第11話 仲違いの遠因
タダシくんが僕とオグちゃんに話した内容は、僕が薄々思っていたことと一緒だった。
でも、薄々思ってはいたけれど、こんなに生々しく話されると、それは凄く、物凄くショックだった。
僕と違って、自分の家族がどうなったかを見ていないオグちゃんは特にそうだった。
オグちゃんは、駐車場のアスファルトの上に座り込んでタダシくんの話をずっと下を向いて聞いていた。
けど、
「そんなはずない! うちの兄貴は軽トラで作業してたんだ! 嘘に決まってる!」
僕はオグちゃんに何て声をかけていいのかわからなかった。
タダシくんは黙って自分のスマホを取り出し、多分電車の中を撮影した動画を見せようとしてオグちゃんに近づいた。
タダシくんが差し出したスマホを、オグちゃんは見ようともせずに払い
「動画なんてどうにでも編集できるんだろ! そんなもん見せられても信用できるかよ!」
押し殺した声でオグちゃんはそう声を絞り出した。
オグちゃんがあぐらをかいた足の先のアスファルトがポツポツと黒く濡れていく。
オグちゃんの涙が落ちているんだ。
「ちょっと、一人にしといてくれ……頼む……」
「翔太、行こう、オグにも考える時間をやろう」
タダシくんがそう言って僕を促した。
「オグちゃん……」
僕はオグちゃんにそれ以上何も言えなかった。
「落ち着いたら、僕の家の方に来いよ、オグ」
そう言ってタダシくんはまた医院の入口に、僕を促しながら向かった。
僕はオグちゃんが心配だったけど、促されてタダシくんと一緒に医院の中に入った。
診察室のベッドに酸素マスクを着けて寝かされている山崎ないと君とにいなちゃんの兄妹は、良く眠っているようだった。
タダシくんは、二人の指先に付けた機械を見ながら、酸素ボンベのバルブを調整している。
凄いな、タダシくん。
「タダシくん、凄いね。やっぱり医者になるために英才教育されてたの?」
「そんな訳ないだろ、江戸時代の徒弟制度じゃないんだから」
「だって、何か機械を使いこなして治療してるじゃない」
「これくらいだったらな。っていっても本当に簡単なことしてるだけだ。もし、大きな怪我とかしていたら僕なんかじゃどうしようもなかった。せいぜい消毒するくらいしか出来ない。熱した煙を二人が吸い込んで気道熱傷になってたりしたらお手上げだったよ。だから翔太とオグは本当にお手柄だった」
「僕じゃなくてオグちゃんが凄いんだよ」
「……そうだな。オグは……凄い奴だよ」
「だね。……ねえ、タダシくん、オグちゃんと何で仲悪くなったの?」
僕はつい疑問に思っていたことを聞いてしまった。
でもさっきのタダシくんの話だと、タダシくんも心底オグちゃんを嫌いになった訳じゃないんだと思う。
「……翔太は、お父さんから町のこと聞いてないか?」
「うーん、うちの父さんはあんまりそういうことは僕達の前では言わないかな」
「……翔太も知ってると思うけど、
まあ、何となくは感じていた。町に一つの中学校。でも出身地域によって子供同士の肌触りが違うもの。
「南部地域は農村地帯。東部地域は観光業。北部は一番人口が少なく寒村に近い。
だから町の議会なんかでも、町の政策方針を巡って各地区は対立してたんだ。南部は農業振興に予算を、東部は観光客誘致に予算を、みたいな感じでね。東部が一番戸数も人口も多いから議員数も多い。多数決になると南部と北部はいつも東部に負けてたんだ。
そんな中で僕が小学生だった頃、駅に近くて広い土地を用意するから塩川医院を東部地域に移転してくれって話が出た」
「それで今のここに移転したの?」
「結果的にはそうなった。ただ、父さんは最初断るつもりだった。
やっぱりおじいさんの代から開業してた場所だから愛着もあったし、何だかんだで周りの人たちには良くして貰ってたからね。
でも、東部地区の有力者たちは、町の保健衛生事業の中心として塩川医院の東部移転を進めて来たんだ。
南部地域の有力者で町会議員も務めていたオグの父親たちは議会でも反対してたんだ。塩川医院が南部にあっても保健衛生事業の中心は務められるって。でも町議会では東部の議員たちの賛成多数で決められてしまった。
最終的には塩川先生の判断に委ねるけど、町としては……みたいに外堀を埋められて父さんは移転を決意せざるを得なかった。
オグの父親からすると、僕の父さんが蹴ってくれるって望みを託したみたいだけど、結果的には裏切った形になった。
オグもそれは聞いてたらしい。思うところはあったんだろう。でも一緒に遊んでいる時にそれを僕に言う事は無かった。いい奴さ。
でも、僕が香坂台学園に進学することをオグや翔太に伝えなかったってことが、オグにとっては信じてた僕が裏切ったって感じたらしい。その後バッタリ顔を合わせた時に、散々責められたのさ。家族ぐるみで裏切ったってね」
「……そうだったんだね」
「真っ直ぐなオグの気性だと、そう思うのは当然だって思う。香坂台に進学することを伝えなかったのも僕が悪い。でも、僕にはどうしようもないことを真っ直ぐにいつまでも責められるのは辛い。それでオグを僕は避けるようになったんだ」
タダシくんの性格ならそうなるかも知れない。
合理的にものを考えることを優先するから。
過ぎたことをいつまでも責められるのは理不尽だって思うんだろうな。
でも、人って合理的なものじゃない。
気持ちが、感情が優先してしまうものだと思う。
「タダシくんもオグちゃんも、昔は仲良かったじゃない? 2人とも全然性格違うのに」
「ああ。僕はアイツの真っ直ぐさに憧れてたよ。自分にないものだから」
「タダシくんは、色んな角度からものを見て、自分の考えを言うじゃない。単純なオグちゃんとは違って。それはタダシくんの凄いところだと思ってた。
二人が力を合わせたら、きっと凄いよ。何だってできるさ。僕は昔からそう思ってたし、今でもそう思う。
だからさ、また昔みたいにオグちゃんとも仲良くしてよ、タダシくん」
「……努力はしてみるよ」
「よろしくね。ところでさ、竹内さんって今どうしてるの?」
僕は眠っているないと君に掛物を掛けながら聞いた。
「PCとスマホを使って色々情報集めてもらってる。
翔太たちに会う前に竹内さんの家の様子も見て来たけど、竹内さんの家族もみんな砂になってたんだ。
凄くショックだったと思うけど、思ったより取り乱したりしないで凄いよ」
タダシくんも、にいなちゃんに掛物を掛けながらそう返した。
「この子たちはしばらく目を覚まさないだろうから、このまま寝かせておこう。1時間くらいしたら様子を見に来ればいい。
翔太、僕達も竹内さんのところ行ってみよう。異変の規模がどの程度なのか知らないと、どうしようもない」
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