第10話 会合

 年に一度開催される魔法協会合同会合。各大陸の会長たちが一堂に会するその催しが、南西のゴーシュ大陸で凡そ二百五十年ぶりに開催された。

 ゴーシュ魔法協会会長、メヌエール・ド・サン・ジェルマンは平静を装いながらも、内心、今にも倒れてしまいそうな程緊張していた。

 開催地の会長としての重責、格上の大魔道士や『果て』、『最果て』という雲の上の存在の機嫌を損ねる様なことは許されない。

 そんなプレッシャーの中、自らが招いたとはいえ、玄孫の我儘を議題に上げねばならないという悪夢が重なり、ジェルマンの胃には、穴が開きそうになっていた。


「全員集まったようね。」

 コートヴァ魔法協会会長にして、魔法協会総長代理、チェチェリミナ・ロジオーノヴナ・セラフィマが居並ぶ最高峰の魔法使いたちを見て言う。

「アンタの言う全員ってのが、総長、マゲイア魔法協会の会長ってのが来ない前提ならな。…前からずっと言いたかったんだ、そもそも、魔法協会設立以来、一度も姿を見せて無いんだろ?本当にいるのかも疑わしい、アンタらが都合良く動く為に作った幻想じゃねぇのか?」

 セラフィマを睨みながら言うのは、北東の大陸、モンモーモルの魔法協会会長『果て』の魔導士アンセルム・ノルドクヴィスト。因みに、コートヴァ人とモンモーモル人は、ことあるごとに戦争している犬猿の仲である。

「本人にやる気が無いのだから仕方無いのよ。私だって、好きで代理なんて面倒なことしている訳じゃないわ。それに、そんなに代理をやりたいなら変わってあげてもいいのよ?」

 疲れた様に溜息を吐いて言うセラフィマ。

「勿論、それに私が従うかは別だけど…」

 表情だけはふわりと笑い、アンセルムを見る彼女。しかし、その笑顔に隠された冷たい眼にアンセルムは顔を顰める。

「はいはーい!!サロメちゃんは、雑魚に従うのはぜーったい嫌でーす。」

 元気よく手を上げ、天真爛漫な笑顔で立ち上がって言うのは、見えている箇所が衣服よりも、肌の面積の方が多い褐色肌の魔女、サロメ。

「おい、雑魚の分際でセラフィマお姉様に逆らうな…殺すぞ。」

 一瞬でアンセルムの背後に立ち、彼の首に杖の先に付けた大鎌を掛け耳元で呟く。

 豹変した彼女の怒気と殺気は、セラフィマを除く全員を震え上がらせる程だった。

「サロメ、良い子だから席に戻りなさい。」

「ぎゃーっ!!お姉様ごめんなさい!!」

 戻りなさいと言いながら、サロメの首から上を残し、全身を氷漬けにして席まで飛ばすセラフィマに、サロメは叫びながら謝る。


「それじゃあ、始めましょうか?」

 そう言って、にっこりと笑ってジェルマンを見るセラフィマ。

「え、ええ…」

 ジェルマンは怯えながら、なんとかそう応えるが、

「ちょい待ち!!ヒルメおねーちゃんは?あと、セラフィマお姉様…これ解いて!!寒いよ!!」

 ガッチガチに氷漬けされたままのサロメが騒ぐ。

 彼女の視線の先には、東の大陸シシノメ、その魔法協会会長の席。そこに座るべき人物は居らず、別の人物が座っていたからだ。

「ヒーちゃんは今回欠席よ。一月前に連絡が来てたわ。」

「えーっ!!つまんなーい!!」

 駄々をこねるサロメに、不在の『最果て』の魔女、その代理の人物はビクッ、と震える。

「サロメ、我儘言わないって約束しないなら、ずっとそのままにしておくわよ?」

 セラフィマは溜息混じりにそう言う。

「お姉様ごめんなさい!!我儘言わないから解いて!!寒い、本当に寒いから!!」

 サロメの言葉を疑いながらも、セラフィマが彼女に掛けた魔法を解く。

「寒かったぁーっ!!もう!!死ぬかと思ったよ!!」

 冷えた身体を擦りながら、騒ぐサロメ。

「普通なら死んでるわよ。相変わらず無駄に頑丈なんだから。そもそも、もう少し厚着しなさい。女の子が、そんなに肌を見せるものじゃないわよ。」

「分かってないなぁ、お姉様。サロメちゃんはセクシー路線が最も輝くんだよ。」

 ヘラッ、と笑って答えるサロメ。

 会場に居た他の魔法使いたちは思った。『女の子』?あんたら何千年も生きてる婆さんだろ!?と。

 勿論、誰もそんな命知らずの発言は出来なかったが…


「さて、例年通り、大した盛り上がりも無かったけど…あら、これは面白い議題ね。」

 退屈な会議を進めるセラフィマは、開催地ゴーシュの会長、ジェルマンの提出した改正要求の書かれた紙を見て、笑う。

「『見習い期間の短縮』…千年以上続く伝統を見直すってことね。皆の意見はどうかしら?」

 楽しそうに円卓を見回すセラフィマ。

「先ず、アンタはどっちなんだ?」

 そう彼女に質問するのは、犬猿の仲であるアンセルム。

「そうね…私は賛成かしら。魔法界のレベルは全体的に下がっているし、優秀な人材を見習いで腐らせておくのは、少々勿体無いとは思うわね。」

「それじゃあ、俺は反対だ。」

 セラフィマの意見を聞き、問答無用で反対派となるアンセルム。

「それじゃあ、賛成一、反対一ってことね。それじゃあ、皆の意見を聞かせてくれるかしら?」

 にっこりと笑いながら、しかし、確かな殺気を放ちセラフィマは問うのだった。


「賛成三、反対ニ、無効票一で可決ね。」

 セラフィマは終了を告げる様に手を叩く。

「納得いかなーいっ!!なんなの無効票って!!」

 反対派であったサロメは立ち上がり、シシノメの代理魔導士をビシィッ!と指差す。

「こ、このような大事な案件を私の一存で選ぶ事はちょっと…」

 サロメの圧に怯えきり、消え入る様な声で答える。

「サロメ、聞き分けを持ちなさい。それに、一応言っておくけど、私は総長の全権代理なのよ。私の一票は実質二票だから、仮にシシノメが反対に回っても可決よ。」

 セラフィマの言葉にプクゥ、とむくれるサロメ。

「ズルい!ズルい!!ズルーいっ!!ぜーったい認めないんだから!!」

 涙目で駄々をこねるサロメ。

「サロメ!!」

 セラフィマの声に、全員がビクッと震え上がる。

「お姉様のバカ!!意地悪!!もう知らない!!」

 大鎌の杖を振るうサロメ。

 会議場を吹き飛ばす勢いの爆風が煽り、会議は阿鼻叫喚の地獄に化すかに思われた。

「全く、いつまで経っても変わらないんだから…」

 しかし、そうはならなかった。サロメの巻き起こした爆風、風という現象をもセラフィマが凍りつかせたからだ。

「はぁ…全く、世話の焼ける妹弟子だわ。」

 会議場から姿を消したサロメに大きな溜息を漏らす。

「退席者も出たことだし、これでお開きにしましょう。」

 疲れた様子で言うセラフィマに、皆頷くしか無かった。


「全く、あのバカ妹…お師匠様にお仕置きしてもらわなきゃね。」

 サロメの向かった先は分かってる。さっさと捕まえて、師の元に送ろう。そう思いつつも、

「でも、どの程度かは見ておきましょう…新しい妹弟子。」

 あの方が認めた少女。あの方が認めた以上、自分に反対するつもりは一切無い。それと同時に、あの方の目が長い年月で曇っていた場合は、サロメの暴走を見過す。

 セラフィマはそんなことを思いながら箒を疾走らせた。




 


 

  




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