第8話 上機嫌
「遅い!!モタモタするな!!」
箒に横乗りしながら、苛立っているフレデリカ。
そんな彼女の後ろから、簡素な武器を持った男たちが疲労困憊といった様子で列を成していた。
「こんな依頼、やっぱり私に相応しくない!!」
後悔と怒りで不機嫌極まっていた。
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ジェルマンとの約束を取り付けたフレデリカは、上機嫌にエミール宅の玄関を蹴破り、見習い期間二日目の始まりを迎えた。
「お前、普通に入って来れないの?普通、ノックして扉が開くのを待つだろ?」
無惨な木片と化した扉だったものを見下ろしながら、風通しの良くなった玄関でエミールはフレデリカに質問する。
「煩いわね。こんなボロくて汚い扉を、世界の至宝であるフレデリカ様の手が触れるなんて、世界に失礼よ。」
悪びれる様子もなく、しかし、上機嫌にそう言ってのける。
「だからって蹴破るか?」
「扉も、この私に蹴って貰えて感謝のあまりこうなったのよ。扉冥利に尽きるってね。」
溜息を吐くエミールに、フフンと笑うフレデリカ。
「まあ、一級魔導士の癖に、みすぼらしい生活を送ってる憐れなアンタにはお似合いの扉だったけど、フレデリカ様に相応しく無かったんだから、仕方ないし、良い機会だったんじゃない?」
「お前な…」
呆れと怒りで言葉が出なくなった彼、しかし、その足元に、革袋が投げ落とされ、ドン、と音を響かせる。
「今日の私は凄く機嫌が良いの。普段なら、扉を壊してあげた感謝を這い蹲って言わせるところだけど、今回は特別に、私が潜るに相応しい扉を取り付ける許可をあげるわ。」
不気味な程に機嫌良く笑う彼女。恐る恐る袋の中を見ると、エミールの家くらいなら、土地ごと一軒建てられる程の金貨が詰まっていた。
「まあ、私に相応しい扉なんて、ドレス一着買えない様な端金じゃあ、全然足りないでしょうけど。」
ウフフ、と手鏡で自分を見ながらニヤけるフレデリカを気味悪く感じながら、エミールは、おのれブルジョア!!と内心思いながらも有り難く金貨のギッシリと詰まった袋を懐に仕舞う。
格安の扉を取り付けてやる。そう決意しながら。
気味の悪いフレデリカの上機嫌は更に続く。
「そうそう、昨日アンタが言ってた依頼、受けてあげる。報酬は、経費以外要らないわ。」
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で髪を整えながらそう言い出す。
「お前、本当にメヌエール・ド・サン・フレデリカか?」
昨日と比べ、あまりの変貌っぷりに、エミールは疑いの目を向ける。
「当然でしょう?こんなにも才能に満ち溢れた至高の天才で、その上、女神と疑う程の美少女は私、フレデリカ様唯一人。世界に二人といないわよ。」
そんな疑念に、フレデリカは髪を整え終え、手鏡を見つめて最終確認を終えたのか、鏡に写る自身にウットリとしながらそう返す。
間違いなく本物だ。彼女の返答にエミールは確信した。
「じゃあ、頼む。」
依頼書を手渡し、玄関からフレデリカを見送るエミール。
「お願いします、フレデリカ様。でしょう?まあいいわ。移動含めて二、三日で帰ると思うわ。」
箒を手にしたフレデリカは、そう言って飛び立った。
一年帰って来なくていいぞ。そう言いかけたエミールは作った笑顔で本心を隠し手を振った。
大空を上機嫌に、優雅に舞いながら、フレデリカは依頼のあった地、ヌーバ村の手前の宿場町に到着した。下調べは怠らない彼女は、ヌーバには、己に相応しい宿が無いと知り、手前の宿場町で最も高い宿、その中でも最も高価な部屋を唯寝る為だけに取った。
翌日早朝、フレデリカは小さなヌーバ村の中央に舞い降りた。
「森と畑以外、本当に何も無いわね。」
村に降りると同時に、それまで上機嫌だったフレデリカは、一気に不機嫌になった。
「この村に何の用だ?」
警戒を顕に、杖を構えた一人の男が近づいて来る。その背後には。粗末な武器や農具を携えた男たちが居並ぶ。
「口の利き方に気を付けなさい、豚ども。下らないアンタらの依頼を、この天才美少女たるフレデリカ様が受けてあげたのよ?」
右手に持っていた箒を消し、そこ手に杖を握って答えるフレデリカ。
「依頼だと?俺は一級魔導士のバルサン・エミール様に依頼したんだ!!お前の様な小娘にー」
そこがフレデリカの我慢の限界だった。
軽く振るった杖の先から放たれた魔法は、森の一部、丁度男たちのいる範囲と同程度の木々を轟音と共に消し飛ばした。
言葉を失う男を睨みつけ、フレデリカは杖を向ける。
「もう一度だけ言ってあげる。口の利き方には気を付けなさい?」
如何に短気なフレデリカといえど、依頼人にいきなり危害を加える暴挙には出ない。しかし、依頼人といえど、彼女はどちらが上かをはっきりさせないと気が済まない性格であった。
「変異種の大角猪?どこまでフレデリカ様に相応しくない案件なのよ!!おまけに足手まとい付き!!」
依頼内容を聞いたフレデリカは怒り心頭に森の中を箒で駆ける。
「頼む、歩調を合わせてくれ…」
村の男たちの悲痛な叫びは、更にフレデリカを苛立たせた。
「アンタたちが私に合わせるの!!なんで私がアンタたちに合わせなきゃならないのよ!!」
聞く耳を持たずもっと走れと言わんばかりに加速する。
「遅い!!なにモタモタするな!!」
さっさと終わらせて、一秒でも早く街に帰りたいフレデリカは、男たちを怒鳴りつけながら森を進軍した。
そんなフレデリカが帰還を望む首都パンパールには、魔法協会の会合に向けて、各大陸の会長やその補佐役、御付が続々と集結し始めていた。
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