第7話 癇癪と甘やかし
恍惚の表情を浮かべ、荒く桃色の吐息を漏らし、ビクン!ビクン!と痙攣するメイドを蹴っ飛ばし、エミールの差し出した手紙を、フレデリカは手に取る。
「アンタの仕事を、私にやらせようってわけ?」
手紙をさらりと一読し、エミールを睨みつけて言うフレデリカ。
「見習いが一級魔導士の仕事をするんだ、面白いことだろう?」
エミールが渡した手紙、それは魔法協会から一級魔導士の彼へと送られた依頼書であった。
「やってあげてもいい…でも、条件があるわ。」
そう言って、エミールの顔にズイッ!と手紙を押し付ける様に差し出し、一文を指す。
「ここ!!自警団と共に行動ってところ!!この天才美少女のフレデリカ様が、クソみたいなド田舎にわざわざ出向いてあげるっていうのにっ!!なんで小汚い足手まといを連れて行くのは絶対嫌っ!!」
烈火の如く怒り、エミールへ怒鳴り散らす。
「仕方ないだろ、村の自警団からの依頼なんだから…あと、依頼人を小汚いとか言うな。」
そんなフレデリカに彼は冷静に返す。
「五月蠅い!!黙れ下僕っ!!そもそも!!この私が、なんでこんな端金で豚共の為に働かなきゃならないのよ!!」
大噴火しダン!ダン!と地団駄を踏み始めた。
「そんなっ…お嬢様の豚は私だけです!!…あぁっ!!ありがとうございますっ!!」
何故か闘争心を燃したアホメイドに容赦ないフレデリカの蹴りが決まった。
存分にメイドを痛めつけたフレデリカ。しかし、怒りは収まっていない様子でエミールを怒鳴りつける。
「一級魔導士ならもう少しマシな仕事を用意しなさい!!こんなっ!!お小遣いの半分以下なんて信じられないわ!!」
「ブルジョアめ…」
革命で貴族も王もいなくなった。しかし、貧富の差は無くならなかった。
一級魔導士の報酬は高額。エミールの元に届いたそれも、並の魔法使いからすれば十数件分の報酬である。
それが小遣いの半分以下…
その日、我儘お嬢様が帰った後、エミールは一人暗い部屋の中、さめざめと泣いた。
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「お嬢様!!なりません!!」
「黙りなさい!!ああっ!!もうっ!!邪魔よ!!」
「ありがとうございますっ!!」
必死さの伝わる声、怒りを剥き出しに怒鳴る声、そして、何故か礼を言う艶めかしい声が重厚な扉の向こうから聞こえる。
そんな扉の内側で、ジェルマンは頭を抱えていた。見習い期間の初日である可愛い玄孫は怒り狂った様子で帰宅し、周りの静止など無意味とばかりに、怒りの矛先へと突進して来たのだった。
「クソジジイっ!!」
扉を魔法で吹き飛ばし、玄孫が部屋に押し入って来た。
「フレデリカ、そんな汚い言葉を使ってはいかんと教えたじゃろ?さあ、普段の様に、ジェルマンお祖父様と言ってごらん?」
「煩い!!クソジジイはクソジジイよ!!なんで私が一年も無駄な時間を過ごさなきゃいけないのよ!!そもそも!!魔法学校だって時間の無駄だったのにっ!!更に一年!?巫山戯んじゃないわよ!!」
聞く耳を持たず、以前却下した件を蒸し返す玄孫に、ジェルマンは笑顔のまま向き合うが、内心冷や汗をかいていた。
甘やかし過ぎた。そんな後悔はもう遅く、力でねじ伏せるには、フレデリカは強くなり過ぎた。フレデリカは紛うことなき天才、そして、魔法に関して努力を惜しまない。
そんな彼女に財を惜しまず教育を施した。その結果、十四歳の見習い魔法使いという地位でありながら、純粋な実力だけならジェルマンに並びかけていた。
それをジェルマン自身痛い程分かっていた。それを喜ばしく思っていたし、より一層フレデリカを愛した。だが、ここで一度叩かねばならない。そう決心しなければならない時が来たのだとジェルマンは理解していた。
故に、彼が彼女に発す言葉は一つの筈だった。
「今度、魔法協会の会合があるのじゃ。そこで掛け合ってみよう。それまで我慢出来るかの?可愛いフレデリカ。」
しかし、ジェルマンは逃げた。本来なら己の命を賭けて叩き直すべきと理解しながら、我が身と、玄孫可愛いさのあまり、その選択から逃げたのだった。
「今すぐじゃないと嫌っ!!…でも、今回はそれで許してあげるわ、ジェルマンお祖父様。」
不機嫌さを残し、少しむくれながらそう答えるフレデリカ。
「良い子じゃ。どれ、お小遣いをやろう。」
こうして、フレデリカの我儘は更に増長していくのであった。
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「お師匠様は今年は行かないって言ってたよ、お姉様。」
『首狩り』の魔女、サロメは、猛吹雪の中、巨大な氷の上に向かって声を掛ける。
「『今年は』って…千年以上同じことを言ってるわよ。そもそも、毎年こんなやり取りするのも馬鹿らしいわ。」
上から聞こえる声にサロメは笑う。
「いいじゃん!!一年経ったんだなぁ~、って感じがして。…てか寒い!!」
「そりゃあ、寒いわよ。そんな薄着で…って、これも毎年やってるわよ。」
呆れた声は、白いを吐きながら凍えるサロメを見つめる。サロメは格好は、局部のみを布で隠し、それ以外はド派手な装飾で彩られたレースで肌を覆うという、肌の露出が半端じゃない、防寒性など皆無の出で立ちだった。
「毎年恒例っていいよね?」
ガタガタと震え、ガチガチと歯を鳴らしながら答えるサロメに、溜息を漏らす。
「たった一年、そんなことで感傷に浸れるなんて、サロメ、アナタって三千年生きてもお子様のままね。」
「お姉様に比べればね。お師匠様といいお姉様といい、ホント、ババアだよね。」
サロメは挑発的にニヤリと笑う。
「ええ、本当にその通りだわ。」
拍子抜けの回答にサロメはキョトンとする。
「お姉様?」
「ごめんなさい、少し疲れてるみたい。でも、安心なさい、私は出席するわ。」
そう言うと、巨大な氷の上から、一瞬でサロメの目の前に立ち、続けて言う。
「そうそう、お師匠様に変わりはなかったかしら?…まあ、あの人に限って、そんなことありえないんだけど。」
サロメにそう訊ねてながら、彼女の両頬をグニィッ!と掴んで引っ張る。
「
「全く、生意気な妹弟子だわ。ほら、ごめんなさいは?」
「
「はい、よく出来ました。」
パッ、と痛みから解放され、涙目で頬を擦るサロメ。
「もう、セラフィマお姉様の意地悪っ!!」
そう言いながらも、楽しそうなサロメに、優しく微笑む。
「それじゃあ、アナタもちゃんと仕事しなさいよ。くれぐれもお師匠様みたいにならない様にね。」
そう言って吹雪に溶け込む。
「うーん、お師匠様程じゃないけど…やっぱ勝てる気がしないなぁー。」
サロメは、自身の三倍以上生きる姉弟子に悔しさと喜びを噛み締めた。
彼女の名は、チェチェリミナ・ロジオーノヴナ・セラフィマ。
北西の大陸コートヴァ、その魔法協会の会長であり、全大陸の魔法協会を束ねる魔法使いたちの総長、その代理として現在、全権を握っている『最果て』の魔女である。
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