第10話

 霧はまだ私の周りを包んでいた。瓶底のような眼鏡を以てしても、山の向こう、私の郷里を望むことはできない。


「もうすぐ晴れるみたいですよ」


 その音を聞いて顔をやると、いつの間にか葬儀社のひとが隣にいた。永い間霧を眺めていたせいか、心配になって私の様子を見に来たようだ。


「ああ、すみません。ご心配を…………」


 もうすぐ霧が晴れる。そうすれば、向こうの景色もくっきりと見えるようになる。それも嫌になるくらいに。

「すみません、あと五分だけ独りにさせていただけませんか」


 重ねての無理にもかかわらず、そのひとは笑顔で了承してくれた。


 そのひとが見えなくなると、私は駅へと駆け出した。景色が見えてしまわないうちに。くっきりとした深緑を知らないうちに。

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