#031_死闘

 痛い、痛い、痛い!!


 敵を殴るたび、手に腕に痛みが走る。

 突進をしかけるたび、内臓が圧し潰される。


 だが、


「あああ!!」

「ガァッッ!!?」


 振るう拳は、効いている。

 確実な有効打として、怪物へ苦痛を与えている。


「シャァッッ!!」


 怪物の高速機動、フェイントなしの正面突撃。

 それを俺は


 どころか、念動力で身体を押し出し、同じく正面から特攻をかます。


「ぐッッ!!」

「ギィィッ!!」


 互いの拳が交錯し、俺も奴も吹っ飛んだ。

 土に塗れながら転がり、すぐさま身を起こす。


「クッソ……ッ!!」


 耳元で警告音アラートが響いた。


 魔術鎧装ソーサリックアーマーの全体像がディスプレイに映し出され、その胸部の装甲が赤く点滅している。

 これは鎧装アーマーの損傷を意味する警告だ。


 表示を見る限り、破損したのはジュラルミン装甲の表層、第三層目。

 そこに記述されてるのは耐衝撃系の術式のみ。そのほか補助機能は第二層目、基底システムに関わる基幹術式は第一層目に記述されているから、ひとまず魔術鎧装ソーサリックアーマーが動作不良を起こすことはない。


 だけど、これで物理的にも魔術的にも装甲が薄くなったのは事実だ。


 ……いや、そんなことでビビってんなよ。


 奴の肉体をよく見ろ。

 。俺がつけた傷だ。


 奴の身体能力は異常極まりない。だけど肉体が鋼でできてるわけじゃない。

 殴ったら折れる。上限解放した魔術鎧装ソーサリックアーマーなら、やれる。


 だから、攻めろ。


 反撃なんて意に解すな。

 好きなだけ殴らせてやれ。それ以上に殴り返せ。


 さっきまで俺がやられていたように、連撃に次ぐ連撃、追撃に次ぐ追撃を。

 今度は俺が、奴に与えるんだ。


「おおおッッ!!」


 地面がほどの蹴りをもって加速する。

 蹴り足にかかる反作用の鋭痛、急加速の加速度負荷を飲み下し、奴に肉薄する。


 怪物は回避叶わず腕を交差される防御姿勢。

 その上から鉄拳を叩き込み、


「ギャァッッ!!」


 殴打ではなく、もはや突進。


 ビキリ、と骨が嫌な音を立てた。

 肺が圧迫されて息ができない。


「ーーーー止まるなァ!」


 声をあげ、自分を叱咤する。


 いつの間にか森を抜けていた。


 追撃の蹴りを見舞い、村のほうへ怪物を吹っ飛ばす。

 さらなる追撃のため、俺は念動力で加速、怪物に迫撃する。


 すると奴は急制動、からのクロスカウンターを放った。


 怪物の剛拳が腹にヒットし、俺の身体がくの字に折り曲がる。


 自らの突進の推進力、そして怪物からの痛撃。

 ゴキン、という砕破音が体内に反響する。


「ぐ、う……ッ!?」


 熱を帯びた激痛に、動きが鈍る。

 そこに隙を見出し、急追する怪物。


「がああッッ!!」


 迫り来る魔物を、俺は鎧装アーマーの出力にまかせて蹴り上げる。

 その一撃は受け止められるも、そのまま押し切って奴を上空へと打ち飛ばした。


 隙を見せるな。そこで殺されるぞ!

 わめく疼痛を噛み殺し、俺は空へと飛び立った。


 放った拳撃こぶしが怪物の蹴撃けりと激突する。

 巻き起こる衝撃の反作用フィードバック。互いに怯み、だが隙は見せずに掴みかかった。


 錐揉みしながら天へと昇る。


 激闘。

 猛打の応酬。


 怪物の痛打を受け、そして肉体の内側からも。

 臓腑を焼く灼熱の痛苦が、全身に波及する。


 痛い、苦しい、泣きそうだ。


 ーーーーだが、


 怖い、死にたくない。


 ーーーーだが、それ以上に。


 


 どうして?

 なんの高揚だ?


 戦いが楽しいのか? こんなにも痛くて苦しいのに?

 死という不定形の恐怖が、眼前に迫っているのに?


 わからない。


 だけど……、


「ギィィィ!!」

「おおおッッ!!」


 こうやってやり合うのは……互角に殺し合うのは。

 なぜだか、悪い気分では、ない。


 いや、気分とか、そんなことを考えているひまがない。


 没頭。


 ふと、気づく。

 怪物は笑っていた。


 余裕でも不敵でも嗜虐でもない。

 歓喜の笑みだ。


 この死闘を楽しみ、命を燃やすことに最上の愉悦を感じている表情。

 命を危険に晒して、いつ死ぬか、殺されるかもわからないこの状況で。


 狂ってる。


 ーーーーそして、そんな怪物に共感を覚えてしまう俺もまた、狂っているのか。


 殴り合いの喧嘩なんて、人生で一度もしたことない。

 大きな怪我も、口喧嘩だってしたことない。


 それなのに。


「クッソ……野郎がァ!!!」

「ガアアアァァァアア!!!」


 ボルテージが上がっていく。


 速度も、手数も。鼓動も、感情も。

 俺のすべてが上がっていく。


 痛みで頭がおかしくなったのかもしれない。


 敵を殴って、殴られて。

 息つくひまもなく、気の抜けば即死、そんな状況に身を置いて。


 それでもなお、俺は。


「ああああああああ!!!」

「ガァアアアアアア!!!」


 いつの間にか落下に転じていた俺たちは、流星の如き速度で墜落した。


 地表が波打つようにめくれ上がり、衝撃波が家々を薙ぎ払う。


 轟音が伝播し、土煙を舞い上げ……やがて、とばりとなって舞い降りた。

 場は、奇妙なまでの静寂に包まれる。


 死んだのか、俺は。


 ーーいいや、死んでいない。


 死んだのか、奴は。


 ーーいいや、死んでいない。

 ーー俺が生きてるんだから、きっと生きてる。


 奴も俺と同じだ。同じ苦痛の中にいる。


 折損した骨が、断裂した筋ががなり立て、脳の芯にまで痛酷が響いて鳴り止まない。

「ぐッ……つ……」

「ギャァァァ……」


 だが、まだだ、まだ終わりじゃない。


 そうだろう?

 言葉なく問いかける。


 砂塵の舞うその奥、地に伏せる影が。

 鬼のような、だが歓喜の滲む双眸で、睨みつけてきた。


 まだ死んでない。


 軋む手を握り、震える足を地面に突き立て、引きずるように歩みを進め、


 俺たちは、向かい合う。


 紅血滴る肉体。砕かれた鎧装アーマー


 満身創痍。


 互いに極限。


 死の直前。


 だが、だからこそ、


「ーーーーああああああ!!!」

「ーーーーギャアアアア!!!」


 最期の、激突を。

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