#026_警戒
ゴブリン集落殲滅戦。その日程が決まった。
「七日ほど、村を空けることになると思う」
冒険者ギルドが広く依頼をかけたおかげで、かなり大規模な討伐隊を編成することができたらしい。
ここら一帯に滞在している冒険者は強制に近い招集を受けたため、レイモンドさんたちも殲滅戦に参加することとなった。
「いざってときは、頼んだぞ」
「了解です。レイモンドさんこそ、死なないでくださいね」
「舐めんなよ」
俺の頭を小突き、レイモンドさんたちは笑って村をあとにした。
経験のある冒険者たちだ。命をかけるような無茶はしないはず。
そもそも今回の討伐隊のメイン戦力は冒険者ギルドが引っ張ってきた高ランク冒険者なのだという。その高ランクの人が魔物の相手をすることになるのだろう。
レイモンドさんたち普通ランク冒険者の役割は、群れの大部分を占める普通ゴブリンの掃討。だから大丈夫。ゴブリンごときに遅れを取るような人たちじゃない。
「……さて、じゃあ俺たちは自分の仕事に取りかかるか」
「うん、そうだね」
俺とリースの役割は、村の警備システムの
レイモンドさんたちがいないいま、この村に残っているのは低ランク冒険者だけ。そのほとんどは駆け出し冒険者であり、俺より年下の子供だ。先輩冒険者から戦闘の基礎を学んでいるとはいえ、まだ実戦的な依頼を受けられないほどランクの低い彼らには圧倒的に経験値が足りていない。
そんな彼らを統率し、村の警備体制を整えるのが、レイモンドさんが俺たちに与えた役割。
具体的には、俺とリースは集会所に常駐しておき、三人一組で巡回する冒険者ユニットの通信を統率する管制塔の役割をする。
巡回ユニットには耳にかけるタイプの
トランシーバーのおかげで連携が密になったし、巡回路は石壁の上に作ったから強襲される心配も少ない。さらに、リースが暗視機能付帯の
殲滅戦が終わるまでの七日間、俺と居残り冒険者たちは集会所に寝泊まりで警備を回すことにした。
集会所のすぐそばには鐘がある。俺たちの手に負えないような状況に陥った場合、すぐに鐘を鳴らして村の人たちを集め、避難行動に移る。さすがにそこまでの事態にはならないとは思うが、いつだって最悪の想定をしておく必要はあるからな。
そして、その最悪に対応できるだけの備えをしておく必要も。
***
「こちら
『こ、こちらアルファ。問題なし。びっくりするから急に話しかけるなよ、ミキヒト』
「そういうわけにはいかないの。なにがあっても、
『わかってる、大丈夫』
「ならいい。巡回を続けてください」
『了解』
集会所のデスクに通信術式などのスクロールや地図を広げ、各ユニット順々に定時連絡を取っていく。
地図上にはα、β……などの光文字がいくつか点滅しており、いずれも石壁をたどるように移動している。
これは通信電波の受信した方向と発信~受信までにかかった時間から距離を割り出す
全ユニット、無事に連絡が取れた。だからと言って休めるわけでもないのだが。
シフトは朝昼晩三交代制で組んでいる。巡回組、待機組、休息組を回す仕組みだ。いまは夜だから、陽が昇るころに交代となる。あと何時間もない。
通信術式を起動したまま、俺は集会所の中を見渡す。
休息組は寝ているが、待機組はみんな緊張の面持ちだ。
それも当たり前か。初めての実践なのだ。いままでの先輩冒険者が付き添ってくれた狩りとは違う。正真正銘、一人前の冒険者としての仕事。
集落は遠いし、戦闘となる可能性は低い。だが、ゼロではない。
そのゼロではないという不確定な状況が、彼らの不安を増している。いっそ確実に戦闘が起こるとわかっていたほうが、覚悟は決められたのかもしれない。
彼らのことを鼓舞してやりたいところだが、それはレイモンドさんに禁止されている。
その理由は、彼らに
戦闘技術は訓練で育てられるが、戦闘に向かうまでの心を訓練することはできない。それは実戦の中でしか鍛えることができないのだと。
だから、今回のこの警備を通して、彼らの精神面を鍛えるつもりらしい。
どこまでも村のため、レイモンドさんらしい考え方だと思う。
「……やっぱり、まだ精度が荒いかな」
俺と管制ユニットを組んでいるリースが、地図を睨みながら呟いた。
光文字の位置が不安定だ。あっちへこっちへ、壁上から大きくは外れてはいないものの、ずっと位置が定まらない。
「まぁ、発信する電波の精度は
「それはそうだけど、このままじゃもっと広範囲のロケートでは使いものにならないくらい荒れる。もっと術式効果を簡略化して、
どこまでも熱心な少女だ。
「まぁでも、いまは管制に集中してほしいかな」
「ん、ごめん。集中する」
青のくせっ毛をかきあげて、リースはいましがた終えた定時連絡の音声信号強度の確認へと移った。
いまのところ、すべて順調だ。敵影なし。不審な動きもなし。
このまま何事もなく、七日が終わればいいのだが……。
***
四日経過。昼が終わって夜シフト。
七日の折り返しを過ぎ、みんなの緊張が解け始めたころ、定時連絡でない通信が入った。
『こちらベータです。ミキヒトさん、聞こえてますか?』
「こちら管制。聞こえてます。問題発生ですか?」
『ご、ゴブリンがいます』
「壁のすぐそばですか?」
『い、いえ、壁からは離れてます。森のほうにいます』
「数はわかりますか?」
『三匹です。こっちを伺ってるみたいです』
「すぐに戦闘になりそうですか?」
『そ、それは大丈夫だと思います』
「わかりました。念のため、追加の人員を送ります。……各ユニットに通達。巡回をやめ、その場に待機し、警戒を続けてください」
各ユニットからの返事を確認したあと、俺は集会所へと振り返る。
待機組の面々が、緊張した面持ちでこちらを見ていた。
初めての敵影確認。待機組の初任務だ。
「待機組の一番と二番ユニット、来てくれ」
「は、はい」
待機組二ユニット、計六人がデスクを囲む。
「聞いてただろうけど、ゴブリンが三匹、確認された。いまのベータの位置はここ。応援に行ってくれ」
「りょ、了解です!」
一番ユニットのリーダーが答える。まだ中学生くらいの男の子。
おさがりの防具を身にまとい、左腰に小振りな直剣、左腕には丸盾を装備した片手剣スタイルだ。
「ただし、応援と言っても、戦闘に行けって言ってるわけじゃない。ベータから監視任務を引き継いで、壁の上からゴブリンの位置を追い続けてほしい。お前らが到着次第、各ユニットは巡回任務に戻るけど、お前らはゴブリンの監視を続けて、異変があったら連絡してほしい。大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
「あと、絶対、トランシーバーは起動しておくこと。常に意識を広げておけば、それだけでいいから」
「わかりました!」
「よし、じゃあ行ってこい」
リーダーの子の背中を押して、集会所から見送ってやる。
残りの待機組の声援に手を振り、一番・二番ユニット計六人は応援へと向かった。
「ユニット・ベータ、聞こえますか?」
『き、聞こえてます』
「いま応援を送りました。到着するまでその場に待機してください。到着次第、また指示を出します」
『了解です』
「なにか変化があったら連絡をください。以上、通信を切ります」
『はい、ありがとうございました』
地図上に一番・二番ユニットの位置情報が反映された。
点滅する①②が集会所から離れていくのを眺めていると、俺の胸の内には漠然とした不安感が湧き立ってくる。
「……大丈夫かな」
「大丈夫。ゴブリンも馬鹿じゃない。石壁の攻略難度と数の優劣くらい理解できるはず。そう簡単には特攻してこない」
「……だよね。そうだよね」
そう、大丈夫……なはずだ。
それに、いざってときはこれがある。
リースの作ってくれた銀色のアタッシュケース。それを常に足元に置いているから、緊急時はこれだけ持って現場に急行すればいい。
靴底に仕込んだ
ゴブリンだけで密集していれば、遠距離からの広範囲攻撃。子供たちと乱戦になっていれば、まずは子どもたちの安全確保を優先する。戦闘のイメージを脳裏に繰り返す。
大丈夫、大丈夫……と考えていると、
「……!」
デスクの向こう側から、リースが足を絡めてきた。
「みんなの緊張に釣られないように」
「わかってる、大丈夫。……足、絡めるのやめてくんない? なんかやらしい……」
「緊張したときはやらしいこと考えてれば緊張しない」
「それは……なに? こっちの世界の一般論?」
「私の持論」
もう
ほとんど毎晩ティーとリースと致してきた俺にとって、自家発電すらできない七日間は辛すぎる。
「……やばい、ほんとに緊張解けてきた」
一度そっちに思考がシフトすると、スイッチが切り替わったように妄想が止まらなくなる。
リースもまだ足を絡めてくるし、いますぐにでも始めたいくらいだ。
「緊張したときは、緊張を上書きできるくらい夢中になれることを考えればいい」
「それだと別にやらしいことじゃなくてもいいんじゃない?」
「それはそうだけど、ミキヒトの場合はやらしいことが一番夢中になれるかと思って」
「そうですね……」
結局、ゴブリンたちは去り、俺の心配は杞憂に終わった。
あと二日の辛抱だ。
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