第3話 行き止まりの天才と見習いの天職

「メヌエール・ド・サン・フレデリカ、我が玄孫を矯正させよ。」

 魔法協会の会長にしてゴーシュ大陸における唯一の大魔導士メヌエール・ド・サン・ジェルマンは、天才と称された一級魔導士バルサン・エミールへ命じた。

 そんな命を受けたエミールは表に出さないが歓喜していた。


 天才、天才と讃えられ、着実に歩み続け辿り着いた一級魔導士という狭き門。しかし、彼にはそこから先、更に狭き門を潜り抜ける自信が皆無だった。

 一級魔導士となって到った魔法協会理事という地位。他の理事たちは何十年と研鑽を積み一級魔導士となった者たちで、ほんの十数年でそこへと到った自分は、彼らよりも己は遥かに上だと確信すると同時に、そこへと到った時に、これ以上の伸び代を自身に一切感じなくなっていた。

 他の理事たちも同様、己の限界を確信しながらも、得た権威や利権に縋り付くだけの存在と成り果てていた。

 そんな時、先を行く大魔導士からそんな指示が齎された。

 エミールは悟った。

「命令に従い、利益を守る為、大いなる才能を潰すのか。それとも、己の見れなかった世界を未来に託すのか…その二択。」

 なのだと…

 

 しかし、協会理事の権限で立ち合った魔法学校の卒業試験で、件の少女を見たエミールは己の間違いに気付いた。

「潰す?託す?どちらも違う。『千年に一人』その評価は何一つ間違っていないし、己如きがどうこう

出来る相手ではない。」

 のだと。

 この類稀なる才能を持った少女は、見習いのまま終わらせる方針を協会にとられた場合、直ぐにでも新天地を求め旅立つだろう。どんなに優れた追手を出した所で、彼女の相手ではないだろうから、その場合、我々に為す術はない。

 そこまで確信した彼は、たった一つの可能性を信じ、少女と交渉に望んだ。


 結果は惨敗。しかし、彼は少し晴れやかな表情で会長、ジェルマンに向き合っていた。

「参りましたよ。あの子は貴方以上…いや、貴方を既に超えている。」

 望むことさえ叶わぬ道を爆速で駆け抜ける少女に、年甲斐もなく心を弾ませていた。

 

 そんな彼は、翌日から考えを改めることとなるのだった。




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「「「お帰りなさいませ、お嬢様。」」」

 ズラリと立ち並ぶメイドたちが一斉に頭を垂れる。

 そんな間に開いた道を不機嫌そうに歩く少女は、メヌエール・ド・サン・フレデリカである。

「ジェルマン御祖父様御祖父様おじいさまは戻られてるのかしら?」

 彼女の外衣を取りに歩み寄ったメイドに冷たい声で訊ねた。

「本日は大変お忙しいとの事でお帰りにはならないと…」

 メイドたちの長たる妙齢の女性がフレデリカの問いに答えた。

 その言葉を聴いた彼女は…

「あの糞ジジイっ!!くたばり損ないの老いぼれの分際で!!」

 そう叫び、怒り任せに魔法を床に叩きつけた。轟音が響き床に大きな穴が開く。

 そんな轟音に驚き、思わず顔を上げてしまった、まだあどけなさの残る見習いのメイドとフレデリカの目が合ってしまった。

「この愚図!!出来損ない!!アンタ何を教わってきたの!?教育係は誰!!間抜け!!役立たずの豚!!」

 罵声を浴びせながら足蹴にし、蹲った彼女を何度も踏み付けるフレデリカ。

「お嬢様、申し訳御座いません。私の至らぬ故に招いた不始末です。」

 そう言って妙齢のメイド長が間に入り頭を下げる。

「アンタ、何年もメイド長をやらせてあげてるのに、ホント使えないわね。」

 フン、と鼻を鳴らし、靴の裏をグリグリと見習いメイドの顔に押し付けながらそう言うと、「明日から昼食はここに届けなさい。」

 と一枚の紙をメイド長に押し付け歩き出した。

 その背中に漸くメイドたちの緊張が一瞬解れようとした時、フレデリカは振り向き、

「そうだ、その豚を後で私の部屋に連れて来なさい。」

 嘲笑う様な笑みを浮かべそう言った。

 その言葉に、メイドたちは恐ろしい折檻があるのだと震えた。そして、唯一人を除いて、それが自分ではなかったことに安堵の息を漏らした。

 



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「エロイーズ、大丈夫?」

 我儘で癇癪持ちなお嬢様に痛めつけられた、お屋敷務めを始めたばかりの見習いに、先輩メイドが手を差し伸べる。

 蹲ったまま震える見習いを、皆気の毒に思いながらも、厄災を一身に受けてくれた彼女に内心感謝していた。

「ちょっと!!本当に大丈夫!?」

 なんの言葉も返さずに蹲ったまま、ただ荒く呼吸をする見習いに、皆が次第に心配し始めた。

「だ、大丈夫です…」

 ヨロヨロと立ち上がり、靴で汚れた顔に笑みを浮かべてそう答える見習い。

「ちょっと興奮し過ぎてイキかけただけです。…あ、あの、ちょっとお花を摘みに行ってきますね!!」

 ニヘラッと笑い、ピュン!と駆け出す見習い。


 これからアイツを盾にしよう。天職みたいだし。


 そうメイドたちは頷き合った。


 

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