#013_魔術時代の衰退
薬の複製はすぐに終了した。
丸薬を複製したときのように一個一個やるのかと思いきや、薬の入った木箱ごとがっつり複製させられたので、複製作業それ自体にはあまり時間はかからなかったのだ。
むしろ時間を要したのは、味や色を確認するための作業と、あとは今月の納品分とか言われて複製させられた数百瓶の整理か。さすがに量が多かった。
「……これだけ複製しておいて、発熱はいっさいなし?」
「ないね。ただ、腰が痛い……」
倉庫で瓶を箱に入れる作業、ずっと中腰だったからな。背伸びをすると腰がばきばきと音を立てる。
「もう一息。がんばろう」
「まだあんのか……」
もはやただの労働力の様相を呈してきたが、まぁがんばるしかないだろうな。女の子一人にやらせる分量じゃない。
一つの木箱に複数種類の瓶を、納品する数だけ入れていく。納品数はリースが木札に書いてくれている。
木札を見て、瓶を詰めて、木札を見て……と繰り返すだけはかなり暇なので、リースが話を振ってきた。
「ミキヒト、召喚術式って覚えてる?」
「覚えてない。ていうか見た覚えないんだよな」
そう答えて、俺はふと疑問に思う。
「……あれ? 召喚術式って、魔術だよな?」
「ええ、そうよ」
そう答えたのはティー。作業中の俺たちのうしろで、優雅にティータイムと洒落込んでいる。本当にお茶が好きなんですね……。
「でも、召喚術式を使ったのって、貴族なんだよな?」
俺たちが召喚されたそのとき、俺たちを取り囲んでいたローブの術師たちは、貴族だったはずだ。そう説明を受けたのをおぼろげながら覚えている。
けど、魂の複雑性が一定レベルを超えてるとかで、貴族は魔術を使えないんじゃなかったか。
「たしかにそうだけれど……実は、さらにある一定の水準を超えた魂は、魔術が使えるようになるの」
「んん? 魂の精度が低すぎると魔術は使えて、逆に高すぎても魔術は使えるってこと?」
「そうね。
「……なるほど」とリースが頷いた。「複数人で起動した術式は、その効果が増幅される傾向にある。あれはやっぱり魂の精度が上がっていたってことなのか。魂の精度が高すぎても魔術が使えるってことには驚いたけど……」
なにやらリースが感心しているが、俺にはなんのことだかいまいち理解できてない。
と言うかそれ以前に、
「……それ、俺は中途半端以下ってこと?」
「そうね」
なんか悲しい……。
「で、ミキヒトは召喚術式を見てないんだ?」とリース。
「ああ、うん。見てないです。ごめんね、もしかして興味あった?」
「かなりね。ご先祖様も興味があったみたいだけど、術式の実物が手に入らなかったみたいなんだよね」
「えっ、そうなのか。勇者だったんだよね? 魔王を倒した英雄なら、国に頼めばそれくらい手に入りそうなもんだけど」
「断られた、って記述があった。召喚術式を渡すってことは、新たな勇者が召喚される可能性があるってこと。その新しく召喚された勇者が、自国の味方になるとは限らない」
「あっ、そういう……」
その可能性はあるだろうな。
当然ながら、召喚されたばかりの召喚者はどの国の味方でもない。なんなら人類の味方であるかすら怪しい。昨今の異世界モノでは魔王側につく召喚者だって珍しくないし、それを真似する召喚者がいてもおかしくないだろう。
俺たちがクレマリオ王国に与していたのだって、彼らが最低限の生活を保証してくれたからだ。クラスのまとめ役が魔王に滅ぼされそうな人類にいたく同情し、剣を取ることを決意したという理由もあるにはあるが……。
もし衣食住の保証がなかったら、たとえば先人の召喚者に召喚されていたとしたら、その先人を信用して国に仕えない可能性だってじゅうぶんにある。
もっと言えば、術式を教えた召喚者がそれ術式を他国に
「考えれば考えるほど、術式を教えるリスクが高すぎるな」
「私が王国側なら、召喚術式なんて国家機密にする。でも気になる……」
「作業の手、止まってますよリースさん」
薬瓶の箱詰め作業を再開するリースだったが、その表情はすこし不満げだった。もちろん作業にではなく、召喚術式が手に入らないことにだ。
リースの表情はわかりにくいと思っていたが、実はかなり感情豊かな子みたいである。
「実物を持ってきましょうか?」
曇る表情のリースに、ティーがそう提案する。
「召喚術式を知ってるの?」
「王城の宝物庫に飾ってあるわ」
と言ってティーは姿を消し、すぐに戻ってきた。
「これね」
差し出したのは、むこうの世界のルーズリーフだ。
そこには召喚術式が記述されている……はずなのだが、
「……細かすぎて見えない」
ルーズリーフのサイズいっぱいに記述された魔術陣だが、術式が複雑すぎて、もはやただの黒丸だった。一つ一つの術式素が細かすぎるのだ。虫眼鏡でも見えなさそうなくらい細かい。
そもそも円陣も一つではなく、中央の大きな陣を取り囲むように、大小さまざまな円陣が配置されている。
「これを見えるくらい拡大するには、この紙じゃ足りないわ」
「どのくらいなら足りる?」
「直径10mなら、ひとまず見える程度にはできるわ。それでも小さいけれど」
「10mでも足りんのか……。……いちおう訊いとくけど、召喚術式を人間にあげたのって、ティーじゃないんだよな?」
「いいえ、違うわ。人間たちが自力で組み上げたか、私以前の精霊が授けたか、ね」
「こんな複雑な術式、人間だけで構築できたとは考えにくい。現代よりかつての魔術文明のほうが栄えてたらしいけど、異世界への干渉なんてこと、自力でできたとは思えない」
たしかにね。いくらかつての魔術師が優れていたとしても、異世界への干渉なんて超自然的な事象、人間だけで実現し得るとはわけがない。
……ん? かつての魔術文明が優れていた?
その言葉に、引っかかった。
そういえば、かつての魔術は現代魔術よりかなり優れていたのではなかったか。
だが、なぜか魔術は廃れてしまった。ティーの眠っていた地下図書室が荒れていたし、国家機密レベルの魔術書は朽ち果て、旧王城のだれもが魔術を使わなくなっていた。
メイド長に至っては「魔術が衰退した」と明言すらしていた。
そのことについてメイド長に質問した覚えがあるけど、突然死の話が出てきたうやむやになったのではなかったか。
俺と同じことを思ったのか、ティーがリースに尋ねる。
「リース、貴方、現代の魔術が廃れた理由を知らないかしら?」
「…………まぁ」
すこしの沈黙のあと、リースはなぜかティーから視線を逸らしつつ、語ってくれる。
「……魔術が廃れたのは、魔術師が一ヶ所に集約されたあと、その数が激減したのが原因だっていう文献を読んだことがある」
魔術師が一ヶ所に集約されたあと、その数が激減……?
「どうしてそんなことが起こったの?」
「それは、ある精霊が、人間に新たな魔術の境地を見せてくれると言ったのが発端らしい」
「新たな魔術の境地?」
「さっきも話したよね? 以前、人間は魔法が使えなかった。いまでも平民は使えないけど、当時は貴族とかも魔法が使えなくて、だから魔法種族国との戦争で負け続きだった」
そういやしたね、そんな話。
「だから、人間は精霊に頼み込んだらしい。自分たち人間に力を授けてほしいと」
…………。
「すると精霊は、その願いを叶えてくれると言ったらしい。具体的には、より強い術式を作るための手助けをするという形で」
………………。
「その精霊から教えを請うために、当時の人間国家は協定を結んで『人間種族国家による魔術連合』を創立した。そこに各国、国中の魔術師たちが集約された。年齢問わず、性別問わず、実力すら問わずにね」
……………………。
「当然、魔術連合は協定のもと、人間各国の管理下に置かれることになった。もちろん管理するのは国の上層部……つまり貴族たちになる。一ヶ所に集約された魔術師たちは魔術研究に没頭し、貴族がそれを管理し……結果、市井から魔術師が消えた」
街から魔術師がいなくなったから、魔術が衰退したってこと……?
「い、いや、でも待って」
俺は強引に口を挟む。
「魔術連合を作ったのに魔術が衰退するなんてことある? いくら管理してたのが貴族だからって、研究成果をすべて隠匿するなんてこと、しないと思うんだけど……」
「それは、その、研究の成果……一番大きな研究成果が『人間を魔法種族にする魔術式の構築』が成功したことだったみたいで、魔術師たちが軒並み魔法種族になって、その結果、魔術師たちは魔法が使えることと引き換えに、魔術が使えなくなって……」
「……魔術師が、魔術の研究をできなくなった」
「研究者が研究できなくなったら、その分野が停滞するのは当然のこと」
「…………いやでも、現行の研究者がいなくなったとしても、新たに研究を始める人もいるんじゃない?」
「研究者の多くは、だれか別の研究者を師事してるのが普通。だれの師事も受けずにイチから研究を始めて、そのうえで成果を出せる人は、ほとんどいない。指導者の有無はかなり重要」
「………………それでもさ、それってもう数百年前の出来事なんだし、すこしは現代にも魔術師がいると思うんだけど」
「現代にも魔術師はいるにはいる。魔術都市と称される街もある。けど、かつての魔術文明は数千年の歴史があると言われてる。たかだか数百年程度で追いつけるとは思えない」
……………………反論の手立てを失った。
魔術技術が衰退した原因は、人間に魔法種族となるための手立てを授けた精霊にある。
それはつまり、
「……すべて、私のせいというわけね」
「そうなりますね……」
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