第5話 大魔導士の後悔
「育て方間違えた…」
大魔導士メヌエール・ド・サン・ジェルマンは、玄孫であるフレデリカの振る舞いに頭を抱えていた。
妻や子、それどころか孫たちも皆先立った。それは当然のこと、ジェルマンは大魔道士であるが、彼の家族は皆唯の人だった。
一握りの天才だけが辿り着ける境地である大魔道士は、その地位に登り詰めた瞬間に人の時間を外れる。
長くとも百年が限度の人の寿命と異なり、大魔道士は千年生きることが出来ると言われる。
何故そのような奇跡が起こるのか、それについては誰も知らなければ、分かってもいない。しかし、現にジェルマンは既に齢二百五十に近いことから、それは事実であるのだと証明されている。
そんな大魔導士ジェルマンは今から二百五十年程前に、ここランフ国の首都パンパールに生まれた。その頃のパンパール、いやランフはこの世の地獄と化していた。
市民革命、そう呼ばれる反王政派によって巻き起こされた蜂起は、長年虐げられ、困窮した市民を率いる革命派による退路無き戦いだった。後に退けない戦いとなった革命派は、また一人、また一人と不満を持つ市民を取込み、遂に王政を打破する。
そこで終われば良かった。まだ救いがあった。
しかし、革命派は最悪の選択肢を選んでしまった。
王族の処刑。
その蛮行は、ゴーシュ大陸だけでなく、世界を震撼させた。
世界を構成する七つの大陸の内、マゲイア大陸を除く六つの大陸にある国家は全て王政ないし、帝政によって成り立っていた。
そんな世界で王を、王族を革命によって処刑するということは、他の王たちには許せぬ行い、いや、許してはならない行いだった。
それは、他の王たちがランフの王と友好的だったから、ということではない。寧ろ、強大なランフには敵が多かった。しかし、敵対していた王たちも、友好的だった王たちも、皆が兵を挙げ、ランフの革命を潰すための戦いを始めた。
ランフ国内は地獄と化した。革命派と王統派による内戦に加え、各国から送り込まれ、攻め寄せる侵攻軍。強大な国力と軍事力を誇るランフといえど、その命運は風前の灯火であった。
そんな革命後の戦乱真っ只中にメヌエール・ド・サン・ジェルマンは生まれた。
本来ならばジェルマンは、王に次ぐ由緒正しき名門貴族、メヌエール家の後継者として悠々自適な生活が待っていた筈だった。しかし、革命により王政が崩壊し、貴族も多く殺された。ランフ国内の貴族たちは、その地位と財産を捨て、革命派に忠誠を誓うか、それとも国外へ逃れるか、それとも死か、その三つしか選択肢が無かった。
そんな中、メヌエール家は国外へ逃れる選択肢を取った。故に、ジェルマンが生まれ、そして育ったのはゴーシュ大陸の北に位置する、西の大陸ドルバス、その大陸南部を支配するイスペラー王国であった。そこでメヌエール家は反革命の旗印として祭り上げられた。
父が革命派との戦争に駆り出される中、ジェルマンはイスペラー王の庇護下で育つ筈だった。
「ランフは終わり、ランフは新たな始まりを迎える。」
そうジェルマンに語りかけた男がいた。
『果て』の魔導士、クリストハルト・ヴァルテンブルクであった。そして、彼によって才能を見出され、ジェルマンは貴族の地位を捨て、一人の魔法使いとして生きていくことになる。
「あれから二百四十年か…」
ジェルマンは懐かしむ様に屋敷の庭を見つめる。革命の動乱を越え、王も貴族もいなくなったこの国で、嘗てメヌエール家の屋敷であったこの土地に再び住むことになるなど、あの頃には考えもしなかった。
大魔導士となり、ゴーシュ魔法協会の会長にまで登り詰めた彼は、庭でメイドを四つん這いにさえ、その尻を杖で何度もしばいている玄孫を見て溜息を漏らす。
「フレデリカ…どうしてこうなってしまったのだ…」
思い当たる節はある。というより原因は分かっている。
「いや、儂が悪いのは分かっておるが…」
ジェルマンの言葉通り、彼女がここまで傲慢で高慢、我儘に育った原因に彼は大いに関わっている。というよりも、その原因を彼が作ったと言っても過言ではない。
ジェルマンは大魔導士となる以前に妻を娶った。そして子が生まれたが、ジェルマンの子たちは誰も魔法使いの素質が無かった。それから数十年後漸く大魔導士となったジェルマンは、後継者の育成に努める様になる。
ジェルマンは血筋や才能に拘らず、多くの弟子を取り、ランフの魔法使いの底上げを図った。革命とその後の動乱で多くの優秀な魔法使いが失われたからだ。
ジェルマンの思惑通り、魔法使いの質は格段に上がったが、彼は自身の後継者と成り得る、段違いの才能を持つ魔法使いがいないことを嘆いていた。
そんな最中、彼に玄孫が生まれた。それがフレデリカであった。
フレデリカは生まれながらにして魔術回路を有する、類まれな天才であった。
通常、魔術回路は、素質を見出された者が魔法使いの指導によってそれを己の中に繋げる。それによって人は魔法使いとなるのだ。しかし、フレデリカはそんな常識を打ち破り、生まれながらの魔法使いとしてメヌエール家に誕生した。
ジェルマンは、生まれたばかりの赤ん坊だったフレデリカを見て、己の全てをこの子に授けることを決めた。
フレデリカが三歳になったと同時に、ジェルマンによる魔法の英才教育が始まった。
ジェルマンは、その教育を行いながら、フレデリカが想像を遥かに超える天才であることを知る。
並の魔法使いが一生を費やし習得する量の知識や魔法を一度教えただけで呼吸するかの様に使いこなす。
それからもフレデリカは、乾いた大地に水を垂らすかの如く、魔法に関するそれらを吸収していき、魔法学校入学の年である十歳となる頃には、一級魔導士を凌ぐ実力を身に付けてしまった。
そんな魔法史に燦然と輝く名を残すであろう玄孫を、ジェルマンは目に入れても痛くない程可愛がった。
それこそ、欲しい物は何でも与え、上手く使えていれば、魔法によるフレデリカのどんな悪戯も褒めた。
そして毎日何度もフレデリカにその桁外れの才能を持つのだと伝え、褒めちぎった。
そうして生まれたのが現在のフレデリカである。
彼女は何不自由なくそんな生活を送ったことと、ジェルマンの言う通り、本当に桁外れの才能を有し、それを挫ける程の才能が周囲に無かったことで挫折を知らず、己を誰よりも優れた存在と認識し、自分よりも劣る者は皆、下僕か家畜だと本気で思っていた。
そんな可愛い玄孫の性格が大変なことになっていると、ジェルマンが知ったのは、彼女が魔法学校に入学して以降となる。
そして、その時にはもう、フレデリカはジェルマンの手に負えない怪物へと成り果てていた。
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