7 復讐は……
華奈の部屋に戻ると、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいた。シルクのシーツが艶やかにきらめく。
段ボールの上でメイクポーチを乱雑に広げた華奈は、汚れの目立つビューラーで睫毛を思い切り引き上げている最中。今日は就活の後に婚活だという。立ち直りが早いのは彼女の長所だ。
一方の私は、いまだに現実を飲み込めていない。
私は今、淳樹の一度目の不倫相手とひとつ屋根の下という信じがたい状況に置かれている。不倫された当初は激しい怒りを覚えていたが、既に何年も経過しているため、マイカという女性に向けるべき感情がわからない。
ただ、心臓はいつもより忙しなく拍動している。
「有里って今日どうするの?」
昨日の自殺未遂が嘘であるかのようにあっけらかんとした声音で華奈が尋ねてきた。きっと缶チューハイのせいで記憶がないのだろう。
「うーん……今日はパートに行って夜はネカフェ、とかかな」
「実家には帰らないの? 有里の実家ちょーお金持ちだし、生活困らないじゃん」
「んー、でも、まだ親には知られたくないかな」
「なるへそ」
華奈はアイシャドウで睫毛の隙間を何往復も塗りたくりながら納得したように相槌を打った。
「じゃあ、しばらくうちに泊まりなよ」
「え?」
「ていっても、寝られるスペースないけどね。ははっ」
唐突な提案に驚いた。家を失った私としてはありがたいけど、気がかりなことが多すぎて安易に同意することができない。
「悪いけど……」
「あ、気にしなくていいよ、ぜーんぜん。スペアの鍵はー……どっかの段ボールに入ってるから探しといて」
「じゃなくて」
「遠慮しなくていいって。しんゆーじゃん」
昨日心中を提案したとは思えない口ぶりだ。三歩けばあらゆることを忘れられる能力も華奈の長所に数えて差し支えない。
「あ、面接の時間ヤッバ。じゃあね有里」
華奈は慌ただしく身支度を済ませ、ドアノブに手をかけた。私は咄嗟に呼び止めた。
「ねぇ、華奈」
「んー?」
「も、もし彼氏の浮気相手に遭遇したらどうする?」
中世ヨーロッパの貴族並みに大胆にカールした髪をなびかせながら、華奈はこちらへ振り向いた。ウインクを飛ばしながら白い歯を見せている。
「面の皮を剥ぐ!」
「……おけ、聞く相手間違えた」
高らかに笑いながら部屋を出た華奈は、数瞬後に少しだけドアを開けてひょっこりと顔を覗かせた。
「有里は向いてないと思うよ、復讐的なやつ」
「え」
華奈は時々核心を突いてくる。
私はそもそも、彼女のように復讐がしたいと思ったことがない。実際に不倫されてもせいぜい家出をすることしかできないし、夫の元不倫相手と対峙しても何もできなかった。
だから、マイカという女に何を言えばいいのかわからない。
「でも、気持ちは全部ぶちまけな。豆まきみたいに」
「豆、まき?」
「鬼は外、福は内、男も内、なんてね」
何度浮気されても男好きを突き通す華奈を見て、女という生物も男並みに厄介だと思った。
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