第9話 依頼と想い

「出たぞーっ!!」

 男の悲鳴に近い叫びが森に響き、自警団に動揺と恐怖が奔る。

 そして、木々が地面と激突する轟音が森に響き渡る。

「あら、思ったよりも大きいわね。」

 そんな中、フレデリカは冷静に通常種の四倍程大きい変異種の大角猪を見てそう言った。それと同時に、

「やっぱり、私に相応しい仕事じゃないわね。」

 と、一級魔導士に相応しい仕事を前に、溜息混じりに呟いた。

 

 大角猪、名前の通り頭部に大きな角を生やした猪で、雑食。主に森や山岳に生息するが、時折農村地帯へと襲来し、畑を掘り返し、荒らす農民たちの敵である。

 強力な突進は、直撃すれば容易く人の全身の骨を砕き、吹っ飛ばす。そんな大角猪以外にも、農民たちの敵は大量にいる。

 様々な害獣や野盗、侵略者に対抗する為に、農民たちは自警団と言う名の農民兼猟師の集団を組織した。

 しかし、本業は農民である彼らだけでの自衛には、限界があった。

 そう、特に今回の様な変異種などが相手の場合には…

 

 現に、ヌーバ村の自警団は、数度変異種に挑み、数人の死者と多くの負傷者を出し完敗している。

 そんな怪物に、天才少女フレデリカは余裕の笑みを浮かべていた。


「おめでとう、畜生。アンタは人間様の糧となれる良い畜生だったわ。」

 魔力の槍が、一筋の光が疾走ったと思う様な速度で大角猪を貫いた。

 森全体を震わせる様な絶叫を上げて変異種は音を立てて倒れた。

「依頼完了ね。さっさとトドメを刺しなさい。」

 腰を抜かした自警団たちに指示を出すフレデリカ。

 彼女の声に目が覚めた様に立ち上がった男たちは、倒れながらも呻き、藻掻く獣に、怨み言を上げて突撃し、武具を刺す。


「くだらない依頼だったわ。」

 勇敢な唄を歌いながら、巨大な大角猪の死骸を総員で引き摺る男たちの先頭で溜息を吐くフレデリカ。

「依頼金は後日必ず届ける。そうバルサンの奴に伝えてくれ。本当に感謝している。」

 彼女の後方から箒に跨りながら声をかける自警団の長。この村唯一の魔法使いらしい。

「つまり、これで依頼完遂ってことでいいわね?私、忙しいのよ。」

 そう言って依頼書を男の手元に飛ばした彼女に魔法使いは答える。

「ああ。本当に助かった。」

 その言葉と同時にフレデリカの元へ依頼書が返ってくる。それをちらりと見て、フレデリカの箒は森の木々を飛び越え、上空へ舞い上がる。

「じゃあ、帰るわ。次はもう少し手応えのある相手を用意しなさい。」

 農村部の苦労など露知らぬ、都会育ちのお嬢様発言に、自警団たちが苛立ちと、僅かな感謝を抱いたのだった。



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 そして、フレデリカは言葉通りに、パンパールへと箒を疾走らせた。

 予定通り、パンパール到着迄三分の一という距離の宿場町で豪勢な一泊を過し、故郷へと辿り着いたのだった。


 昼過ぎ、エミール宅へ来たフレデリカは、依頼完遂の報告と、経費精算に来た。

 何故そんなに早く帰って来たのか、そして、その報告書と領収証を見た彼は言った。

「なんで帰って来たの?なんで赤字になるの?」

 フレデリカの帰還を本気で望んでいなかった彼は、彼女が最短速度で帰還したことと、移動経費として請求した額に、泣きそうになった。というか、泣いていた。何故なら、彼女の移動に掛かった経費は、彼の依託した依頼の報酬、その数倍に及ぶ豪遊っぷりだったからだ。

 

 




 










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 『千年に一人』の天才と称された少女、メヌエール・ド・サン・フレデリカ。天上天下唯我独尊な彼女が急いでパンパールへと帰って来たのには理由があった。

 

 魔法協会の会合である。


 革命後、二百五十年以上、このランフ国、その首都パンパールどころか、ランフのあるゴーシュ大陸で開催される事は無かったのだが、遂にフレデリカの故郷パンパールでの開催が行われることになったからだ。

 そして、その開催日が、彼女が依頼を受けた四日後であったからだ。


 天上天下唯我独尊、高慢で傲慢、我儘なフレデリカは、己こそがこの世で、いや、全ての歴史上で最も優れた、貴い存在だと本気で信じているのだが、そんな彼女であっても、今だ齢十四。

 万能感に満ちながらも、英雄に憧れる少女であった。


 フレデリカの未来予想図は、最速最短で『果て』の魔女となることが最低の目標であるが、あくまでそれは、万能感に満ちた彼女にとって通過点であった。

 『最果て』、『果て』の更に先。『果て』の『果て』である『最果て』が自惚れた彼女に相応しい地位だと考えていた。

 そんな『最果て』に至った魔女が最高でも三人は来るであろう会合が行われるということで、フレデリカはそんな魔女たちを一目でも見て、己の目指す先にいる者たちの力を少しでも知り、超えてやる。

 そういう名目で彼女たちの姿を見ようと躍起になっていたのだが、その実、彼女は年相応に唯、英雄を見たい。その一心で会合に向かう英雄や各大陸代表たちを見るべく、メイドたちに命令し、彼女らの通過する中央通りのベストポジションを、前日から場所取りをさせていた。


 エミールに依頼完遂の報告をした翌日。

「サロメ!!『首狩り』のサロメだわ!!それにセラフィマ様もいるわ!!…ああ、もう!!なんで『最果て』は二人だけなのよ!!折角このフレデリカ様が見に来て上げてるのに!!」

 フレデリカは目を輝かせ、興奮気味にメイドを叩きながらそう言う。

「あんっ!!そんな…こんな公衆の面前でお仕置きなんて…このエロイーズ、くらくらしちゃいます!!」

 叩かれ、艶めかしい声を上げるメイドを完全に無視しつつ、バシバシと、どんどん強く叩きながら夢中で行列を見つめていた。




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「あれがお師匠様のお気に入り…」

 『首狩り』の魔女サロメは捜していた人物を民衆の中、その最前線に見つけ、そう呟いた。

 今すぐ殺そうか?

 そう手に魔力を集めようとした時、セラフィマが彼女に声を掛ける。

「サロメ、余計なことをしたら、容赦しないわよ。後、お師匠様にも言いつけるわ。」

 サロメの背筋に冷たいものが奔る。セラフィマの言葉、話し方こそ穏やかだが、そこから放たれる殺気に、サロメは一旦殺意の衝動を抑える。

「酷〜い、お姉様。そんなことしないよ~。」

 そうおちゃらけながら言うも、彼女の背中には冷や汗が流れていた。


 しかし、それでサロメの殺意は消えなかった。

「また後でね…天才ちゃん。」

 ニィッ、と邪悪な笑みを浮かべ、フレデリカを見た。


「セラフィマ様よ!!セラフィマ様が私を見たわ!!セラフィマ様の視線さえ独占するなんて、やっぱり、天才美少女フレデリカ様は別格なんだわ!!」

 別のことに浮かれていたフレデリカは、その視線に気付いていなかった。


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