第3話

 やがて葬儀社のひとが来て、一旦いろいろなことを呟いていった。酷く小声で婉曲的でニュウトラルで、何を求められているのかよく分からないものもあった。けれどもそのうちの一つが、私の中の何かに触れた。その一つというのは、こういうものだった。


「故人様の宗旨宗派は、どちらでしょうか?」


 そうだ、葬儀というのはたいてい、故人の信仰に合わせる形で執り行われるのだった。遥か昔、実家の仏壇で見た法要の案内を思い返しながら、私はぼそりぼそりと答えた。


「かしこまりました。ではご葬儀もそれに合わせた形式でよろしいでしょうか?」


 はい、と答えた後、私の頭をある考えがちらとよぎった。

「神式……というのも可能ですか?」


 葬儀社のひとは、何か妙なものを聞いたような顔をした後、けれどすぐに笑顔を作って「ええ、もちろん対応いたしておりますよ」と答えてくれた。


 そんな余裕があるはずもない。そう分かってはいたものの、葬儀社のひとに少し時間をもらって、私は斎場の庭へ立った。ここもやはり酷い濃霧で、近くの樹木しか見えなかった。普段は望めるという向こうの山、私の郷里とこの町を隔てる山は、少しも見えなかった。


 何故なにゆえに、あんな思いつきを口にしたのだろう。……今となっては、彼らは神ではないというのに。


 何故なにゆえ……何故なにゆえに、彼らはひととなりなさったのか。それも、最も神たるべき今際の際になって……


 霊安室での対面も、不可思議な印象を受けた。自損事故によってやや損傷し、そうでなくとも生前と違って見える顔面は、私が記憶するそれと結びつくことはなかった。


 彼らのご尊顔とは、果たしてこんなものだったのか。明瞭に見えていた頃の印象は最早おぼろげであり、さりとてあいまいにぼやけて見えた頃の記憶の顔とも違う彼らの彫刻に、不思議と悲しみは湧かなかった。ただただ、何と言おうか、いずこのひととも知れぬ、何者かのあいまいな顔が置かれているのだなあという感想のみであった。


 明瞭でない、 あいまいなもの……それは、ここ数年私が見てこなかったものでもあった。そして十年以上前、すなわち大学進学前はずっと見てきたものでもあった。

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