1-2
場違いに洒落たアルペジオが響いている。
所々障子に穴があいていて、畳は擦りきれたぼろい部屋だ。それでも、洗濯物や食器、生ゴミの処理はきちんと行き届いている。
流石、わか先輩。
大人二人でいると狭苦しい和室で、まるでピッチのあっていない楽器の音色は公害に等しかった。メロディ自体は、悪くないのに。
ジャズ調で洒落ているのに、心を乱す。
不穏な気分になってしまう。
「Easygoing」
卓袱台にのった茶碗から湯気がたっている。私は猫舌だから、まだ飲めない。
「……なんかゆった?」
わか先輩は弦を押さえたままで、目を開けて(彼はギターを弾くとき、大抵目を閉じている)首を傾ける。
「なんにも。あ、そうだ、ラジオとかあります? 今何時かな」
「4時かな、AM。俺、ラジオ聞かないんだよね。でもどっかにあるはず」
ちょっと待ってよ、と立ち上がる。音の波が静まる。凪だ。なんだか眠たい。眠りたい。茶碗からはまだ湯気がたっている。
自分が世界一かわいそうな女の子だと思う瞬間が、誰にでもある。私にもあるが、それはきっと、わか先輩の不吉なアルペジオで脳波を乱されてしまったからだ。つまり、今、この瞬間。
わか先輩は押し入れをひっくり返してラジオを探してくれている。私のために。それでも私は、この世界の、贔屓目にいってもこの街の、一番独りな女の子だった。
いま、私を置いていった友人たちは、なにをしているんだろう。誰の腕の中にいるのか、そうでなくたって、きっと暖かくしているに違いない。
「わか先輩」
「……なに? 絶対あるから、ちょっと待ってなよ」
「なんだか寂しくなってきました」
「ええ」
ほら、やっぱり、面倒臭そうな顔をする。
そんなにラジオが好きなわけ。と呟いて、また押し入れに向かってしまう。
「ねえ、ねーえ!」
「まだ酔ってるのかあ? お茶飲んで落ち着きなって」
卓袱台上の茶碗から、湯気は上がっていなかった。私はそっと手を伸ばして、茶碗をとり、口をつける。本当は、ちょうどいいぬるさ。ぬるすぎて、泣いてしまいそうにもなる。けれど、私には、このぬるさしか耐えられない。
私は目を閉じる。深い呼吸をすると、頭が少しだけ、クリアになる。意識しないと、うまく呼吸ができないのだ。
「変な気を起こして、家に上げたわけじゃない。わかるよね、俺、そんなやつに見える?」
わか先輩が目の前にいた。私の顔を覗き込んで、不服げに言う。
「……そりゃまあ」
「はあ? 馬鹿でしょ」
「いやだって、男ってだいたいそんなもんじゃん」今の、相当チャンスでしたけど。
「どんな男と付き合ってきたわけ」
わか先輩は、ため息をついて私の頭をわしゃわしゃとかいた。かわいそうなやつめ。なんて言う。
「須藤に良いことがあるように、このラジオをやろう」
じゃーん。セルフ効果音付きで先輩の両手から出てきたのは、十数年前の型と思われる古いラジオだ。
「……ありがとうございます」
ラジオなんかじゃ幸せになんかなれないよ。
あんたが幸せにしてくれよ。
なんて、思っていない。
絶対、思ったりしない。
どうせイヤホンなあなたへ 星! @f-yo-sei
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