第9話 Boy Meets Girl
この時はまだお互い名乗ってないから、本当はまだお互い名前を知らない状態。
どんな奴だと思ってムッとした顔で振り返ったけど、僕を突き飛ばしたのが女の子だとは思わなかった。
香坂台学園の制服で、着ているブラウスが白だから高等部だ。中等部なら薄いブルー。
まじまじと見る訳にはいかなかったけど、竹内さんの顔をチラっと見たら涙を横殴りにふいた跡があった。
ふいたあとも、まだ涙は彼女の長いまつ毛を
彼女もやっぱり
竹内さんのことはこの時間の電車に乗るようになって何度か電車内で見かけたので、名前は知らないけれど顔は知っていた。
僕と同じく、
竹内さんは、涙を見られたことに気づいたのか、グイッと右手の
「生きてるなら、動きなよ! 死んでんのかと思うじゃん!」
いきなり竹内さんはそう
「立ったまま死んでる人なんかいないよ。いくらなんでも……」
「わかんないでしょ! みんな砂になって地面に消えてったけど、もしかしたら立ったまま砂になってる人かも知れないって思うじゃん! 何で動かなかったのよ!」
僕は、何故だか素直に「動いたら自分も砂になって地面に吸い込まれそうな気がしたから」とは言えなかった。
いや、わかってる。単なる見栄だ。
見栄を張って、冷静に観察していたふりをした。
「みんな砂を残して消えたけど、本当に死んだのかなって思ったんだよ」
「どういうことよ!」
「だって着てた服とかは全部砂になってるけど、残ってる物もある。ほら」
僕はそう言って、突き飛ばされた時に
砂の中からはスマートフォンと、男子高校生がしていたピアスが出て来た。
「だから何だってのよ!」
「わからないよ」
「ふざけないでよ!」
僕は、ついいつものクセで、ふうっとため息をつきながら言った。
「わからないことが起ってるってことがわかったんだ。それって大事なことだろう」
「ハアッ? 何言ってんのあんた!」
「だって、目の前で人が砂になるなんて、これまで見たことも聞いたこともない。だから状況を知らなければどうしたらいいかも考えられないだろう」
ついさっきまでピクリとも体を動かせないほどビビッていた自分自身が良く言うよ。
自分を客観的に見ると、笑える程にイキって見栄を張っていると自分でも思う。
でも、僕は昔からそんなもんだ。大変でも、心細くても、平気なふうを
それに、
「とはいっても、何もわからないのは確かだよ。でも、ちょっとずつでも情報を集めないと、本当にどうしたらいいかわからなくなってしまう」
僕の言葉を聞いた竹内さんは、ぎゅうっと薄く整った
「アンタ、どういう人間なのよ! こんなおかしなことが起こってるのに、どうしてそんなに
竹内さんは一気に僕に
それは本当に音を、声を、ガツンと浴びせられたって感じだった。
一気に僕に
それが収まるまで、僕は何も言わずに待った。
というより、多分僕が何かを言えば
オグの時のように。
「……ふん! アンタに腹がたってガラにもなく爆発させたら、何だかちょっと落ち着いたわ。
アンタ、中等部でしょ、名乗んなさいよ」
竹内さんはまだ怒りが残ってるのだろうけど、
「
「私は
僕は精一杯の
「最初っからそうやってしおらしくしときなさいよ! そしたらもっと喜べたのに」
「すみません」
「まあ、いいわ。……アンタ、塩川医院の子供でしょ? 『天才タダシくん』って
竹内さんは僕のことを『天才タダシくん』とあだ名で呼んだ。
ハッキリ言って、僕はそう呼ばれるのは嫌いだ。
同学年のうちでちょっと勉強が出来たけれど、人との付き合い方が苦手で少し周りから浮いていた僕をからかう意味で、陰で皆そう呼んでいたのを知っていたからだ。
香坂台学園でも同じ
「竹内さん……そのあだ名、僕は嫌いなんです。やめてください」
「ふうん、わかった。……ならタダシくん、アンタひとつ良いことを言ったわ。『わからないことが起ってるってわかった』。
なら、この状況を知るために、とりあえずこれは記録しよう」
そう言って竹内さんはスマホを取り出し、電車の中の様子をスマホのカメラで何枚か撮影した。
「アンタはスマホを持ってないの?」
一応、家族との連絡用に持たされている。
でも僕は本当に電話と家族内LINEでしか使ったことがなかった。
「使い方をあんまり知らないんです」
「やっぱ『天才』って言っても中坊だねえ。貸して」
そう言った竹内さんに、僕は親に持たされたスマホを渡した。
竹内さんは画面をいじると、僕にスマホをまた渡して言った。
「タダシくん、ここから先頭車両まで動画で撮影して行って。この赤いボタンをタップすると撮影スタートするから。はい」
竹内さんはそう言って僕にまたスマホを返した。
「じゃ、撮って来て」
そう言って竹内さんは僕の背中を押した。
僕はそれに押されて、スタートボタンをタップし、スマホの画面に映し出される車内を見ながら撮影していった。
僕のいた3両目を抜け2両目、1両目と歩いて行く。
座席と、乗降口に近い床に積もった砂を撮影しながら。
電車が発車時刻を過ぎても動かないのはそういうことだということはわかっていた。
1両目の先頭、客室スペースとの仕切り窓から運転席の中にスマホを向ける。
運転台の上に積もった少量の砂山から少しづつ下に砂がこぼれ、狭い運転席の中に広がるように砂山が出来ていた。
その様子を映した時に、録画時間が終了した。
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