第4話 師匠(偽)とメイド見習い

憧憬とか期待、夢とか未来とか、そんな全てを託したつもりだった一級魔導士バルサン・エミールは、その少女が唯の悪魔であったのだと知った。




「汚い。今すぐ掃除しなさい。そうね…最低でも、あんたが床を舐めれる位にはしなさい。」


 仮初の師弟関係を結んだ翌日の朝、開錠魔法で勝手に部屋に入って来るなりそう言い放ったフレデリカ。


「いや、待て…色々と言いたいことしかないんだが…」


 少し遅めの朝食をとっていたエミールは、当然の如く不法侵入し、まるでこの部屋の主である様に振る舞う少女に頭を押さえた。


「アンタに発言権なんか無いわ。私の命令には二つ返事で直ぐ行動する以外は許されないの!!」


 不機嫌に語気を強め、そう言い放ったフレデリカは、エミールに向け右の掌を向けた。


「わ、分かった!!分かったからやめろ!!」


 フレデリカによって施された右腕の呪術が不気味に光り出し、悪寒が走った彼は慌ててそう言って立ち上がる。


「言葉遣いがなってないわね。いい?次にそんな無礼な言葉遣いや振る舞いがあったなら、自分の立場ってものをしっかりと分からせてあげるから、覚悟しておきなさいよ。」


 ハァ、と溜息を吐き、ギロッと鋭く睨みつけるフレデリカに、エミールは思った。




 俺って、一応コイツの師匠なんだよな?










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「ここですね。」


 右手に持ったメモに目を落とし、そこに記された住所を確認し頷くメイド姿の女。大人というにはまだ幼さが残るが、少女という程幼くもない。


 そんな大人と子供の狭間にいる彼女は、大荷物を背負って小さな一軒家の前にいる。


 


 メイドの名はラメー・エロイーズ。魔法協会会長である、メヌエール・ド・サン・ジェルマンを家長とするメヌエール家に仕える見習いメイドだ。


 セミロングの茶色の髪に黄緑の瞳。素朴で愛嬌のある顔立ちは、美人とは言えないが純朴で好印象を相手に与える。そんな容貌をした彼女は、そんな容貌とは反した特殊な思考の持ち主であった。








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 ゴーシュ大陸、世界の中央に位置するマゲイア大陸を中心として見た場合、南西に位置する大陸である。


 そんなゴーシュ大陸には複数の国が入り乱れる地。その中で最大の国土と国力を持つのがフレデリカやエロイーズの出身地であるランフ国である。


 嘗ては絶対王政の元、大陸を蹂躙し、他の大陸をも支配する勢いを持ち、世界で最も強い国家だったこの国は、三百年程前に市民による革命が起こり、共和制へと移行した。


 ゴーシュ大陸に限らず、殆どの国が王政の元に国政を行っている中、世界最強の一角であった国家の革命は、各地に衝撃をもたらした。




 勿論、世界は革命を許さなかった。各国から反革命の干渉が行われ、何度も大規模な戦争が起こった。そんな戦いを凌ぎ切り、ランフは王国から共和国へとなった。


 


 話を戻す。今から数ヶ月前、そのランフの田舎町、ブブローニュから首都パリューヌへと出稼ぎに来たエロイーズは、その特殊な思考の為、とんでもない就職先を希望していた。




「サディスティックで金髪の美少女なお嬢様に罵しって頂き、痛みつけて頂けるお仕事はありませんか?」


 エロイーズは、真剣な眼差しで出稼ぎ労働者向けの職業斡旋業者にそう言った。


「頭おかしいのか?そんなもん紹介するわけ無いだろ。」


 そう答えた業者の男。当然といえる。


 彼らの仕事は仲介業、直ぐに辞められたら金が入らない。


「紹介する気が無い…つまり、あるのですね!!」


 しかし、エロイーズは違った。男の言葉に目を輝かせた。


 そこで男は悟った。


「分かった、アンタにお似合いの仕事がある。あんまりにも続く奴がいないんで紹介するなと言われてるんだがな…」


 男から伝えられた仕事、それは、ある屋敷のメイド。


 出稼ぎ労働者にしては破格の給金であるのに、数日と保たずに次々と人が辞めていく職場。


 その理由は一つ。


「ヤベぇ嬢ちゃんがいんだよ。メヌエール・ド・サン・フレデリカ、天才とか言われてるが、人を人だと思っちゃいねぇ。毎日癇癪を起こし、傲慢で我儘、暴力なんざ当たり前、そして誰もそれを咎めれない。本当に最悪の職場だぜ。」


 男の説明を聞き、エロイーズは目を輝かせ言った。


「決めました!!私、ここが良いです!!」




 ラメー・エロイーズ、天職を見つけた瞬間であった。


















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「遅い!!十二秒遅刻よ!!」


 フレデリカの前蹴りがメイドを襲う。


「ありがとうございますっ!!」


 蹴りをモロに受けたメイドは、満面の笑みで少女に感謝を述べ四つん這いになる。


「愚図!!役立たず!!豚以下!!」


 そんなメイドを罵りながらゲシゲシと踏みつけ、尻を蹴る少女。


「ありがとうございますっ!!ありがとうございますっ!!」


 恍惚の表情を浮かべながら歓喜の声を上げるメイド。


 その様子をただ見ているだけしか出来ないエミールは思う。




 他所でやってくれ。




 彼の切実な思いだった。












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