第17話 悪魔の少女

「動くな!!杖を置け!!」

 ラウル・サランはアイアの首に短杖を突き付け、フレデリカに叫ぶ。サランの背後には数人の魔法使いや数十人の兵が控えている。

「やだよぉ~、死にたくないよぉ~。師匠〜。」

 泣きじゃくるアイアにフレデリカは溜息を吐く。

「残念だけど、そいつに人質の価値は無いわ!!」

「クッ!!やはりこの悪魔に、人の心を求めたのが間違いだったか!!」

 容赦なく殺意全開の攻撃魔法を放ったフレデリカに、サランはアイアを庇いながら飛び退く。

「随分な言い様ね…まあ、いいわ。ほら、私は杖を捨てるどころか、攻撃までしたわよ?さっさとそいつを殺しててみなさいよ。」

 ニヤニヤと杖を向けながら邪悪な笑みを浮かべるフレデリカに、アイアはピイピイと泣き、サランは恨めしそうに歯軋りする。

「ほら、さっさと殺しなさいよ!!殺せ!!」

 まるで命じる様に叫ぶフレデリカに、サランはアイアの拘束を解く。

「善良な者を傷つけてまで、大義を成す大義は、大義では無い…」

 諦めた様に言葉を紡ぐサラン。彼の目には後悔と無念が宿っていた。

「ラウル司令…」

 目にいっぱいの涙を溜め、彼を慕い、共に死ぬ決意をした兵や魔法使いたちが、自らの司令官の下した決断を受け入れた。

 しかし、その原因を作った少女は違った。

「はぁ!?なに言ってんのよ!!殺せって言ってんでしょ!!殺しなさいよ!!」

「えぇ…」

 きっと、彼らを目覚めさせる為に一芝居打ったのだと思っていたサランや彼の部下たちは戸惑いの言葉を漏らした。

「お前…俺たちの目標は…」

 サランの困惑した問いに、

「分かってるわ!!ランフ共和政府への反乱でしょ!?そんなのどうでもいいわ!!アンタたちが償うのは、フレデリカ様を一瞬とはいえ、あんな臭い場所に連れて行ったことと、そのアホを殺さないことよ!!」

 彼らの予想の斜め上、いや、斜め下をいく返答に更に戸惑う兵士たち。

「師匠ーっ!!助けてーっ!!」

 殺意を全開に向けられ、泣き叫ぶアイア。


「そこのアホを殺しなさい…そうすれば私が便宜を図ってあげるわ。」

 そういうフレデリカに、サランは杖を泣き叫ぶアイアに向ける。

「その言葉に偽りは無いな?俺は死罪でもいい、ただ、こいつらは俺の命令に従っただけだ。こいつに罪は無い。それを約束出来るか?」

「司令!!そんな…我々は貴方と共に…」

 身を賭したサランの言葉に兵たちは悲痛な叫びを上げる。

 そんなサランの言葉に、フレデリカは笑う。

「ええ、約束するわ。」

 その言葉を聞き、サランは決意した。

「よく分かった…やはり貴様は生かしておけぬ!!この国だけではない!!貴様は悪魔だ!!狂った化け物だ!!」

 サランのその叫びと共に、彼の魔法と共に、魔法使いや兵士がフレデリカに襲い掛かる。

「間違った正義感ね…この世の正義たるフレデリカ様を悪魔ですって!?」

 フレデリカがそれらの攻撃を薙ぎ払う一撃を放った。


−−−−−−−−−−−−−−−−−


「そこまでですよぉ~。」

 全ての攻撃を打ち消す白刃の一閃と共に、間の抜けた声が響く。

「師匠ー!!」

 アイアが泣きながら声の主に駆け寄る。

「…アメノ・ヒルメ様。」

 サランが、握っていた杖を落とす。

「怖かったよぉ~!!」

 ヒルメの豊かな胸に顔を埋め、泣きじゃくるアイア。

「あらあら、アイアは泣き虫さんですね。」

 周囲の緊張感が分からないのか、能天気にそう言ってアイアの頭を撫でるヒルメ。

「貴女がアイアを守ってくれたんですか?」

 緊張感の欠片も無い、ホワホワとした話し方でフレデリカに声を掛ける黒髪の美女。

 つい先程まで殺す気満々だったフレデリカは、迷いなく答える。

「そうよ。」

「嘘つき!!僕を殺そうとしたのにっ!!」

 目にいっぱいの涙を溜めアイアが直様反論する。

「…う〜ん?アイアは嘘をつける子ではありませんが…守ってくれたのは少し本当みたいですね。」

 フレデリカの眼とアイアの眼を見たヒルメは、ほほに手を当て、そう言う。

「そうですねぇ…こういう時は喧嘩両成敗です。」

 ポン!と手を打ち、ヒルメは頷く。

「はぁ?なんで私が!!」

 不満を漏らしたフレデリカだったが、

「ギニヤ!!」

 間抜けな悲鳴を上げて意識を失った。

「師匠の拳骨は凄くんだぞ!!僕の強化なんか簡単に貫通するんだから!!…ギニヤ!!」

 気絶したフレデリカを笑うアイアも同じ末路を辿ったのだった。


「アイアはもっとしっかりしないとダメですよ~。それにフレデリカちゃんは、もっと優しくならないと~。」

 気絶した二人を抱えて、ヒルメは続けて言う。

「でも、よく頑張りました。起きたらいっぱい褒めてあげましょう。」

 ほわほわとした笑顔を浮かべて。

 周囲の緊張感など微塵も感じていない、実にマイペースな『最果て』の魔女は、気絶している二人の頭を、愛おしそう撫でていた。

 

 




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