第2話

 病院からの連絡で、私は急遽帰省した。


 ゴカゾクガ、ジコにアワレマシタ。


 その不明瞭な音声を、私はその日勤務中に受け取った。やがて内容を理解し、ひととして何をすべきか把握した私は、仕事を切り上げ、駅に向かった。朝見た霧雨は今もなお続いており、ホームの向こうから、ぼんやりとした灯りだけが近づいてくるのが見えた。霧はこの先終点まで続くとのことだった。足かけ四時間の長い道のりを、単色塗りの電車は一歩ずつ進んでいった。紙の情報しか載っていない旧式の電車は、幼少の頃から少しも変わっていなかった。


「先程、お母様も息を引き取られました」

 医師の顔を一瞥いちべつし、そうですか、と私は答えた。

「看護師が最後の言葉をメモしております」

 渡されたメモには、恐らくは多忙な看護師の走り書きでこう記されていた。


『十年前のことは間違っていた。自由に生きて』


 その言葉に、私は拍子抜けした。そんな人間らしい言葉を最後に遺すとは、思ってもみなかったからである。



──何だってこんな時に。今さら時間を戻せというのか──


 霊安室で三人の顔を拝した私は、医師と相談し、今後のことは病院が紹介した葬儀社に一任することにした。家族の交遊関係や親戚など私には分からないから、呼ぶべきひとを把握できない。つてを辿れるのもごく少数だろう。それも仕方のないことだ。

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