第6話 Driving someone's car




 タダシくんにドアロックを開けてもらった僕らは、オフホワイトのミニバンに乗り込んだ。

 後部座席に僕とないと君、オグちゃんがにいなちゃんを抱きかかえたまま座る。

 

 助手席には先客がいた。

 タダシくんと同じ香坂台こうさかだい学園の制服を着ている女の子。

 僕らとタダシくんが言葉のり取りをしている間も、ずっとうつむいてスマホをいじっていた。


 「タダシくん、助手席の子はタダシくんの彼女?」


 僕がそう聞くと、タダシくんはまたハアッと溜息ためいきをついて言う。


 「翔太、お前デリカシーって言葉を勉強した方がいいぞ、頭は悪くないはずだから。農家とばっかりつるんでると、ガサツになってく一方だぞ」


 「おい、聞き捨てならねえぞ、タダシ! 医者の息子だからって気位きぐらいばっか高くなりやがって!」


 二人のり取りを聞いていた、ないと君がまたビクッとする。


 「ごめん、デリカシーなくて悪かったよ、タダシくん。オグちゃんも、言い争うとないと君がおびえちゃうから止めて」


 「チッ」

 オグちゃんが舌打ちして、でもだまった。


 「……彼女は香坂台の高等部1年だよ。僕と一緒で三郷みさと駅から電車で香坂台に通ってる。時々電車で見かけてはいたけど、僕も今日初めて話をしたんだ。名前は竹内亜美たけうちあみさん。じゃ、出発するぞ」

 

 そう言うと、タダシくんはミニバンを発車させた。

 父さん母さんの運転に比べると随分ずいぶんとゆるゆるとしたスピードで、車の進行方向に向かって左側に寄り過ぎていて助手席の後ろに乗っている僕からすると、き出しの側溝そっこうに落っこちそうなくらいに感じる。


 「タダシくん、何かすごく左に寄ってる気がするんだけど……」


 「仕方ないだろ、初めて運転してるんだから。あんまり話しかけないでくれ。すぐ着く」


 っておい、タダシくん、余裕ぶってる感じだったけど、初運転って!

 まあ、中学生が車を運転することなんてある訳がないか、流石さすがに。


 「チッ、だったら俺が運転した方がまだ良かったぜ」


 「え、オグちゃん、車の運転したことあるの?」

 

 「家のりんご畑の中で、収穫しゅうかくの手伝いした時にちょっとな。翔太はやったことないのか?」


 「ないよ、さすがに。手押しトラクターはやらせてもらったことあるけど」

 

 「そっか。うちみたいに専業でやってると畑も広いからな。ちょっとの距離の移動なら軽トラ動かすぞ。流石さすがに公道には出ないけど」


 そんな会話をしていると、道路の所々で畑に落っこちたり、ガードレールに当たって止まったりしている車を何台か見かけた。

 タダシくんはそんな車を大きくミニバンを振ってける。

 だから、そんなにスピードは出ていないはずなのに、けっこうれた。


 「下手くそが!」大きく揺れる度にオグちゃんがどくづく。

 タダシくんはいちいち言い返したりせずにだまって前を見てハンドルをピシーッと握っている。

 運転に集中して、返答する余裕が無いのかも知れない。


 「オマエ、運転したこともないのに車なんてどうやって手に入れたんだ」


 オグちゃんがまた揺れた車内で、必死にドアの上の取手につかまってにいなちゃんが揺れないように耐えながら聞く。

 タダシくんはやはり無言で前を見て運転している。


 「うっさいなあ、中坊のガキは……何で気づかないのよこんな大事おおごとに……」


 助手席の竹内さんがスマホをいじりながらボソッとつぶやいたのがやけにハッキリ車内に響いた。

 オグちゃんは何か言い返そうと口を開いたけど、思い直して黙った。


 10分かからずにタダシくんの家、塩川医院に僕らは到着した。

 タダシくんは医院の駐車場のど真ん中に、駐車ラインを無視してミニバンを止めた。


 「医院の入口を開けて来るからここで待っててくれ」


 タダシくんはそう言って、家族の暮らす自宅の方から中に入っていく。

 助手席の竹内さんも、タダシくんの後をついて中に入っていった。

 竹内さんは車の中でもさっきの一言以外しゃべらずうつむいてスマホをいじっていたが、タダシくんの後に付いて家に入る時もずっとだまっていた。

 少し茶色かかったショートヘアで、竹内さんって普段は活発な感じの人なんじゃないかなって思った。どことなく、僕の妹のめぐに印象がかぶる感じ。

 でも今は何か思いつめてるみたいに見えた。


 あっ、めぐ!


 僕は、外の様子を見てくると言ったきりでめぐに何も連絡してなかったことを思い出した。

 父さんのスマホを取り出して画面を見ると、7時43分。随分ずいぶん経ってる。

 やっべえ、朝から奇妙なことが起って、らしくなく弱っていためぐ。済まないことをしてしまった。

 めぐには母さんのスマホを預けてるから、母さんのスマホに電話すれば、めぐか母さんが出るはずだ。

 僕は暗記していた母さんのスマホの電話番号を、数字でタップした。

 多分父さんのスマホには登録されてるんだろうけど、僕は普段スマホをいじったことがないから、登録の出し方が解らない。


 ピルルルルル「もしもし、お父さん⁉」


 めぐがすぐに出る。あせった声だ。

 当たり前だ、何が起こってるか訳わかんないのに一人で家にいるんだから。

 あ、なんて答えよう、普段めぐとほとんどしゃべってないから僕の一人称いちにんしょう、めぐには何て言ってたっけ……


 「もしもし、お父さんでしょ? ねえ、返事して!」


 「……ごめん、めぐ。翔太だよ。お父さんのスマホだけ畑で見つけたんだ」


 「お兄ちゃん? ……スマホあるなら、もっと早く連絡してよ!」


 「ごめん、火事になった家見つけて、そこの家の小っちゃい子供をオグちゃんと一緒に助けてたんだ」


 「それにしたってもっと早く連絡くらいできたでしょ! なんでそんなにこっちに気遣きづかいできないのよ!」


 正論。

 だけどこっちだって事情があったんだから。

 僕はムッとしたけど、言い返したらまためぐを泣かせてしまうと思いグッと我慢がまんした。


 「ごめん。それで今助けた子を連れて塩川医院まで来てるんだ。手当てしてもらったらすぐに帰るよ」


 「もう! 私もう一人で家にいるの嫌! お母さんのスマホに登録してある番号にかけてみても誰も出ないし、SNS見てても何の投稿もないから何もわかんないし! 私、学校行ってみるから!」


 「めぐ、スマホは持って行って! 連絡取れないと困るから!」


 「学校でスマホ使ったら先生に取り上げられちゃうじゃん! そんなことになったらお母さんに怒られちゃうよ!」


 プツッ!


 めぐに通話を切られた。


 もう一度掛け直すため画面をタップしようとしたら、医院の玄関が開いた。


 「その子たちを中に入れて」


 タダシくんがこっちに叫んだので僕はスマホをしまい、ないと君の手を引いてミニバンから降りた。

 

 






 

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