#030.5

「あの小僧には、闘士としての資質がある」


 遥か上空に、影が三つ。


 ティーテーブルを挟んで向き合うのは、少女二人。

 ゴシック調のドレスを纏う黒髪の少女。

 赤い瞳を伏せ、紅茶を啜る白髪の少女。

 そして黒髪の少女の傍らには、黒毛の人豹が控えている。


 彼女らは、目下の激闘を観覧していた。


「……それ、具体的には? 戦いを楽しむ才能ということかしら?」


 白髪の少女が問いかけると、黒髪の少女は首を横に振った。


「いいや、没頭できる性質、と言うべきじゃな。闘いや殺しを楽しめるかどうかは関係ない。好きかどうかも問わぬ。ただ、目の前の死合いに、己が全てをかけられるかどうか、じゃ」

「ミキヒトに、その資質があると?」

「ああ、あの闘いを見ている限り、な」


 あの少年は、弱い。

 調魔物に苦戦するなど、彼女の作品人豹の魔王に比べれば脆弱もいいところだ。


 だが、強さ弱さは関係ないと、彼女は語る。


「腕っぷしの強い奴のいうのは大勢おる。頭の切れる奴も山程な。……じゃが、実力の拮抗した敵に挑み、極限まで死闘を演じられる奴というのは、そうおらん」


 この数千年、様々な闘争を仕立ててきた彼女だからこそ、知っている境地がある。


「たいていの生物は、極限に至る前に死を受け入れてしまうのじゃ。眼前に迫る死を悟り、諦観してしまう」

「肉体の死に直面すると、先に心が死んでしまうということかしら?」

「そうじゃ。想像力豊かな生物ほど、目の前の恐怖から最悪を連想し、それから逃れられぬと錯覚する。そして諦め、最悪を受け入れる」


 それがという感情だと、彼女は語る。


「……ミキヒトは、その外だと? あの子、一度は諦めてしまったようだけれど」

「じゃが、立ち上がったじゃろう? 己が死ではなく、あの小娘の死を前にして」


 最悪の形というのは人それぞれだ。必ずしも、自らの身に降り注ぐだけものだけを指すわけではない。

 志の死、築き上げた地位や名誉の失墜に富の喪失、あるいは最愛の人の死。


 彼にとっては、あの青髪の少女の死が最悪それだったのだ。


「最悪を前にして、それでもなお立ち上がった。それができる個体というのは精霊わしらでも作れん。闘士としての資質とは、そういうものじゃ。……おっ?」


 黒髪の少女が、口角を上げる。


「ほれ、見てみい。あの小僧、


 鎧装アーマーを纏っているため、彼の表情は窺えない……というのはあくまでヒトの感覚だ。

 精霊という埒外の存在には、彼の歓喜が透けて見えている。


「いい、いいぞ、極限じゃ。死の恐怖を、没頭が、いや熱狂が上回った! ふはははは! あれこそが闘争! よく見ておけ魔王! あれがわしの求めるモノじゃ!」

「心得ました」黒毛の人豹がこうべを垂れる。「……ただ、あれは、私一人で為せるものではないかと」

「わかっておる。……じゃが、おあつらえの敵手が、いま、ここに生まれ落ちた」


 死闘を繰り広げる少年を、黒髪の少女は愉快そうに見下ろしている……新しいおもちゃを見つけた子供のように。


「改めて訊こう、ティー。?」


 わざとらしく名を呼んだ黒髪の少女。

 その問いに、白髪の少女は、


「いいわ」


 一切の躊躇なく即答した。


「ほう、迷いはないか」

「ええ、迷う必要がなかったから」

「それもまた、あの魔術師の少女のためか?」

「いいえ。今度はミキヒト……というより、あなたの言葉を信じてみようと思って」

「む?」

「闘士としての資質、というのを私も見定めてみたい」

「それは……そうか、小僧のためか」


 彼女の言葉を信じると言いつつ、結局のところ、その興味が向かう先は彼らであると、黒髪の少女は理解した。


 彼女が『闘争』を渇望するように。

 白髪の少女はあの少年少女を見届けるつもりでいるのだ。


「当然、ミキヒト自身が拒否するようなら、この話はなかったことになるけれど」

「そうじゃな、そうなれば仕方なかろう。……じゃが、あの小僧は望むはずじゃ。彼奴あやつはもう

「そうであっても、そうでなくても、それがミキヒト自身の選択であるなら、私はそれを尊重するわ」


 そう言って、ティーは眼下に微笑みかける。


「……その行き着く先が、死や絶望であったとしても、ね」


 勝敗が、生死が、決しようとしていた。

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