第13話 アメノ・ヒルメ

「そういうわけで、アンタは私の奴隷になったわ。とりあえず一年、私の為だけに生きれることに感謝しなさい。」

 朝、今度は窓を破壊して侵入してきた少女は、さらりと恐ろしいことを言ってソファーにふんぞり返る。

 そんな少女を、出来ないと分かっていても、今すぐ家に叩き返したいとエミールは思っていた。

「シラクサに行く私の奴隷になれることを、光栄に思いなさい。そうね、先ずは歓喜の叫びを涙と共に上げていいわよ。」

 上機嫌に笑うフレデリカに頭を抱えるエミール。昨日まであれ程苛立っていたのに、この豹変ぶりだ。

 因みに、シラクサとは、世界の中央と言われるマゲイア大陸、そこに存在するとされる伝説の聖地であり、『最果て』に辿り着いた者か、辿り着ける者だけが行けると言われる、おとぎ話に様な場所であり、そもそも実在するのか?と疑われている、伝説上の地であり、それに関して、歴史上全ての『最果て』へと到った者が全て口を閉ざしている。そんな場所のことである。

 現在では、『シラクサに行く』とは、慣用句として用いられ、『有り得ないこと』の意味を持つ。

 そんなことを言ったフレデリカに、エミールは、静かに涙を流したのであった。


「それでセラフィマ様が私の肩に手を置き言ったの、『貴女なら直ぐに魔女になれるわ。』って、そして最後にこう言ったの…『待ってるわよ。フレデリカ。』ってね。ふふっ、世界一の魔女であるセラフィマ様に認められるなんて…流石天才美少女フレデリカ様!!アンタもそう思うでしょう?それにしても、セラフィマ様は素敵だったわ。そう、この私と並んでも輝きを失わない程…えへへ、私と並び立つに相応しい方だわ。」

 ニヘラッ、とだらしなく頬を緩ませ上機嫌に語る少女は、『最果て』の中でも最強と称されるチェチェリミナ・ロジオーノヴナ・セラフィマを褒め称えつつ、己を讃える少女に、作り笑いを浮かべるエミール。

 この上機嫌がいつまで保つのだろう?彼は、そんなことを作り笑いをしながら考えていた。

「やっぱり、私は最高の天才美少女!!…ああっ!!もう!!なんでこのボロ屋には姿見鏡が無いのよ!!このフレデリカ様が、フレデリカ様を見つめる為に必須アイテムなのにっ!!」

 少女は、己の求める物が存在しなかったことで、一瞬で不機嫌になり、折角修理した玄関の扉を跡形も無く魔法で破壊した。

 凄くな、まさか、数秒も保たないとは…エミールは静かに涙を流し、それを隠す様に頭を抱えた。これが後一年続くのか、と。









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「ーーて…ーーきて…起きて下さい、師匠…」

 ぼそぼそと耳元で囁く声。

「…もう朝ですか?それとも…お仕事が終わりましたか?」

 寝起きのぼーっとした頭でそう問いかける。

「違いますよ!!」

 小声で、泣きそうな声でそう言う。

「では何故起こしたのですか?…あら?手が縛られてますね。あらあら…手だけじゃなくて足も。どういうことですか?」

 眠気眼を擦ろうと腕を動かしたことで、異常な状況に気付いた。しかし、焦ったり、混乱した様子は無い。

「うーん?さっぱり状況が分かりませんね。あら?似たような方たちがいっぱいいますね。アイア、ここは何処でしょう?」

 アイアと呼ばれた、小声で話かけていた少女に尋ねる。

「奴隷商人の馬車です!!大騒ぎだったのに、師匠が起きないから!!」

 眼にいっぱいの涙を溜め、思わず叫んでしまったアイア。

 その声に、ギョッとした顔で彼女を見る馬車に詰め込まれた女性たち。

「そんな大きな声を出さなくても、聞こえていますよ。」

 そんな雰囲気など露知らず、あらあら、と笑う。


「何を騒いでる!!」

 アイアの声が奴隷商人らしき男を呼び寄せてしまった。その背後には数人の男たち、手には鞭や棍棒、痛みつけることを目的とした物。

「おい、あまり商品に傷をつけるなよ。」

 そんな男の声に、男たちが一歩踏み出した。

「師匠!!こいつら悪者です!!」

 アイアの叫び。

「このガキ!!」

 男たちの一人が鞭を振りかぶった。その時だった。

「よいしょ。」

 その一言で手足の縄を自力で引き千切り、アイアと男の間に立つ。それと同時に、男の持っていた鞭は粉微塵にその姿を失っていた。

 唐突な出来事に言葉を失う男。

「うーん?悪い人は許せませんね。皆さんも怯えていますし…仕方ありませんね。」

 その言葉と共に一瞬だけ光が疾走った。

「あら?思った以上に弱い…アイア?この程度なら貴女だけでも…そもそも攫われなど…」

 首を傾げて少女を見る。そんな少女は顔を逸らす。

「アイア?」

 そんな少女に、ズイッ、と顔を寄せ、無理矢理目線を合わせる。

「ごめんなさい!!負けました!!」

 気不味そうに苦い顔で言うアイア。

「そうですか…まだまだ鍛錬不足ですね。それはそうと、怪我はありませんか?」

 そんな少女に優しい瞳と口調で問いかける。

「はい。」

 そんな瞳と声に安心したのか、少女は泣きじゃくって答える。

「貴女が無事で何よりです。良く頑張りましたね。」

 そんな少女を抱き締め、頭を撫でる。

「怖かったぁ〜!!怖かったよぉ〜!!なんで起きないの、師匠〜!!」

 抱き締められ、泣き叫ぶアイア。

「お昼寝日和な、とっても良い陽気でした。」

 悪びれた様子もなく、ほわほわとした口調でそう答えるのだった。


「さて、皆さんを元の場所に返して行きましょうか。帰りたくない方は申し出て下さいね。」

 馬車に詰め込まれた女性たちを見ながらそう言う。

「…帰りたくない、そう言ったらどうなるんです?」

 馬車の中からそんな声が上がる。その声に、怯えながらも小さく頷く女性たち。

「行きたい所に連れて行きましょう。安心して下さい。これでも私強いんですよ。」

 緊迫した馬車の中で、唯一人、ほわほわとした雰囲気のまま能天気にそう答える。

 数人の男をそれこそ瞬く間に絶命させた者を弱いと思う者はいないが、信頼もしていない様子だった。

「そうだぞ!!師匠は本当に強いし、すっごく優しいんだ!!孤児だった僕を助けてくれたし、弟子にもしてくれた!!」

 アイアがそう言う。

 それでも、女性たちはまだ怯えや疑いの目を多く向ける。無理も無い、騙されたり、襲われたりしてここにいるのだから。

 しかし、アイアは言葉を続ける。

「いいか、僕の師匠…この人は『最果て』の魔女、アメノ・ヒルメ様だぞ!!だから、何も心配要らない!!僕が約束する!!」

 馬車に動揺と驚愕が駆け巡った。


「さて、それじゃあ行きましょう。」

 ヒルメの声で馬車が動き出した。

 馬車の中に彼女を疑う者はいなかった。

 『最果て』の魔女、アメノ・ヒルメ。世に知られる別の名は、『極東の慈母』。

 魔女としての活動よりも、戦災孤児の保護や貧者、弱者の救済等の活動で知られる。

 美しく長い黒髪に、東の大陸シシノメ、その東の端に浮かぶ島サグメ特有の神職の衣装に身を包んだ女。

 緊張感の欠片も無い、垂れ目で柔和なポワポワとした雰囲気の美女。

 それが『最果て』の魔女アメノ・ヒルメだった。

 温厚で慈愛に溢れた魔女として知られているが、人々は、彼女の本質をあまり知らなかった。


「師匠!!追手です。馬車も馬もいっぱい!!…ああっ!!アイツ、ここの領主ですよ!!アイツが裏で繋がっていたんですね。」

 馬車の後方で見張りをしていたアイアの声が馬車内に響く。

「そうですか…仕方ありませんね。」

 馬車から飛び降りるヒルメ。

「悪党相手とはいえ、卑怯卑劣な真似は致しません。このヒルメ、如何なる悪も、正々堂々、正面から斬り伏せましょう。」

 純白の柄を握り、純白の鞘から刃を抜く。


「さて、これで安心ですね。」

 鮮血の滴る刀身を紙で拭いながらほんわか可愛いとした笑顔で語りかける。

「やっぱり、師匠は最強です!!」

 キャッキャと騒ぐアイア以外葉皆困惑していた。

「アイア、私よりも強い方はいますよ。なので私が最強ではありません。セラフィマ姉さんは私よりもずっと強いし、私のお師匠様は、そんなセラフィマ姉さんが弱く見える程度には強いですよ。」

 そう言って、はしゃぐ弟子を嗜める。

「それに、本当に強いという意味では、私はお二人に遠く及びません。」

 ヒルメは白刃を見つめ、己を戒める様にそう言った。


 馬車は道を進み、一人、また一人と降りていく。

 家族と再会し、涙を流し歓喜する者たちを降ろしきり、残った者たちと共に馬車は進む。

 残った者たちは皆、愛する者や愛した者、信じていた者に裏切られ、帰る場所を失った者か、帰りたくない者しかいない。

「帰りましょう。私たちの家へ。」

 そんな者たちを乗せ、馬車は空を走り出す。極東の島国、サグメを目指して。







 


 

 



 



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