第10話 異変の規模




 僕はまた、竹内さんのところまで戻った。


 竹内さんは自分のスマホをいじっている。


 「撮ってきましたよ、動画」


 僕がそう言うと、竹内さんはスマホを操作しながら「ちょっと待ってて」と言って僕を待たせた。

 しばらく待つと「ちょっと見せて」と言って僕のスマホを手に取る。

 僕が撮影した電車の車内の動画を最後まで見ると「この動画、もらうね」と言って、僕のスマホを操作している。

 しばらく僕のスマホと自分のスマホを忙しく操作した竹内さんは、目的の操作が終わったのか僕のスマホを僕に返した。


 「ありがと。お礼じゃないけどあたしのLINEアカウント追加しといたから。っても気楽にトーク送って来るのはカンベンな」


 「滅多めったにしませんよ」


 「へえ。年上のお姉さんに近づけてトキメかないの?」


 竹内さんはそんな軽口を叩きながら、またスマホを操作している。


 「何をやってるんですか?」


 「ん、インスタにさっきの写真上げたんだ。これからTikTokにアンタにもらった動画加工して上げるとこ」


 そうやってスマホをいじっている竹内さんは、こんな異常の真っただ中にいるとは思えない、普通の日常に戻ったような感じだった。

 でもスマホを操作している竹内さんの足元には、人が消えて残った砂が沢山散らばっている。


 「竹内さん、状況がおかしいですよ」


 「そんなことはわかってるって。人が砂になって消えるなんておかしい以外ないじゃん」


 「……時刻通りに電車が出発してないんですよ? 陣場駅じんばえきは無人駅じゃない、くさってもターミナル駅です。駅員が誰も異変を見に来ないなんて変じゃないですか?」

 

 僕がそう言うと、一瞬竹内さんの指は止まったが、またすぐ動いてスマホを操作した。


 「僕は外に出ますよ。多分この異変はこの電車内だけじゃないし。外見てきます」


 僕はそう言って電車を降りた。

 ホームには、僕が最初に砂になって消えるのを見た、駆け込み乗車の会社員の砂が薄い山になって広がっている。

 僕はその上を歩いたら、何かをつま先が蹴り飛ばした。

 スマートフォンと、車のキー。

 僕はスマホではなく、車のキーを何となく拾って、連絡通路の階段を昇った。


 「待ってよ!」


 竹内さんが後ろから小走りに追ってきた。


 「別にバズらそうとか思ってやってたんじゃないよ、このおかしな状況を皆に知ってもらいたいと思っただけだって……」


 何となく竹内さんが、僕の後ろで言い訳じみた言葉を口にする。

 後ろを振り返らずに急ぐ僕には、別に竹内さんを責める気があったわけじゃない。早く電車の外を確認したかった。

 ただ、SNSの魔力というか、こんな異常な状況でも、それに巻き込まれた当事者になったとしても、SNSに上げて大勢に投稿を見てもらいたいって行動を無意識にしてしまうくらいSNSに魅力があるということは、何となく薄ら恐ろしく感じられた。

 僕のその無意識の恐れを竹内さんは感じ、言い訳じみた言葉が出たのかも知れない。


 「それに、部活のみんなにも遅れるって連絡しとかなきゃならなかったから、しょうがないじゃん!」


 竹内さんは今度は開き直ったようにやや語気を強めて言う。

 僕が振り向かず先に進むから、イラっとしたのかも知れない。

 別に僕にそんなこと言わなくてもいいだろうに。


 「竹内さんて部活は何やってるんですか」


 僕は別に興味もなかったけど、特に話題も思いつかなかったので振り返らずにそうたずねる。

 連絡通路の先に駅の改札口が見えて来た。

 3列並んだ自動改札機と、一番左端は駅員が改札をする有人改札になっている。

 

 「陸上部。走り高跳びが専門だよ。大会近いから、練習も熱入っててね。遅れたら顧問こもんガンダム岩田先生にどやされちゃう」


 僕の後ろで竹内さんがそう答える。

 僕が竹内さんに関心を持ったと思って少し気を良くしたのかも知れない。


 そんなことより。


 有人改札に人影はない。

 電車の到着、出発時間とは少しズレてるから居なくても当然。


 でも、やっぱり。


 有人改札の前まで行き中の駅員室を見ると、やはり床のあちこちで砂が山になっている。


 「うわっ、駅の中までこんな……どうりで電車の様子見に来ない訳だ……」


 後ろの竹内さんがそうつぶやく。

 

 「竹内さん、いいんですか記録しなくて」

 

 僕がそう言うと、竹内さんはスマホをかざして写真を撮った。

 そしてその場でスマホをまた操作する。

 

 陣場駅の改札は2階にある構造。

 僕は、そんな竹内さんを待たずに駅の外周デッキへ向かった。

 少しでも高い方が、街の様子を見渡しやすい。

 外周デッキ出口手前にある地上への階段にも何か所か砂が積もっているのが見えた。

 電車に乗るため昇って来たのか、駅から街に出ようとしたのか、とにかくその途中の階段昇降中に砂になってしまったのだろう。

 

 「ちょっと! 誰も反応してないじゃん!」


 竹内さんはスマホをいじりながらそう言った。

 SNSで思ったような反応が無かったのだろう。


 僕は外周デッキに出て、街の様子を眺めた。

 陣場駅周辺は多少栄えているけど、大都市に比べると人通りも少ない。

 今、全く人の姿が見えない駅前広場を指さし、これが地方の小都市の朝7時前の普通の光景だ、と誰かに言われても納得する寂れ方。

 でも、やはり異変の痕跡こんせきはある。

 歩道の所々に積もった砂の山、そして道路の真ん中や歩道に乗り上げエンジンをかけっ放しで止まっている何台もの車などだ。

 遠くを見渡せば所々から煙が立ち昇っているのが見える。多分火事になっているところが何か所もある。


 確信は持てない。

 けど、多分、この周辺の人間は皆砂になってしまった。


 車が道の真ん中で止まっているのも運転中に人が砂になってしまったからだろうし、火事になっているのも朝の調理で火を使っている最中に調理していた人が砂になって消えてしまったから、ってことだろう。

 それに、本当に街から音が聞こえてこない。

 火事の煙がいくつも上がってるんだから、消防車や救急車のサイレンがけたたましく聞こえていてもおかしくない。

 それもない……


 「ねえ、『天才タダシくん』、全然LINEが既読にならない! これってアタシのだけ!?」


 またその嫌いなあだ名で僕を呼んで、知らないよ! と言いたかったけど、それはちょっと素気なさすぎる返しだろう。


 「他のSNSはどうなんですか?」

 

 「インスタのアタシのフォロワーからの反応も全然ない! タダシ、アンタLINEやってみてよ、今」


 竹内さんのアカウントにトークを送る。

 慣れないから入力に時間がかかる。

 『はじめまして』

 『打つの遅!』

 

 「仕方ないでしょ、慣れてないんだから」

 僕は口でそう返した。


 「使えるみたいだから、まだみんな起きてないだけとか、他のことやってるからとかじゃないですか」


 僕が言ったのは気休めだ。

 そんなことじゃないだろう。多分みんなこの異変に巻き込まれてる。

 竹内さんは、SNSを使って自分がまだ日常の中にいるって思いたいんだろう。

 

 「そんな訳ないでしょ! 部活のグループLINEに送ってるんだから! もう早い先輩せんぱいは学校着いててもおかしくないんだって!」


 竹内さんは僕の言葉を大声で感情的に否定した。

 でも、もう目をらしてる場合じゃない。

 

 「竹内さん、薄々気づいてるでしょ、この異変、かなりの規模で起こってますよきっと」


 「……」


 「SNS使うより、気になる人に直接電話してみた方が早いですよ多分」


 僕はそう言うと、家の、塩川医院の電話を鳴らした。

 15回コール音を鳴らしても出ない。

 あきらめて母のスマホ、父のスマホと順に鳴らしたがどちらも出ない。

 スマホの時計を見ると、6時48分。両親はともに起きてるはずなのに……

 

 やっぱり、三郷町みさとまちも異変に巻き込まれている。

 僕の両親も多分……

 そう思うと目の前が真っ暗になった。


 でもその真っ暗な気分には、本当のところ濃淡のうたんがあった。

 僕を優しくいつくしみ育ててくれた両親がこの世から消えた。

 僕を守ってくれる暖かく大きな存在が無くなってしまった。という深い喪失感そうしつかんと悲しみ。

 同時に、僕を案じてくれたがゆえ、僕の気持ちとは違う『僕にとって一番良い道』を強引に押し付けて来る強い圧力から解放されたという開放感。

 喪失感そうしつかんと悲しみの深く暗い漆黒しっこく。その上の方を開放感があわ薄墨色うすずみいろうすめている、そんな感覚だった。


 竹内さんはスマホを耳に当てたり、画面をタップしたり、スマホに集中していて僕のことは目に入っていない。

 また少し、竹内さんの目が潤んできている。

 

 僕は陣場駅の階段を降り、周辺の建物の様子を見て回った。

 コンビニの中はいつもの音楽が流れていたが、通路には砂が何か所か積もりレジの中にも一か所砂が積もっている。

 駅前の派出所の中も、詰所の床の上に3か所砂が積もっていた。僕はその中を少し歩き回った。異常があった時、気づいたらだいたい誰でも110番か119番に電話するだろう。派出所の電話はウンともスンとも鳴らない。つまり……

 

 その後僕は駅横の月極つきぎめ駐車場へ行き、さっきホームで会社員だった砂の中から拾った、車のキーをポケットから取り出し、ロック解除ボタンを押してみた。


 ピ・ピッという音と共に手前に止めてあったオフホワイトのミニバンが反応した。


 それから自分のスマホで竹内さんにメッセージを入れる。


 『家に戻ります。どうします?』


 すぐに既読がついたけど、返信は来なかった。

 

 僕はミニバンに乗り込んで、エンジンスタートボタンを押した。

 簡単にエンジンがかかる。

 初の運転。

 慎重に……


 その時スマホから通知音。

 竹内さんだった。


 『私も戻る』


 僕はゆっくり慎重にハンドルを回して、駅前のロータリーへ竹内さんを迎えに行った。



 


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