第4話 119
僕は表に出ると、まずは父さん母さんの車を置いてある車庫を確認した。
父さんの車も母さんの車も、農作業で使う軽トラも動いておらず車庫の中にある。
車に乗って出かけた訳ではないみたいだ。
車庫の中の
やっぱり父さんは裏の畑に行ってる。
僕は家の裏に回り、畑に走った。
「父さーん、どこー?」
大声で父さんを呼びながらきゅうり、なすの
幾つかの
「父さん!」
父さんが家に戻って来なかったのは、畑で倒れてたからなのか!
熱中症だろうか、それとも
僕はまた不安で気が気じゃなくなる。
倒れたネコ車の
そこにも父さんの姿はなかった。
倒れたネコ車の横に、ネコ車に
その手前に、沢山の砂が、小山のようになっていた。
キッチンカウンター裏にあったような。
おばあちゃんのベッドにあったような。
そんな、白く細かい砂が、横倒しになったネコ車の取手の地面に接した方を埋めて山になっていた。
僕は、
そして、無意識にその砂の山を
右手の指の先にコツンと何かが当たり、当たった何かを少し動かした。
右手の指先に当たった何かを探ると、それはあった。
父さんのスマートフォン。
ダークブルーのスマホケースを開くと、電源は入っていた。
待ち受け画面に表示された時刻は7:03。
待ち受け画面は、僕が小学校5年生の頃に家族皆で行った旅行先の「天の橋立」で撮った家族写真。
おばあちゃんが真ん中で両脇に母さんと僕が立ち、めぐは母さんの横。思いっ切り指を開いたピースサインをしている。
僕以外はみんな笑顔。
僕はこの時、照れなのか何なのかささくれた気分で、そっぽを向いていた。
そんな僕を
何で僕は素直に家族で写真を撮らなかったんだろう。
反抗期だから仕方ないって両親は言ってくれたけど……
「父さん……」
声に出すと、じわーっとスマホの画面が
涙がこぼれて、僕は立っていられず地面にへたりこんでしまった。
父さん母さんおばあちゃん、みんな砂を残して居なくなってしまった。
TVも人がいないスタジオを延々と映している。
もしかして、僕ら兄妹以外の人はみんな居なくなってしまったのだろうか?
どこかに集まっているんだろうか?
まさか……
死んでしまったとか……
PiPiPiPiPiPiPiP!
突然、手の中のスマホが
どうしたらいいんだ、解除?
僕は
時間の表示は7:05。
きっと父さんが作業を切り上げようとしていた時間だろう。
ふとスマホから目を上げ前を見てみると、どこかの家から煙が上がっているのが見えた。
火事?
だったら大ごとだ。
それ程遠くじゃないみたいだ。
様子を見に行ってみようと思い、僕は
煙が立ち昇っている家は周囲の民家から少し離れた、りんご畑の中にある
同じ地区内ではあるけど、後から移って来た人たちの家々で、同じくらいの年の子がいるわけじゃないからあまり来たことがない。
近くまで来てみると、野次馬も誰も集まっていない。
様子を見に来たのは僕一人だけらしい。
リビングダイニングと思しき部屋から激しく黒い色の煙が立ち昇っており、他にも2階の部屋の通風孔からも白い煙が吐き出されている。
やっぱり火事だ!
「大丈夫か……口元……」
2階から人の声がする。小さな子の激しい泣き声も聞こえる。
誰か家の中に残っているんだ!
玄関を見ると開いていたけど、すぐ横が火元のリビングダイニングで玄関からも煙がもうもうと吐き出されている。
僕はとても中に入る勇気はなかった。
どうしよう……どうしたらいい?
僕は父さんのスマホを持っていることに気づき、スマホで119番に掛けた。
ピルルルルルル……ピルルルルルル……
呼び出し音がずーっと鳴り続けるが、誰も出る気配がない。
何だよ、消防署ってこんなに出ないものなの?
こんなんじゃ
ガシャ!
その時、乱暴にサッシを開ける音が家の裏側から聞こえた。
僕は急いで裏側に回って窓を見上げると、開いた窓から小学校低学年くらいの男の子と、保育園児くらいの小さな子を抱えて窓の外に顔を出して大きく息を吸い込んでいる見慣れたたわし頭の少年の顔があった。
「オグちゃん!」
僕より1学年上の中学3年生、サッカー部キャプテンの
「おお、
子供を投げ下ろすって?
ここの住宅は、一階の天井が高めに取られてるみたいで、2階の窓まではけっこう高い。
受け止めるのが無理ってことはないかもだけど頭同士がぶつかったら、僕も子供も大怪我してしまう。
そうだ!
僕はここに来る途中で分譲地の
「ごめん、子供の頭ぶつけたら大怪我になるかも知れないから、はしご取って来る! 本当にちょっとだけ待ってて!」
僕はそう言って
僕は高さ1.5mくらいのフェンスに昇って飛び越え、はしごを持って戻る。
はしごは
もう一度フェンスに昇って
はしごの一番上に立たないと、窓に届かない。
僕は落ち着いてバランスを取り、はしごの一番上に立った。
「この子から頼む!」
オグちゃんがずーっと泣きじゃくっている、抱きかかえていた保育園くらいの子を僕に渡す。
オグちゃんたちが顔を出している窓からは、はしごを取りに行く前よりも多くの煙が吐き出されている。
僕は両手で泣きじゃくる保育園くらいの子を受け取り「もうちょっと、目をつぶってて。頑張ろう」と声をかけてからその子を左の肩に片抱っこする形にして落ち着いて、でも出来るだけ速くはしごを降りる。
その子をフェンス際の地面に座らせてからまたはしごを昇る。
今度は小学校低学年くらいの男の子。
ちょっと大きいからさっきの子よりも大変だったけど、何とか下まで無事に下ろした。
「翔太、はしごをどかしてくれ!」
僕が下に子供を抱えて降りると、上からオグちゃんが
見上げると、黒い色になった煙が、オグちゃんを飲み込むかの
僕は急いではしごをどかした。
どかした
「痛ってー、柔道の授業の横受け身が役立つと思わなかったわ」
オグちゃんがそう言って体に着いた芝生を払って立ち上がる。
オグちゃんの学校指定の淡い青色のジャージの背中は火の粉で所々穴が開いていた。
「オグちゃん、良かった!」
「翔太、オグちゃんって久々だな。今はもうオグさんって言ってるもんな」
「何かみんな部活だとオグさんって呼ぶから」
そう、小さい頃よく一緒に遊んでた時はオグちゃんって呼んでたけど、中学でサッカー部に入ってから他の人に習って呼び方を変えたんだ。
何かオグちゃんって頼りがいあるから、オグさんっていうのもしっくりくる。
「翔太が冷静で助かったよ。煙と小っちゃい子の泣き声が聞こえたから後先考えずに助けに飛び込んじまったけど、煙が階段から昇って来てどうしようかって思ったところだったからさ。アタマ同士でぶつかったら
「よしてよ、おだてるの」
僕はオグちゃんと話していると、いつもの学校の部活みたいでホッとした。
「あれ、翔太、何か音してないか?」
そうだ、オグちゃんたちを助けることで必死だったから忘れてたけど、119番に通報してる途中だった。
ポケットからスマホを取り出すと、119を表示したままのスマホはまだ呼び出し音を鳴らし続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます