第12話 会合の後

「お久しぶりです。お師匠様。」

 氷漬けのサロメを抱えたセラフィマが言う。

「うむ…こうして顔を合わせるのは何年ぶりだ?」

 ハンモックに仰向けに寝て、ダラけた姿のまま頭を逆さにして訊ねる。

「五十年ぶりです。ああ、もう…髪の毛が床についてますよ。」

 セラフィマはそう答えて、女の長い髪を丁寧に纏め、ハンモックに上げる。

「たったの五十年か…あれ?もっと最近会わなかったか?」

「それはお師匠様の使い魔です。こうして直にお会いするのは五十年ぶりで間違っておりません。」

 淡々と答えるセラフィマ。

「セラフィマお姉様、仕方ないって!!やっぱり、ボケが始まってるんだよ〜、お師匠様もお年だからボケても仕方無いって。う~ん、やっぱり若いっていいね!!クソババアとは違って脳も身体もフレッシュだもん!!」

 氷漬けのままゴロンと床に転がされたサロメがそう言う。

「サロメ…あなた、本当にアホだわ。でも、その度胸だけは認めてあげるわ。自分の立場が分かってるのかしら?」

 セラフィマが呆れた様に溜息を吐く。

 サロメはその言葉を聞き、しまった!!という顔をする。それを見たセラフィマは更に大きく溜息を吐いた。


「全く…サロメよ、よっぽど私の罰が忘れられぬ様だな。」

 その言葉に、サロメの顔が一気に青ざめる。

「ち、違う!!違うんですお師匠様!!さっきのはお茶目なサロメちゃんジョークで…お願い!!許してっ!!」

 陸に上がった魚の様に、ビタン!ビタン!と氷漬けのまま床を跳ねるサロメ。

「はぁ…とりあえず一年だな。」

「嘘ですよねっ!!一年なんて無理!!お願い!!許して下さい、お師匠様!!」

 ハンモックから降りた女は、泣き叫ぶサロメをアイアンクローで掴む。一瞬で氷が溶け、バタバタと暴れるサロメの手足が外気に晒される。

「ヤダ!!ヤダヤダッ!!絶対無理!!離してお師匠様!!…離せ!!離せって言ってんだ!!クソババア!!」

「二年に延長だな。」

 そう言って、暴れるサロメをそのまま扉の先へと投げる。


「二年…長過ぎませんか?」

 渋い顔で汗を額に浮かべたセラフィマがそう尋ねる。

「たったの二年だ。まあ、気が向いたら出してやる。」

 その言葉と同時に、扉は消え去り、ハンモックに戻るのも億劫になったのか、モソモソと本に埋もれたソファによじ登ろうとする。

「あー…駄目だ。面倒くさい。」

 それも面倒になり、結局床に横たわる。

「お師匠様、だらしないですよ。」

「煩い、今は休むモードなのだ。そもそも、私はお前が想像も出来無い程長く生きてきたし、お前が想像出来ぬ程働いたのだから、千年くらい休んで良いのだ。…ああ、床が適温ではないか…もう寝たい。」

 嘗て憧れ、今だに尊敬の念が絶えない、そんな師のだらしない姿に、涙が出そうになるセラフィマ。

「あー、もうなんか面倒くさくなってきた。もう全部壊そうかなぁ…セラフィマ、どうだ?いっそのこと全部終わらせても良いと思わぬか?」

 だらけながら恐ろしいことを言い出す師に、彼女は慌てる。

「やめて下さい!!絶対に駄目です。そもそも、お師匠様の命で、下らない芝居を打って、メヌエール・ド・サン・フレデリカに接触したのですよ!!」


「ああ…そうだった…」

 床に転がる師、その眠たそうな目が開く。

「セラフィマよ、お前はどう見た?」

 真紅の瞳が『最果て』の魔女を見つめる。

「性格に難はありますが、才能は本物です。私程度なら、容易に超える力はあります。」

 真紅の瞳に見透かされ、セラフィマは偽り無く意見を述べる。

「ふむ…では、私を『殺せる』か?」

 愉しそうに、しかし、若干の哀愁の籠もった声でそう質問する。

「分かりません。私には今だお師匠様の底が見えておりませんので…唯言えるのは、私よりも可能性はあるかと…」

 セラフィマはそう答える。

「そう謙遜するな。そうだ!!なんなら今、私を殺してみろ。」

 笑う女。

「無茶を言わないで下さい。」

 笑う師に呆れる弟子。


「殺させて下さい。そんな願いは捨てました。今望むのは、『終わり』だけです。」

 セラフィマの言葉に、女は、泣きそうな顔をして、ただ黙っていた。









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 メヌエール・ド・サン・ジェルマンは頭を抱えていた。

 ゴーシュ開催の会合で『最果て』の魔女、サロメの退席という事態に加え、玄孫フレデリカの我儘が通らなかったという結果。どうすれば…

 今にも胃に穴が開きそうなジェルマンが帰宅した時、見るも無残に荒れ果てた庭園を見て、全てを察した。

 フレデリカが何らかの方法で、協会の決定を知ったのだと。


「お帰りなさい、ジェルマンお祖父様。」

 ニコニコと笑い、玄関で出迎えたフレデリカにジェルマンは覚悟を決める。

 屋敷が消し飛ぶ。暫く仮住まいだな。と。

 魔法学校に入学した辺りから、玄孫の素行は悪くなる一方で、こんな風に笑っている時は、暴れる寸前、大噴火の前触れなのだから。

「フレデリカ…」

 防御魔法を張る準備をするジェルマン。

 しかし、彼にとって予想外。だが吉報が玄孫の口から発せられる。

「私、一年間、ちゃんと見習いをするわ。」

 しおらしく告げる彼女に、ジェルマンは、遂に改心したのか、と目頭が熱くなった。

「フレデリカ…やはりお前は素晴らしい。世界一の魔法使いだ!!」

 歓喜の叫びをあげるジェルマン。


「うん、だから一年、バルサンの奴を奴隷にするわ。アイツに掛けた呪い、解かないでよ。」

 フレデリカの言葉に、ジェルマンの歓喜は一瞬で霧散する。全然改心してなかった。

「良い子にしたからお小遣い増やしてよ、お祖父様?」

 そう言って部屋に戻って行く玄孫を呆然と見送る。


「やっぱり、育て方間違えた…」

 ジェルマンの頬を涙が伝った。






 

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