#026.5

 この五日間、俺たち冒険者は備えてきた。


 500という大規模な集落。敵将はおそらく魔物化したゴブリン。

 だが、それでも難しい任務ではないと、俺は思う。


「なんだよ、レイモンド。緊張してんのか?」

「緊張じゃねえ、集中だ。お前はもっと集中しろ、アーセル」


 作戦行動前でも、軽口を叩く余裕はある。


 草木に潜む俺たちの先頭に、今回の殲滅戦のリーダーがいる。

 冒険者ギルドが招集してくれた銀等級シルバーランクの冒険者、そして彼が率いる銀等級シルバーパーティだ。

 敵将の相手は彼らが務めてくれる。


 俺たち銅等級ブロンズ以下の冒険者に与えられた役割は、三つ。

 銀等級シルバーパーティにゴブリンを近づけないようにすることと、自分たちの退路を確保しておくこと、そして敵の退路を断つことだ。


 どれも重要な仕事だが、決して難しくはない。投入される人数もかなり多いし、参加しているのはここらが地元の冒険者ばかり。みんな土地勘があり、昔から共同作戦なんかで何度も共闘しているから連携もある程度は楽だ。

 いつも通り、に加えてすこし気張ればいい程度。


 大丈夫。死ぬことはない。


「……!」


 先頭のパーティに動きがあった。


 一瞬、静けさが訪れる。

 それを切り裂くように、上等な鎧に身を包んだ剣士が立ち上がり、剣を抜き、目標の洞窟を指し示した。


「突入!」

「「「おおおおおお!!!」」」


 鬨の声を上げ、冒険者たちが雪崩れ込む。


 初動が肝心だ。

 敵を驚かせ、混乱に陥れる。そのあいだに前衛を切り崩し、できるだけ陣形を乱す。

 数を減らす。反撃の隙を与えない。


 初めのうちは、目についたゴブリンを片っ端から切り倒す!

 ……だが、


「……?」


 洞窟の入口には、敵がいない。

 通路にも、奥に進んでも、一向にゴブリンは姿を現さない。


「……なんだぁ?」


 生活の痕跡はある。

 粗末な石器、散らばったボロ布、焚火の跡に、食いかけの肉。


 だが、ゴブリン一匹、見つからない。


「こりゃどういうことだ?」

「いねえじゃねえか」


 違和感が集中力を上回り、冒険者たちは疑問を口にしだす。


「……なにが起きてる?」

「知らねえけど……」アーセルが口ごもる。「……まずいんじゃねえか、これ」

「まずいって、なにが?」

「考えてもみろ。ここに集落があったのは確かだ。だが見ての通り、ネズミ一匹いやしねえ。じゃあ、奴らはどこにいる? ここじゃねえってことは、どこかに移動したってこったろ。じゃあ、どこに? 森の奥か? 

「……!」


 森の奥へ行ったのならそれでいい。この作戦は中止して、改めて調査からやり直せばいい。


 だが、それは最高の想定、楽観的想定だ。

 悲観的な考えを、最悪の想定をしたのなら、奴らはいったいどこへ向かう?


「……ミキヒト!」



 ***



「さて、始めようか、小僧」

「……気張りなさい、ミキヒト」

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