第9話
また度数が強くなった。最早これがなくては、手に持った本も読めなくなった。裏返しに、眼鏡をかけると世界がよく見えるようになった。
私はそれまで以上に、自分をひとに近づけようと努力した。都合がつく限りひとの誘いにも応じた。ちょっと変わってるけれども程よく面白いひととして認知されることが、私が生き延びる道だ。ひたすら道化師であろうとした。ひとの多い都市部で生活の全てを送り、ひとごみに呑まれて、ひとを気にしながら残りの生涯を送るのだ。ひと、ひと、ひと……ひとという生き物はちっとも分からない。けれども彼らの顔色を見て、よく観察して、求められる演技をすれば、害のない、いいひととしてやり過ごせるのだ……ひとに囲まれ、ひとを信じて踊っていればよいのだ……
その甲斐あってか、目立った成果のない私であっても、その後今日に至るまで十年ほど生き延びることができた。ひとびとは私を無害なひととして認識し、ひとの一員として迎え入れてくれたのだ……
その間にあっても私は、彼らが常に正しいと思ってきた。現在の私から見れば理解ができない彼らの振る舞い──それらは市井のひとびとにとっても理解ができないだろう──であっても、それは直ちに彼らの誤りを意味するものではないのだ、と。長期的に見れば彼らが正しく、その正当性は揺るぎないものである。生涯の終わりを迎える頃に私は「あゝ、実は彼らが正しかったのだ。あれが最適解だったのだ」と初めて知るのだと思ってきた。そう思おうとしてきた。
『十年前のことは間違っていた。自由に生きて』
けれど、病院で渡されたメモは…………
死の間際で、彼らは自らの誤りを悔いていた。その後、
彼らは神であり、意に反する行為の企図すらできない絶対的存在であるからこそ、私は彼らに従ってきたのだし、それが例え私の将来を瓦解させるとしか見えない理解しがたいものであっても、彼らの振る舞いの正当性を確立しようとしてきたのだし、その結果として
歴史にもしもは愚かしい。けれども、もし彼らが神でなく、ただのひとに過ぎないということに私自身が気づいていたならば、今の私はどうであっただろうか。今のあのひとはどうであっただろうか…………
時間を返せ。
可能性を返せ。
過去の未来を返せ。
現実たりえた、私の夢を返せ。
唯一の家族たりえた、あのひとを返せ。
……………………
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