第5話 車は急に止まらない
「翔太、とりあえずここを離れようぜ!」
「う、うん……」
僕はオグちゃんに
オグちゃんはまた保育園児の子を抱きかかえて、
僕も手を引く子供が転ばないように気をつけながら、オグちゃんの後を追った。
火事になった家から30mほど離れ、ちょっと一息つく。
「くっそ! 何で誰も出て来ないんだよ! いつもだったら酒井さん家のジイさん
オグちゃんが毒づく。
「オグちゃん、この子たちって知り合いなの?」
僕はオグちゃんに聞いた。
僕たちは中学生なので、小学生の、まして低学年だと、もうわからない。
オグちゃんの家の方が僕の家よりもこの子たちの家に近いから、オグちゃんの知り合いなのかと思ったのだ。
「いや、俺もあんまり
たまたま学校に行く途中で
大声で火事だーって叫んだけど、でも周りの家から全然誰も出てこなかったもんで
「そう……」
僕がそう言うと、手を
「君、大丈夫? どっか具合悪かったり気持ち悪かったりするのかい?」
僕がそう聞くと、フルフルとかぶりを振る。
「でも、火事で
僕がそう言うと、オグちゃんも「救急車が来てくれれば
自分の家が火事になったことは、恐ろしいことに決まっている。
僕が小さい頃に、母さんに連れられた保育園の帰り道で火事になった家を見たことがあった。
沢山の
僕は毎日前を通って見ていた家があっという間に黒く
ほんの少し前まで安心して寝ていた自分の部屋が、あっという間に
こんな小さい時に、あんな怖い思いをしたのなら、ショックを受けない方がおかしい。
「僕の名前は
君は何て名前?」
僕は自分とオグちゃんを紹介しつつ、この子の名前を聞いた。
「……やまざきないと。小学2年生……妹は……やまざきにいな。ほいくえん入ったばっかり……」
僕と手を
オグちゃんが抱えている山崎にいなちゃんは、泣き疲れたのかウトウトしつつある。
オグちゃんは、眠りそうなにいなちゃんに気を使いながらも、更に小声で毒づいている。
「だいたい、何でこんな時に車は1台も通らないんだよ! おかしいだろ!」
そんなオグちゃんをよそに、僕はないと君を落ち着かせるために更に話しかけた。
「ないと君、お父さんお母さんが居ない時に火事になって、怖かったね。でも、ないと君が
僕はそう言ってないと君の頭を
ないと君は、いままで
「……こわかった……こわかったよう! おきたら白いけむりがもうもうしてて、どうしたらいいかわかんなかった! にいなといっしょに、しんじゃうんじゃないかと思ったら、どうしていいかわかんなかったよう……おとうさんもおかあさんも助けにきてくれないし……あのたわし頭の兄ちゃんがきてくれなかったら……うわ~ん」
「よしよし、
そう、僕らの中学校が地区大会で勝ち上がれたのも、身長179㎝の頼れる専業農家の次男坊、オグちゃんのおかげなんだ。
ここぞって時に点を取ってくれるから、僕らは必死で守ればいい。
「なに言ってんだよ翔太、お前が良いクロス出してくれるおかげだろうが」
突然、上からオグちゃんの声が
心の声のつもりが、続けて語っていたらしい。
「やめてよオグちゃん、心の声、心の声だからノーカン!」
「ハハッ、照れておるのう。
そう言ってオグちゃんは僕の頭をグリグリと
「待ってオグちゃん、車、車が来る音がするよ!」
「話
遠く、バイパスの方から車のエンジン音が聞こえてくる。
僕らの立っている生活道路を、こちらに近づいてくるようだ。
音がする方を見ていると、オフホワイトのミニバンが僕の家の前を通過してゆっくりとこちらに近づいてくる。
何だか運転に
よく見ると、バンパーも何か所かぶつかって凹んでいる。
「おーい、止まってくれ! 乗せてってくれ!」
オグちゃんは叫びながら、にいなちゃんを抱えているのと反対側の手を振って、運転している人に知らせようとする。
運転手は僕らに気づいたと思う。
僕らとぶつかりそうに右に寄って走っていた車が、スピードは落とさず僕らと反対側に寄ったからだ。
「おい、止まんねえのかよ、困ってるのに見捨てる気か!」
オグちゃんが大声で
僕も、この車に止まってもらわないと、ないと君とにいなちゃんを医者に
さっき僕のことをオグちゃんがスピードスターとか言ってたけど、別に中学記録を
僕は車の前に飛び出した。
と言っても体で止めようとか無茶なことじゃない。
車の前を、横切って
僕が車の前に飛び出したのを見て運転手は急ブレーキを
すかさずオグちゃんがにいなちゃんを抱えたまま車に
「おい、火事に巻き込まれたんだ! 塩川医院まででいいから乗せてってくれ!」
「チッ、オグかよ。寄りにもよって……」
こすったあとの着いた運転席のウィンドゥが開き、聞き覚えのある声がする。
「ッ……タダシかっ! 何でお前が車なんか運転してんだよ!」
僕もオグちゃんの後ろに駆け寄って、運転者の顔を見た。
タダシくん。
僕の幼なじみの、塩川医院の一人息子の
年はオグちゃんと一緒で15歳の中学3年生。
昔はよく、僕、めぐ、オグちゃんと一緒に遊んでいた。
ただ、タダシくんは僕達と違って地元の
「あそこで燃えてる家からオマエが助けたのか?」
「俺だけじゃねえ、翔太も手伝ってくれたんだよ!」
「車の前に飛び出したのは翔太か。普段は大人しいのに、突然無鉄砲なことをするのは変わらないな」
タダシくんは、そう言ってため息をついた。
「わかった、乗れよ。その子、ぐったりしてるから煙を吸ったかも知れない。僕も家に戻るところだったから丁度いい」
そう言ってタダシくんは、車のドアロックを外してくれた。
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