14 3度目の不倫

 金曜日の二十二時。私たち三人はラブホ街に来た。


 華奈が考えた淳樹ハニートラップ作戦の内容はシンプルだ。


 まずマイカが淳樹に連絡を入れ、ラブホテルに呼び寄せる。私と華奈は二人がラブホテルに入ったところをカメラで撮影する。さらに二人が入った部屋に突撃して私が淳樹の問い詰めるというものだ。


 もちろん、マイカの身の安全を第一に考え、彼女がドアを内側から少し開けたタイミングで突入する。なにか危害を加える様子があれば警察に通報する。


 私はこの作戦にあまり乗り気ではなかった。離婚を完全に決意したわけではなかったし、マイカを少なからず危険な目に合わせるからだ。


 しかし、マイカ本人は償わせてほしいと懇願した。華奈は言わずもがなやる気満々だった。結局作戦は順調に進み、マイカの連絡に対する淳樹の返信が『了解。会おう』だったことを受けて私も完全に吹っ切れた。


 今日、私は淳樹のことをちゃんと知る。もう損はしない。


「淳樹きたよー!」

「声がおおきいです。シー」


 興奮気味の華奈を冷静になだめたマイカは、一人物陰から移動し、淳樹の方へ向かった。

 自分の夫が他の女と会うところを見るのは初めてだ。心臓が歪な音を立て始める。もう彼への気持ちはなくても、自分の心は深く傷つくだろう。


 でも、もうその準備はできている。静かに深呼吸をして淳樹の表情を窺った。


「マイカ急にどうした?」


 淳樹の頬は緩んで見えた。お気に入りのパーカーに季節外れの赤い短パンスタイルは、彼なりのおしゃれだ。気合いが入っていることがわかり、心の傷口がより深くなる。それでも今は耐えるしかない。


 隣では華奈がカメラで連射している。この日のために貯金をはたいて一眼レフを購入したそうだ。もっと他にお金の使い道があるだろうとあきれたが、協力してくれている手前何も言えない。


「はやくいこう」


 マイカは淳樹の質問には答えず、すたすたとラブホテル入っていった。慌てて彼女の後を追う彼の手には、見慣れないトートバッグが握られている。


「あーやばー! 全部手ぶれしてる!」


 撮った写真を確認している華奈から焦りの滲んだ悲鳴が上がった。カメラを覗き込むと、写真はすべて手ぶれしていた。とても顔は判別できない。早速作戦失敗だ。


「こうなったらホテルの中の写真もバンバン撮る!」

「マイカのプライバシーにも配慮……」

「急げ!」


 私の言葉を切って華奈はダッシュした。慌てて後を追いかける。

 部屋は事前に下調べをして空いている部屋を指定していたので、すぐさまエレベーターに乗り込んだ。目的の部屋の前にたどり着き、二人で呼吸を整える。


 あとはマイカが内側からドアを開けるのを待つだけだ。緊張感が全身を支配する。


「有里は心の準備できてる?」


 カメラと睨めっこをしながら、華奈がぽつりと言った。普段は破天荒で無茶苦茶な彼女だが、友人のことを思いやる気持ちは人一倍強い。だからこそ、たまに核心を突くことを言うし、今もこうして私のために動いてくれている。


「うん、ありがとう」


 準備はできているつもりだ。淳樹に全てを訊く覚悟でいる。


 なぜマイカと不倫したのか。なぜ二度目の不倫をしたのか。

 それなのになぜ私と死んでも離婚したくないのか。


 もしかしてまだ、私に気持ちがあるの? 

 頭まで布団をかぶって寝るようになった、あのときの優しさはまだ残っているの?


 本当にやり直す気はあるの?


 問いかけたいことが心から溢れ出す。聞きたいことは山のようにあったのに、何一つ聞けていなかったことを改めて実感した。


 知ろうとしないのは損だ。


「ねぇ、有里」

「……ん?」

「遅くない? マイカ」


 華奈の一言で、思考の渦から引き戻された。

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