第11話 夜の庭

「ふふっ…今日は最高の気分だわ。」

 日も沈み、薄暗くなったメヌエール邸の庭を上機嫌に散歩するフレデリカ。

 彼女にとって、今日は素晴らしい日となるのだから。

「セラフィマ様にお会い出来た。ふふっ、私の目指すに相応しい美しさと優秀さだったわ。」

 己こそが至高の存在と信じて疑わない彼女にも、憧れる人物がいた。それが北西の大陸の支配者、『最果て』の魔女、チェチェリミナ・ロジオーノヴナ・セラフィマであった。

 透き通る様に白い肌に、透明感のある色素の薄い金色の長髪と全てを見透す様な蒼い瞳、そして出るとこは大きく突き出し、締まるところはキュッと引き締まった完璧なプロポーション。

 それでいて、全大陸の魔法協会を実質的に束ねる最強の魔女。

 フレデリカにとっては、魔法使いとして、そして女として憧れる、理想の人物であった。

「嗚呼!!なんて素晴らしい日なのかしら!!天才美少女フレデリカ様は、今日、セラフィマ様にまた一歩近づくのよ!!」

 完全に己の世界に酔いしれた少女は、ニヤけながら踊る様に、優雅な一回転をしてスキップする。


「それで、そんなフレデリカ様の素晴らしい日に水を差す大馬鹿者はどなたかしら?」

 フレデリカは庭の隅、暗い影に覆われたそこを見つめて言う。

「ふーん…まあ、気付けて当然だよね〜。だって、隠れる気無かったし〜。」

 影から現れた女に、フレデリカは一瞬動揺する。

「あーあ、気付かなければ、楽に死ねたのに…中途半端に才能あるのも考えものだね~。」

 大鎌の杖を手に、ニィッ、と邪悪な笑みを浮かべる女、『最果て』の魔女の一人、『首狩り』サロメであった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「ほらほら、こんな攻撃ばっかじゃ死んじゃうよ〜?」

 フレデリカの放つ魔法攻撃は悉くサロメの防御魔法に弾かれる。

 じりじりと近づいてくる『首狩り』の魔女にフレデリカは舌打ちしながら攻撃の手を緩めない。いや、緩める訳にはいかなかった。

 少しでもサロメに攻撃する時間を与えてしまえば最後、勝てる見込みは無い。天才の見習い魔法使いと、頂点に君臨する『最果て』の魔女。如何に自惚れの強いフレデリカでも、彼我の実力差は分かりたくなくとも、分かってしまう。

 故に、逃げる為に攻撃を続けるしか無いのだった。


 攻撃魔法を撃ち続けるフレデリカの背筋に悪寒が走った。

「は~い、残念でした。天才ちゃん、一回死んだよ~。」

 そうフレデリカの耳元で囁き、ペロッ、と首筋を舐めるサロメ。

「クッ…このっ!!」

 フレデリカは全身から雷を放ちながらサロメを振り払う。

「おっとっと…危ないなぁ~。」

 瞬時に躱し、微塵も思っていない言葉を発する『首狩り』の魔女は、ニヤニヤと笑い、フレデリカに再び近付き、彼女の顔を両手で優しく挟む。

「ふふっ、自分で言うだけあって、顔だけは可愛いね〜。サロメちゃんのコレクションに入れてあげてもいいよ。」

 フレデリカの顔から手を離し、大鎌に手を掛けるサロメ。彼女から放たれる圧は、先程迄の比ではない程大きくなっている。並の魔法使いなら、それだけで膝を折るだろう。

「はぁ!?顔だけですって!!『最果て』の魔女なんて威張ってる様だけど、アンタの眼は節穴みたいね!!この痴女!!」

 しかし、フレデリカは違った。目の前の絶望的に強大な敵に対し、折れるどころか反発を強くした。いや、強く出来た。

 それは、フレデリカという少女の天より高いプライドによって成された。

「全て完璧!!私の全てが世界一!!それが世界で一番美しく可愛い、史上最高で最強となる天才美少女、メヌエール・ド・サン・フレデリカ様よ!!」

 出力を上げた倍以上の数の魔法がサロメに放たれる。

「生意気…というよりさ、完璧じゃないでしょ?相当性格悪いよ、天才ちゃん!!」

 数も威力も倍以上、それでもサロメは涼しい顔で攻撃を捌く。

「そんなことない!!私の前じゃあ、慈悲深き聖女も性格悪い認定される程度には、私は優しいわよ!!」

「嘘でしょ!?自覚無いの?頭おかしいんじゃない?」

 フレデリカの言葉にサロメは一瞬呆気にとられる。その隙を彼女は見逃さなかった。

 強烈な閃光、高度な魔力圧縮により硬度と威力を格段に上げた雷の槍が放たれた。


「うーん、まあ、魔女の上位程度の実力はあるみたいね…」

 フレデリカ渾身の一撃は、サロメへの有効打とはならなかった。

 『千年に一人天才』と称される少女の目に涙が滲む。

「それじゃあ天才ちゃん、バイバイ。」

 狂気の滲む笑みで大鎌を振るうサロメ。


 しかし、その狂気の刃がフレデリカの首に届くことはなかった。


「そこまでよ、サロメ…私と約束したわよね?余計なことをするなって…」

 メヌエール邸の大庭園、その範囲だけ時が止まったと錯覚する程の冷気が庭園を包む。

「あ、あはは…セラフィマお姉様…もしかして怒ってる?」

 顔以外氷漬けにされたサロメは顔を青くして姉弟子を見る。

「ええ、当然。後でお説教よ。ああ、そうだ。良かったわねサロメ、お師匠様も怒ってるわよ。」

 姉弟子の言葉に更に顔を青くし、

「わーっ!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!お願い、もうしないから許して、お姉様ぁっ!!」

 泣き叫び謝る『首狩り』の魔女。

 そんな妹弟子の姿にセラフィマは溜息を吐き、フレデリカを見る。

「アホの妹弟子のせいで怖い思いをさせてしまったわね。怪我は無いかしら?」

「は、はいっ!!大丈夫です!!」

 目に溜まった涙を慌てて拭い、答える少女。

「そう、手加減したアホとはいえ、サロメ相手に良く戦えていたわ。」

 憧れの魔女から賞賛の言葉をかけられ、フレデリカの頬が緩む。

「話は変わるけれど、メヌエール・ド・サン・フレデリカ、貴女の望み通り、見習い期間は短縮されたわ。」

 セラフィマはフレデリカの瞳を見つめ言う。その言葉に更に頬が緩む。

「優秀な魔法使いに無駄な時間を過ごさせる、それは損失だと私も思うわ。」

「はい!!私も同じ思いで…」

 憧れの魔女と同じ考えだった、と歓喜するフレデリカ。勿論、セラフィマの場合は魔法界全体の為、フレデリカの場合は己の為であり、別物であるのだが、言葉の上では同じ意見であった。

 

「ええ、実に良い意見だったわ。でも、それと同時に思うの、たった一年の見習い期間も辛抱出来ない魔法使いなんか要らない。たった一年を待てない者が悠久の時を生きる『果て』に辿り着けるわけが無いのだから。そう思うでしょう?」

「…はい。」

 セラフィマの言葉に、納得いかないと思いながらも、渋々返事をするフレデリカ。少女の返答に頷き、セラフィマは言葉を続ける。

「だから、見習い期間の短縮は今迄無制限だった最長期間を七年するものとなったわ。最短期間は以前同様一年。そこは変えてないわ。」

「待って!!それ私聞いてない!!」

 氷漬けのサロメが騒ぐ。

「私の決定を聞く前に、勝手に退席したのは自分でしょうが。全く、お師匠様から何度も短気を起こすなと口を酸っぱくして言われてるのに…」

 そこからセラフィマによるお説教が始まり、サロメは涙目でひたすら謝り続ける時間となった。


「ごめんなさい、話が脱線してしまったわね。そういうわけだから、一年頑張りなさい。大丈夫、貴女なら直ぐに魔女になれるわ。」

 ポン、とフレデリカの肩に手を置き、励ます様に言うセラフィマ。

 そして氷の板を地面に作る。

「それじゃあ帰るわよ、サロメ。お師匠様をこれ以上待たせられないわ。」

「ウワァーン!!やだーっ!!お願いお姉様、見逃してーっ!!」

 泣き叫ぶサロメを板に載せ、自身も板の上に立つ。

「ふふっ、待ってるわよ。フレデリカ。」

 セラフィマがフレデリカへそう言って微笑むと、『最果て』の魔女二人を載せた氷が空を駆ける。

 

「セラフィマ様…素敵…」

 そんな二人を呆然と見送り、ふと思い出した様に、己に向けられた微笑みにウットリしながら、もう一人を思い出し、悔しさと怒りが込み上がってくる。

「あの痴女!!絶対殺してやるんだから!!」

 フレデリカに新たな目標が誕生したのだった。









 

 

 


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