第6話 天才と変態と・・・

「それにしても汚いわね…それに狭いし。あーあ、くっだらない伝統のせいで、この私がこんな所で一年も日中を過ごさなくちゃいけないなんて…あーぁっ!!もうっ!!やっぱ納得いかない!!」

 癇癪を起こし椅子を激しく叩くフレデリカ。

 いや、椅子と呼んでよいのか?エミールは困惑していた。

「ありがとうございますっ!!」

 バシバシと平手で尻を叩かれている椅子がそう感謝を伝える。

 この喋る椅子はあのメイド、エロイーズであった。



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 エロイーズが背負って来た大荷物から豪華な食事の入った箱を取り出し机に並べる。

 その光景を不機嫌そうに眺めながらフレデリカは言う。

「私に相応しい椅子が無いわ。」

 その言葉にすぐさま反応し四つん這いになったエロイーズは叫ぶ。

「お嬢様!!どうか私に座って下さいませ!!」

 喜々としながらフレデリカを見るメイド。

「使えない豚にしてはいい心懸けだわ。でも…」

 そんなメイドを褒めながらメイドの背に腰を下ろし、溜息を吐くフレデリカ。少女の重みが伝わったメイドは艶めかしい声を上げる。

「座り心地が悪いのよ!!この愚図!!あとキモいのよ!!」

 そう怒鳴り、バシバシとメイドをシバき出し、

「あぁっ!!ありがとうございますぅっ!!」

 それに礼を言うメイド。

「豚が人の言葉を使うなっ!!」

 ビシィッ!と少女の作った魔力の鞭がメイドを打つ。

「ブヒィーーッ!!」

 恍惚の笑みを浮かべ、歓喜の咆哮を上げるエロイーズ。

 …なんだこれ?エミールは目の前の光景に頭を抱えた。



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「やっぱり、クソジジイに特例を認めさせるしかないわね。」

 食事を終えたフレデリカは、口元をナプキンで拭うとそんなことを言い出す。

 彼女の言う『クソジジイ』とは、勿論、ゴーシュ魔法協会会長メヌエール・ド・サン・ジェルマンのことであるのだが、そんな彼の玄孫であり、溺愛される彼女だから許される発言である。

 そして、彼女の言う特例とは、見習い期間無しで魔法使いとして認定するというものである。 

 この特例措置の提案は一度、魔法学校卒業前、フレデリカによってジェルマンに直接伝えられるが、断固拒否されている。

 存分に甘やかされ、我儘放題で生きてきたフレデリカは、初め己の我儘が通らなかったことに、少女は癇癪を起こし、とんでもなく暴れた。それこそ、誰も手を付けられずに、屋敷の広大な庭園が半分荒野と成り果てる程度には。

 それだけの癇癪を起こしても猶、ジェルマンは首を縦には振らなかった。

 結局、一旦は根負けしたフレデリカは渋々見習い期間を受け入れたのだが、その見習い初日、それも二、三時間で彼女は見習い期間にやっぱり納得いかないという感情が再燃し、苛立ち始めていた。


「アンタ、何か面白いことを用意しなさい。今すぐよっ!!」

 苛立ちを隠しもせずにフレデリカはエミールに短杖を向けながら言う。

「無茶苦茶だ!!」

 エミールは泣きそうな声で叫ぶ。しかし、そんな無茶苦茶な命令を下す暴君は今にも攻撃魔法を放とうとしている。

「あぁっ!!ズルいです!!私にもお仕置きを…」

 危機感皆無のアホメイドの声。

「黙りなさい、豚!!人の言葉を使っていいと言ったかしらっ!?」

 そう怒鳴ると、エミールへ向けようとしていた魔法を魔力の鞭に変換し、立ち上がって何度もエロイーズを打つ。

「ブヒィーーッ!!ありがとうございますっ!!」

 歓喜に震えるアホメイドに、呆れるエミールだったが、内心感謝していた。

 命拾いしただけではない、時間も稼げた。


 呼び寄せ魔法でイメージした物を引き寄せるエミール。

 彼の手に引き寄せられたのは、一通の手紙だった。

「これでどうだろうか?」

 彼は、フレデリカにその手紙を差し出す。

「あぁんっ!!お嬢様ぁ!!最高です!!天国です!!お嬢様の豚になれてエロイーズは幸せで御座いますぅっ!!」

「そんなの当たり前よ!!この天才美少女フレデリカ様に支配されるのが最大の幸せなのは世界の理なんだから!!それだっていうのに…キモいのよ、豚!!」

 踏みつけ、足蹴にし、鞭打つ少女はエミールのことなど見ていなかった。

「えぇー…」

 エミールにとって、傲慢で高慢で我儘、そしてナルシストで気分屋な少女に振り回される日々の初日であった。

 


 






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「何百年引き籠もって怠惰な日々を過ごす気ですか?」

 ソファーに寝そべり、だらしなく真っ白な紙を見つめる人物にそう問う女。

「千年ぶりか?いや、最近会った様な…ああ、あれはお前ではなかったな。うん、やっぱり千年ぶりだな。」

 紙に向いていた顔を横に向け、女を見る。

「遂にボケたのかと思い、心配しましたよ。」

 軽口を叩き、笑う女。

「小娘が。随分と生意気な口を叩ける様になったものだ、出会った頃は私に恐れをなして小便を漏らして泣き喚いていたというのに…」

「何千年前の話ですか!!もうそれは言わないって約束しましたよね!!」

 感慨深げに頷く人物に、女は顔を赤くして叫ぶ。

「如何にお前が偉くなろうと、私にとってはあの時の小娘のまま…まあ、そういうことだな。」

 ハハハ、と愉快そうに笑う。

「何千年経とうと、アナタは何も変わらないのですね。」

 そう呆れながらも過去に思いを馳せる女。

「変わっているさ。現に情報収集は怠っていない。」

 そう言って真っ白な紙を女に飛ばす。

「いや、このままじゃ何も分からないんですけど。」

 紙を見てそう言う女。

「出来の悪い弟子だ。」

 そう言って、パチッ!と指を鳴らす。その音を聞き女は再度紙を見る。

「相変わらず無茶苦茶なことをされている様で安心しました。どんな頭をしているのか、今度解剖させてくれませんか?」

 頭を押さえ苦しみながら、女は皮肉交じりに答えた。

「出来るものならな。さて、それでお前の用事は何だ?」

 フワァッ、と欠伸をしながらそう返す。

「最初に言ったでしょう。いつまで引き籠もるつもりですか?」

 睨む様な眼で女は答える。

「いつまで…か。そうだな…あと二年かな。」

 予想外の答えに女は思わずズッコケそうになる。


「いやいや、二年って!!じゃあ私は滅茶苦茶忙しい中、必死に時間を割いてこんなとこまで来たんですよ!!それが後二年!?巫山戯んな!!じゃあ、なんの為に私は貴重な休暇を使ったというのですか!!」

 先程迄の冷静さなど霧散し、詰め寄る女。

「お前が勝手に来て、勝手に言い出したことで、私の知ったことではない。」

 淡々と答えられ、女は子供の様に叫ぶ。

「いっつもそう!!お師匠様はずっとそう!!私の気持ちも知らないで、いっつも好き勝手!!そのくせ私をいっつも『落ちこぼれ』とか『出来が悪い』とか!!私だって頑張ってるもん!!」

「『もん』って…お前何歳だ?三千年生きたババアだろうが。」

 目に涙を溜めて駄々をこねる女をそう言葉で斬り捨てる。

「はぁーっ!?私がババアなら、お師匠様は何万年も生きたクソババアでしょうが!!お師匠様に比べたら、私なんてまだピッチピチの小娘でーす!!」

「小娘…死にたいのか?」

「あ、小娘って言った!!自分がババアって言った相手に小娘って言った!!やっぱりアンタはクソババアだ!!」

 

 響き渡る轟音。その時、世界が揺れた。放たれた魔法の衝撃が、海に巨大な波を起こし、大地を震わせた。


「殺す気ですか!?」

 ボロボロになって起き上がる女。

「死にたかったのだろう?この程度でガタガタ言うな。」

 世界を揺らす一撃を放ちながら淡々と答える世界の異物。

「あーっ!!もう!!お師匠様のバカ!!もう知らりません!!」

 プンプンと怒り箒に手を掛ける女。

「そう言って、また千年後に来るのだろう?」

「バカ!!」

 子供の様な捨て台詞を残し、女は飛び立った。

「出来の悪い弟子程可愛いものだ。」

 空を見つめ、そう呟く。


 

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「お師匠様のバカ!!折角『最果て』の魔女、マリ・ド・サロメ様が来てあげたのにっ!!」

 黒い髪を靡かせ、輝く黄金の輝くを放つ瞳を濡し、その美貌を歪め、空を駆けながら、そう上空へ泣き叫ぶ褐色の肌の女、『最果て』の魔女サロメ。

 三千年を生きる魔女は、西の大陸、ドルバス魔法協会に君臨する、世界に三人しかいない『果て』の先、『最果て』へと辿り着いた頂点の一人であった。

「でも、相変わらず素敵だったわ…」

 千年ぶりに対面した愛しい師匠の姿を思い起こし、ウットリと頬を緩ませるサロメ。

「二年…二年ね…それよりも前に、殺してしまえばどうなるのかしら?ふふっ…メヌエール・ド・サン・フレデリカ、『千年に一人』の天才…どんな断末魔を上げてくれるかしら?」

 ケラケラと笑う魔女に二つの箒が近づいてくる。

「会長!!お迎えに…」

「誰が来いと言った?」

 冷淡なサロメの声と共に二つの首が宙を舞った。

 

 『最果て』の魔女サロメ。別の名を『首狩り』のサロメ。

 戦場と暗殺、殺戮に人生の大半を捧げ、数多の首を狩ってきた魔女は不敵に笑った。




 

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