第2話 フレデリカという少女
「おめでとう、メヌエール・ド・サン・フレデリカ。見事合格だ。」
魔法学校卒業試験。受ける前から分かっていた結果を試験官が宣言する。
「ありがとうございます。これもひとえに先生方のご指導のお陰です。」
塵ほども思っていない言葉を外面上淡々と言うフレデリカ。その言葉に感情など一切籠っていないが、形式上頭を下げ、そう言わざるを得なかった。彼女にとっておべっかを使うことも、頭を下げるということも大変な屈辱であるのだが、かと言ってそんなプライドの為に不合格を勝ち取る方が遥かに屈辱であるということは冷静に判断出来るのが彼女だ。目的や目標の為ならプライドを捨てれる、それがここまで彼女が潰さずに才能を伸ばしてきた一つの要因であった。
「どうせこの程度の連中など直ぐに追い越せるし、そもそも実力だけなら今でも遥かに上だ。こんな下らない制度で私に頭を下げさせた魔法協会は近い将来、絶対に潰してやる。」
頭を下げながら彼女はそんなことを考えていた。
人と魔法使いの共存共栄。そんなことが定着し始めてきたが、フレデリカはそれに納得していなかった。
「何故非才な連中と助け合わねばならないのか?そもそも共存など無駄、私の様に圧倒的に優れた者が全てを束ね、支配する方が遥かに平和で繁栄する。」
というのが彼女の意見であった。勿論、不必要に危険視され排除されるのは御免なので声を大にして言う事はしないのだが。
そんな当然の合格発表を伝えた試験官の背後から小さく拍手しながら男が現れる。
「おめでとう。さて、メヌエール、君の師となる魔導士についてだが…」
紫の礼服に漆黒のマントを着けた男。これみよがしにマントの襟に付いた紋章の輝きでフレデリカは察した。
「私でどうかね?」
男は疑問系で訊ねているが、その目は決定事項であると告げている。
この男は、協会理事で、現在最も大魔導士に近いとされる、一級魔導士のバルサン・エミール。彼も天才の一人であるのだが、フレデリカにしてみれば、凡夫の限界。そう評価している相手である。
「メヌエール、これは君にも大きなメリットがあるのだよ。勿論、私にも。」
エミールの言葉を聞き、恐らく自分と同じ事を考えているのだとフレデリカは理解すると同時に、そうでないとしたらこの男は凡夫以下であると評価を改めなければならないとも考えた。
「聞かせて頂いても?」
言いたい事は分かってる。だから場所を変えろ。そう目で伝えるフレデリカ。既に彼女はエミールを見下していた。
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「君も俺と同じ考えを持っている筈だ。双方に得のある契約だろう?」
場所を客のいない喫茶店へと移しエミールはプライベートな話し方へと変わる。彼はコーヒーを一口啜り、
「不味いな…客がいないわけだ。」
そんな感想を漏らした。
「まあ、得はあるわね。でも、私の利益の方が少ないわ。」
甘い香りの漂うホットチョコレートを一匙掬いながらフレデリカはそう答えた。
「なんでコーヒーを混ぜるのかしら?せっかくの甘味に中途半端に苦味が…」
うえっ、と舌を出しカップを押しやる少女。
「調子に乗るなよ、小娘…」
エミールが一瞬だけ殺気を出すが、フレデリカは素知らぬ顔で男を見下した表情で見る。その反応を見てエミールは観念した様に溜息を吐いた。
「普通ならそう言って叩き潰していたのだろうな…正直に言おう、俺はもう限界だ。天才と持て囃されてきたが、ここが俺の限界。一級魔導士、そこが俺の終着点だ。」
疲れ切った表情でエミールは言った。
魔導士、魔法使いとなった者たちの次に目指す地位。そんな魔導士は五級から一級まで分類される。
そもそも、魔導士となれるのが魔法使いの中でも半数で、一級となれば魔導士の上位五%程の超難関ではあるのだが、その先に控える大魔導士や魔女への認定は更に狭き門となり、『果て』と呼ばれる者になるのは、それこそ数百に一人という割合となるのだ。
『千年に一人』そう評される天才中の天才であるフレデリカは、目の前で項垂れる天才を哀れみながら見ていた。
「既に君は俺を超えている。教える事など何も無い。俺から提示出来る利益は、君に無駄な時間を過ごさせ無いという事と、金の心配はしなくて良いということだけだ。」
エミールは自虐的に笑いそう言う。
「その代わりに、アンタは歴史に偉大なる名を刻む私の師として権威を持てる。あとは、私の得る利益のおこぼれを得るって事でしょう?魔法協会の理事もみみっちいのね。」
フレデリカは鼻で笑いながらそう答える。
「そうは言うが、他の理事は君を心良く思っていない。何年、いや、何十年も見習いとして無駄な時間を過ごすつもりか?俺は君に最短で認定を出す。それは約束する。」
フレデリカにとって最大の弱点をエミールは理解していた。
フレデリカは紛うことなき天才だ。しかし、その類稀な才能と実力は、権力や権威を脅かすとして警戒されていたし、何より、フレデリカ本人の高慢な性格は上下問わず嫌われていた。
ある魔法界の権威が彼女をこう評した。
『千年に一人の天才、それは間違いない。しかし、千年に一度の厄災となり得る人格。』
正しく彼女を表した言葉であった。
つまり、類稀な才能を持つフレデリカは、その才能と持ち前の破綻した性格で今にも権威によって潰されようとしていたのだった。
「最短、ってことは一年ね。まあいいわ、その間はアンタに師事してやるわ。」
ニヤリと笑いフレデリカはエミールに握手を求める。契約してやる、そんな上から目線な表情だった。
「契約成立だ。」
両者の右手が握られた時、バチッ!とニ色の光が疾走る。
「予想通りね。そんな低レベルな呪術が私に通るとでも本気で思ってたのかしら?」
呆れた様に言うフレデリカは悪い笑みを浮かべる。
「私を従わせる?巫山戯るなよ、凡夫…」
フレデリカの言葉と共に、バチバチとエミールの右腕を赤い光の線が疾走る。
「メヌエール…貴様…」
「安心しなさい、私を最短で魔法使いとして認定すれば死なないわよ。勿論、その契約を破ったり、協会に私を売る様な事をしなければ死ぬ事はないわ。」
右腕を押さえるエミールに、フレデリカは淡々と伝える。逆を返せば、少しでもフレデリカに不利益が発生する状況を作ろうとしただけでエミールの命は無いということになる。
「協会は私を使うつもりだった様だけど、何様のつもりなのかしら?使われるのはお前らで、使うのは私。当然よね、凡夫?」
呪いの掛けられたエミールの右腕を足蹴にしながらフレデリカは十三歳の少女とは思えぬ残虐な笑みを浮かべて言う。
「せいぜい私の為に働きなさい。」
バルサン・エミール、天才と呼ばれた一級魔導士は魔法使い見習いとなって数十分の少女の笑みと圧倒的な才能に畏怖と憧憬を抱いた。
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