、この国の魔法使いの価値を下げるのよ。」

 村長の語りに、フレデリカは、誰にも聞こえぬオオキサで舌打ちしながら、そう呟いた。


「村長さん、他に困っていることは無いですか?先生に伝えておきますけど。」

 大量の食糧を、ヒルメから預かった風呂敷に置いていきながら問うサッポー。

 風呂敷に置かれたそれらは、風呂敷の中に吸い込まれた様に跡形もなく視界から消える。

「おんぶに抱っこで申し訳ないのじゃが、街道付近の森に神蛇様が現れたのじゃ。お陰で村を出ることも、村来ることも出来ず、困っておる。ヒルメ様にお伝え願えるか?」

「ええ、先生に伝えておきます。」

 村長とサッポーのやりとりを聞いていたフレデリカは、箒を取り出しながら言う。

「神蛇って、変異種の蛇でしょ?その程度に『最果て』の魔女が動く必要無いわよ。」

 フレデリカにとっては、ただ思ったことを口にしただけだったのだが、予想外の方向に話が飛ぶ。

「なんと!!お主が神蛇様を鎮めると!!」

 村長がそんなことを言い出す。

「はぁ!?なんでこの私がそんなことを無償で…」

 不機嫌そうに怒り混じりで言おうとしたフレデリカ。

「コイツには無理です。先生に伝えておきます。先生なら、直ぐに鎮めてくれるでしょう。」

 そんな彼女に、サッポーはニヤリとフレデリカの方を一瞬見てサッポーは村長に言う。

「巫山戯たことを言うわね…このフレデリカ様が蛇一匹殺すのが無理ですって!?」

 烈火の如く燃え上がったフレデリカの自尊心。

「神蛇ったって、所詮変異種の大蛇でしょ!?フレデリカ様が一瞬で殺してあげるわ!!案内しなさい!!」

 そんなフレデリカの言葉を聞き、サッポーは村長から神蛇の出現場所を聞きながら思った。

 このフレデリカっていうい娘、扱い易いわね…


「ヤダー!!僕は行かないぞー!!」

「黙れ!!今、ここで死ぬか、それとも、後で死ぬか、選びなさい!!」

 神蛇と聞き、怖がって泣き出すアイアを箒に魔法の縄で縛り付け、引き摺るフレデリカ。

 サッポーは、そんな感想を抱く一方で、恐ろしく単純な思考回路の少女《フレデリカ》を心配したのだった。


 そんなわけで、少女三人による神蛇退治の冒険が始まったのだった。









  

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