第2話 幼馴染の恋愛
「茉森(まもり)、あなたは今日から三年間、確滅の巫女としての実践修行を命じます」
天音茉森(あまね まもり)は母親から受けた言葉を思い出しながら、まだ自宅の玄関にある立ち鏡の前で前髪を調整していた。
大婆様がなくなるまで使っていた日本家屋は、立派な居宅と庭があり、茉森しか住んでいないにしては広すぎる。
「うう、なんでまとまらないかな」
誰が見ても違いなんて分からないだろうが、茉森はたまに壁時計を見ながら指で何度も前髪を整える。
「零ちゃんに八年ぶりにあえるんだから、ちゃんとしなきゃ」
ふふふなんて口元をだらしなく歪めながら、自分の護衛=神威となる幼馴染、乾零護の小学生姿を思い出し、ヨダレを口元から垂らす。
「このセーラー服でいちころだよね、うん」
茉森がセーラー服のままくるっとまわると、スカートが春風と共にはためいた。
今日はプレイヤー育成機関〈アメノミハシラ学園〉の入学式であると同時に、零護との約束の日だ。
大切に鞄にしまっている手紙の内容を茉森は思い出す。
『世界平和だ 零護』
小学生のくせに大人が書いたような丁寧で綺麗な明朝体の文字。
零ちゃんそのものを表している文字と馬鹿正直な表現、大好きな彼そのものだと茉森はずっと思っていた。
「本当なら一緒に日本中巡るはずだったけど、世界がこんなっちゃったんだったら仕方ないよね」
強力なエーテルを保有している茉森自身もプレイヤーとして各所のフィールド化を防ぐため、アメノミハシラ学園へ入学を予定していた。
確滅の巫女は人々の生活を守るために、一般人には祓えない邪を祓う役割がある。だから世界がフィールド化で混乱しているこの世界でも茉森の役目に変わりはなかった。
だが彼女の頭の中身は九割ほど零護との将来の妄想で埋め尽くされている。
(以下、妄想の会話である)
『だーれだ☆』
零護の後ろから柔らかい手が目を包む。
『この可愛い声は——まさか茉森か?』
『せーかい☆ 答えるまで0.3秒遅かったぞ』
頬を膨らます茉森を見て零護は、やれやれとあたまをかく。
『久しぶりなんだから、ちゃんとこっち見る』
『な、なんだよ』
直視できない零護を見て茉森は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
『どーしたのかな? ん?』
『べ、べつになんでもねーよ』
桜が舞い散り二人の間を通り抜けた。
零護と茉森は見つめ合い、零護が口を小さく開いた。
『せ、制服、かわいいじゃん』
『あ、ありがと』
『……好きだぜ』
(以下、妄想終了)
「なーんて、なーんて、なーんて!」
うへへへへと下卑た笑いを浮かべ、バタバタとその場でジャンプして、時計を見ると自宅を出る時間を三十分も過ぎ去っていた。
「やば、いそがないと!」
茉森は戸締りを行い、全速力で学園を目指した。
そう、彼女には世界の事なんでどうでもいい。
大好きな幼馴染とただイチャイチャして三年間を過ごしたいのだ。
可能であれば確殺の巫女としての立場を最大限に利用して零護を落としたい。
それほどまでに彼女の恋は小学校時代から膨れ上がり、幼馴染の零護に会えないフラストレーションが、小学校から今日まで溜め込まれ過ぎて、今では脳内お花畑恋愛脳モンスターへと化していた。
この話は巫女と世界の為に命を掛けようとする真面目過ぎる少年と、小学校に別れた幼馴染の少年へどうアプローチしたら恋に気が付いてもらえるか悩む恋愛脳の少女が、世界と自分の恋愛を天秤にかけた、どこにでもあるどうしようもない話である。
────────────────あとがき──────────────────
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
初めてのラブコメなので、参考までに「★」「応援」「コメント」をいただけると、とっても嬉しいです。
いつかレビューがもらえたら嬉しいなと思いつつ、次回のお話も頑張ります。
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