#027_会敵
「み、ミキヒトさん!」
切羽詰まった声に叩き起こされ、俺は一瞬で目を覚ます。
声の主は管制ユニット昼シフトを担当してくれてる子だ。
管制に必要なことは一通り教えてある。この四日間も問題なく役目を果たしてくれた。
だから、彼が助けを求めるということは、緊急事態が発生したということだ。
「状況は?」
「アルファがゴブリンを発見しました」
「まさか、もう攻めてきた?」
「いえ、まだみたいですが、それが、数が……」
口ごもる管制担当の子。
「ユニット・アルファ、聞こえますか」
『み、ミキヒト。あれ……あれ!』
「落ち着いて」
リースが割って入ってきて、そして俺の足を軽く蹴った。
状況の把握はリースに任せられる。俺のやるべきことは現場に急行することだ。
予備の
地図上、αの光文字が点滅してたのは村の奥、森側だった。
そこまで直線、最短距離を飛び、すぐに現着した。
ユニット・アルファの三人組は俺が来たことにも気づかず、怯えた様子で森のほうを見ている。
俺もそちらへ目を向け、スコープを起動して見てみると……、
「……はぁ?」
思わず、声が漏れた。
『ミキヒト、状況を説明して』とトランシーバーからリースの声。
「……敵影確認。ゴブリン、数、50以上」
『……本当?』
「本当だよ。それに、見えるだけで50だ。森の奥にはもっといる」
『状況は? すぐに戦闘になりそう?』
「いや待って。奴ら、動きがない。いや、こっちに向かってきてないだけ。動きはある」
『落ち着いて、正確に』
「大丈夫。えっと、奴らは村に向かってきてるわけじゃない。ただ……あれ、武器か? 槍とか剣とかの準備をしてる。防具を身につけてる奴もいる」
『武装したゴブリン……が進軍はしてないけど、戦闘の準備はしてるってこと?』
「そう、そういうこと。……リース、鐘を鳴らして。避難指示」
『わかった。ミキヒトは待機してて。私も行くから』
「ごめん、ありがと」
通信を切って、俺はユニット・アルファに向き合う。
「すぐに集会所に帰還して、みんなに詳しい状況を伝えてきて」
「わ、わかった」
「大丈夫、敵はまだ攻めてきてない。それに、攻めてきたって逃げればいい。レイモンドさんに教わった通り、危ないことからは逃げていいんだ。ただし、村人と一緒に逃げること。いい?」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ行って」
子供たちを送り出し、俺は敵の観察を続ける。
からん、からん! と集会所の方角から鐘の音が五回聴こえた。
避難指示だ。いまごろ、村人たちは慌てて家を飛び出しているだろう。
俺の役割は、村人たちが逃げ切るまでの時間を稼ぐこと。
大丈夫、イメージなら何度だってしてきただろ。奴らが攻めてきたって、空から距離をとって撃ちまくればいい。それができるだけの術式が、
大丈夫、大丈夫。
「ミキヒト」
俺と同じように
「敵は?」
「あっちの方角」
リースは光線で魔術陣を描き、それを俺の指差した方向へ向ける。
すると、宙にホログラムディスプレイが出現し、ゴブリンたちの動きを映し出した。望遠術式と、それで捉えたものを映し出す投影術式だ。望遠魔術具に刻印されてる術式をそのまま使ったのだろう。
さらに彼女は魔術陣を追加し、ディスプレイを切り替える。
映し出されたのは、青い森を背景に、赤や黄色のゴブリンが動いている映像だ。これはあっちの世界で見たことある。
「……サーモグラフィ?」
「そう。
「そりゃ便利」
映像には、木々のあいだの奥のほうまで、ゴブリンの熱が映し出されてる。
いままで見たことない数だ。ここの村人の数より多いんじゃないか?
いや、びびるな、大丈夫。
「かなり多いね。正確な数がわからない」
「そうだね。ていうか奴ら、なんでここに集まった? ほかでもないこのリリン村に」
「それはわからないし、その理由を探ってる時間もあるかわからない。いまはとにかく戦闘の準備を。ほら、ミキヒト、服ぬいで」
「えっ、なに? 服?」
「
「あ、そうだったね」
だから、
スポーツマンなんかがよく着ている、身体にぴったり密着するシャツとパンツ。いわゆるコンプレッションウェアみたいなやつだ。
こっちの世界の平民の衣類といえば、網目の荒い麻の服が一般的。いま俺が脱いだのもそれだ。
けど、俺もリースも下着一式、あっちの世界のものを使ってる。こっちの世界の下着はゴワゴワしてて着心地がよくないから、ティーに旧王城から持ってきてもらったのだ。下着とジャージ、あとは制服と運動靴、カバンに私物。俺のだけじゃなく、クラスメイトの持ち物もすべて複製して持ってきてもらった。
このコンプレッションウェアは、だれかの持ってた部活用運動着の素材を複製・成形し直したものである。
そしてこの
俺はアタッシュケースの取っ手を強く握り締める。
これは
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
大丈夫。これがあれば、俺は負けない。
「緊張してる?」
「……してるよ、かなり。リースは緊張してなさそうね?」
「緊張してても意味ないから。ほら、やらしいことを考えて緊張を解いて」
「この状況でそんなこと言われたってなぁ……」
「じゃあ、こうしよう」とリースが提案する。「この戦い、生きて帰ってきたら、夜はミキヒトの言うこと聞いてあげる。なんでもね」
「それは……めちゃめちゃ嬉しいしやらしい妄想が捗るんだけど、死亡フラグっぽくて逆効果じゃない?」
「それもそうか。でももう言っちゃったし、私になにをさせるかだけを考えて」
「それは……なんでもいいの?」
「いいよ、なんでも。言いなりになってあげる」
「…………」
緊張とは別の要因で心拍数があがっていく。血の巡りがよくなるのがわかる。
妄想が膨らみ、目の前の危機的状況を頭の中から追い出してくれる。
「……よし、大丈夫。ありがと」
「うん。じゃあ、ひとまず待機」
「先制攻撃はしない?」
「いや、したほうがいいと思う。敵が分散する前に叩きたい。だけど、村人の避難が終わってからにしよう。みんなが集会所に集まったら連絡が来るはずだから、それまでは待機。敵に動きがあったら別だけど」
「了解。リースも、早く避難して」
「……いや、ぎりぎりまでここにいる」
「大丈夫?」
「ゴブリンくらいなら逃げ切れる。それに、ミキヒトが守ってくれるでしょ」
恥ずかしがる様子もなく、リースは俺の手を取った。
指を絡ませて、握り締め、すこし緩めては、また指を絡ませる。
俺を不安を紛らわせるためだろうか。あるいは、彼女自身の不安か。
……いや、どっちだって同じことだ。
俺は、少なくとも村人たちが逃げるだけの時間を稼がなければならない。
リースが不安を感じていようがいまいが、俺は彼女を守らなければならない。
緊張している
『ミキヒト、リース。村人全員、集まったよ』
しばらくして、そう通信があった。
「わかった。すぐに避難を開始して。私もすぐに追いつくから」
そう言ってリースは通信を切る。
「じゃあ、もう行く。逃げながらでも受け答えはできるから、わからない機能があったら言って」
「わかった」
「じゃあ、がんばって」
俺の背中をぽんと叩き、リースは去っていった。
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