#014_物質を再現した現象①
「うん……」
薬の複製が終わり、俺たちは庭でティータイム中である。
とは言ってもお茶を楽しんでいるわけではなく、リースは一枚の紙を注視していた。
そこに書かれているのは召喚術式だ。魔術陣の内側には、数多の術式素が所狭しと詰め込んである。とてもルーズリーフという小さな紙切れに収まり切る情報量ではない。
リースが術式から顔を上げ、目頭を揉んだ。
「……召喚術式については、ひとまず置いておく。これは一朝一夕で解析できるものではない」
「ただでさえ難しそうなのに、それに加えて分量がね……」
術式全体の構造どころか、術式単位ごとに分解するのだってかなり時間がかかりそうだ。
「これはすこしずつ進めていけばいい。
「では、なにから始めるのかしら?」
ティーが訊くと、リースは俺に眼を向けて考える。
「……ご先祖様が残した術式の整理をしつつ、引き続きミキヒトの魔術装置としての力量を確かめたい。ティーは術式の不備や欠点、改善点を挙げていって。それでいい?」
「わかったわ」
「了解」
「じゃあまず……」
リースのブレスレットが光線を発した。
青白いその光は多くの術式素・術式単位を描き出し、空中に留め置く。
次に描かれたのは円陣だ。一寸の狂いもない綺麗な円形。
動き出した術式素が、その円の内側に配置されては除かれ、それを繰り返して魔術陣が構築されていく。
「いまから作る術式は、まぁ、言ってしまえば物質の亜種みたいなのを作る術式なんだけど」
「物質の亜種? それって俺のもといた世界にあるやつ?」
「いや、ない。ご先祖様が作り出した、魔術でのみ作れる現象に近い物質。いや、物質に近い現象のほうが正しいか」
「なんか、初っ端からやばそうなの出してきたね……」
「やばくはない。物質とほぼ変わらない。で、物質を作る以上、その形状を定める必要があるんだけど……ミキヒト、剣術はできる?」
剣術。
それと槍術、そのほか近接武器を用いた戦闘術。これらは一通り、旧王城で魔法とともに教わった。
この世界での戦闘というのは、魔法だけで戦うわけではないのだそうだ。もちろん魔法専門の魔法師というのは存在するが、数で言えば魔法と武器を合わせて扱う騎士のほうが多いのだという。
大規模な魔法で火戦を行える魔法師だけじゃなく、魔法と近接武器を合わせた白兵戦をこなせる騎士。
それが俺たち召喚者が期待されていた勇者像だ。
だから俺も剣の手解きは受けたわけだが……、
「……実戦レベルじゃないけど」
「んん……いまはそれでいいや」
いまはってことは、将来的には実戦レベルでの剣術を期待されてるってことなのか……。
「じゃあ、形状は剣で作る」
新たに書き出された術式素が、魔術陣の空白を埋めていく。
完成した術式が、宙空を滑るようにして俺の前へとスライドしてきた。
俺がそれを起動すると、ある物質が生成される。
金属製の円筒だった。いや、綺麗な円じゃなく、すこし楕円形か。
その生成物をリースが手に取ると、生成術式が消えていく。俺は術式に向けていた意識を解除した。
「それが物質の亜種?」
「いや、これはただのジュラルミン」
「ジュラルミンね。ジュラルミン……」
彼女は一通り楕円筒を触れ終えたあと、それを俺に渡してきた。
そして俺に、あるキーワードを教えてくれる。
俺はリースに言われるがまま、魔術を使う要領で楕円筒に意識を集中させ、キーワードを唱える。
「《基本術式:抜刀》」
ブォンッ! と刃が伸びた。
色は薄黄色。だが、ただ色のついた刃というより、光を発しているように見えるそれはまさしく、
「ビームサーベル!」
「ビームじゃない」
そう言いつつ、リースは伸びた刃に触れる。
「さっ、触って、大丈夫……?」
「大丈夫。ほら」
リースに言われ、俺もおずおずとその刀身に指をつける。
「……さわれる」
ビームサーベルだと触れたら焼けつくようなイメージがあるけど、これはそうじゃない。
「ちょっと温かい。……けど、物質じゃないんだよね?」
「うん。物質を再現した現象」
リースはその原理を説明してくれる。
「物質っていうのは、原子からできてる。じゃあその原子は、なにからできてる?」
「えっと、原子核と電子」
「その構造は?」
「原子核が中心にあって、その周りを電子がぐるぐる回ってる」
「それは厳密じゃないんだけど、いまはそれでいい。つまりなにが言いたいかっていうと、私たちの身の回りにある物質はすべて、原子核と電子で構成されていることになる。私の身体も、このテーブルもね」
リースが剣を持ってないほうの手の指を立てて、とんとんとテーブルを叩く。
「こうやってテーブルに指が触れるのって、ミクロな視点で見ると、どういう現象が起きてると思う?」
テーブルと指の接触。
物質同士の接触は、つまり、原子同士の接触だ。
そして原子は、原子核を中心に、電子がぐるぐる回っている。
だから、物質同士の接触というのは、
「……電子同士が接触してる?」
「惜しい。電子同士、言い換えると、負の電荷同士が近づくと、どうなる?」
「あっ、反発する」
負の電荷同士、正の電荷同士。同じ電荷同士が近づくと斥力が生じる。
「そう。だから、物質の接触って現象は、物質同士がくっついてるように見えるけど、実は電子同士が反発してるから、ほんのすこし隙間が空いてるんだよね」
日本語じゃ『接して触れる』って書くのに、実は接してないのか。
「逆にいうと、電子同士の反発力が限界値に達するところまで近づく現象、これが物質同士の接触であると言える」
「へぇ……。あ、物質に近い現象って、もしかしてそういうこと?」
「わかった? 物質の接触は、電子同士の反発を受けながらも限界まで近づくっていう現象で、実際には触れてない。つまり、電子の作る電磁場さえ再現できれば、そこに実体がなくても、さも物質があるような現象を引き起こすことができる」
リースは刀身から指を離し、今度は楕円筒……柄に触れる。
「その柄、中空になってるんだけど、そこに術式が刻印してある。物質中の電子の振る舞いを再現して、さも物質があるように見せる術式」
「じゃあ、この刀身って……」
「うん。それは、物質じゃない。電磁場に物質と似たような振る舞いをさせてるだけで、実体がない現象なの。そしてその現象のことを、ご先祖様は
『Para-Material』ということだろう。
ジェイク・メイヴィスが作った言葉だと言うのなら、リースが英語で発音したのは納得だ。
「
そもそも『魔術能力』について説明を受けてないが、何度か聞いた言葉なのでなんとなく理解できる。
「核子が多い物質を生成するのが難しいってことは、前に言ったよね?」
陽子とか電子を一斉に、同じタイミングで作らないといけないから難しい、だったな。
「でも、この
「でも、その電磁場に電子の振る舞いをさせるっていうの、それは難しくないの?」
「それなりに難しいよ。でもそれは
集中を解いた俺は、刀身の消えた柄をリースに渡した。
彼女はそれを起動し、生成された刀身を俺に向けて、
「えい」
と俺の腹を突いた。
「えちょっ!」
俺は驚いて身構えてしまったが、もう遅い。
突き出された鋒は俺の腹を刺し……しかし、痛みはない。
「……?」
それどころか、出血もない。
すこしびりびりする感覚はあるが、それだけだ。
「私の魔術能力じゃ、剣として実用に足る強度は出ない。
リースが剣を俺の腹から引き抜くと、そこにはたしかに薄黄色の刀身がある。
「
たしかに、それはそうか。そもそも実体がないんだった。見えるし触れられるから、そのことを忘れてしまう。
「魔術能力が低いと、電磁場の変化させる力が弱くなる。
「なるほどね、
「それはたぶん、
刀身を消したリースは、またなにか魔術式を構築し始めた。
「魔術能力が低いと電磁場の変化が弱くなって、
リースが構築を終えた術式を俺のほうへ移動させたので、俺はそれを起動する。
次に現れたのは、円柱状の柱だった。
高さは俺の胸ほど、直径は30cmくらいか。材質は、鉄か? 下部は鉄板と結合されていて、倒れないようになっている。
「これを斬って」
「え、斬る? この剣で? き、斬れる、これ……」
「パワーさえあれば」
「……身体強化魔法、使っていい?」
「いいよ」
俺の身体強化魔法は低出力だが、ないよりはマシだろう。
俺は剣を、腰の左に構える。鞘がないので居合いではないが、それと似た構えだ。
身体強化魔法を発動する。全身の、とくに右腕の筋肉が震えて、力が集まってくるのがわかる。
そして、その集中した力を解き放つように、俺は剣を振るった。
ギィン! と鉄を打つ音が響き、
「っおおおぉぉぉ……?」
「……斬れてない」
「まさか切断するつもりだった?」とリースが言う。「身体強化魔法を使ったとしても、さすがに出力不足だと思う。むしろ、鋼鉄に傷をつけただけでもすごいと思う」
まぁ、たしかに。いくら
だが、リースは新たな提案をしてきた。
「もし切断したいのなら、拡張術式を起動してみて。オプション名は《振動》」
「拡張術式?」
「さっきから言ってる《基本術式》の拡張版。術式単位にはそれぞれタグをつけてるから、それを音声入力することで起動できる」
魔術式の形式……魔術コードの種類は三つある。記号、文字、発声だ。
記号と文字は組み合わせて使うことができる。そしてそれは発声も同じ。ベースとなる術式を記号と文字で書いておき、あとから発声で術式を追加することができるのだ。音声入力はそれの応用ってことだろう。
「術式を起動後、《基本術式》っていうパラメータに《抜刀》っていうタグ名を入力すれば、
「じゃあ拡張術式っていうのは、この刀身になにかする術式ってこと?」
「そう。《抜刀》時に、その刀身に対して付加できるオプションをいくつか用意してる。《拡張術式》っていうパラメータに、対象となるオプション名を入力すれば起動できる。これを斬りたいなら《振動》がいい」
「……《拡張術式:振動》」
基本術式のように唱えてみると、
キィィィィ、と耳鳴りみたいな音がし始めた。
「刀身が、震えてる?」
「《振動》はその名の通り、刀身に超音波振動を付加するオプション」
「おお!」
ラノベとかでよく見るやつだ。
「これでスパッと斬れる?」
「いや、スパッとは斬れないかな。斬るっていうより押しつけるって感じでやってみて」
言われた通り、俺は刀身を振りかぶらずに鉄柱に当てる。
「おおおぉぉおぉおぉ!」
ギャリギャリギャリギャリ! と火花を散らしながら、刃が柱へ喰い込んでいく。
スパッとは斬れないが、チェーンソーですこしずつ木を伐っていくみたいな感じだ。
そのままの調子で押しつけ続けると、ほんの十数秒で金属柱を切断することができた。
「うん、出力には問題なさそう。……ミキヒトが扱う分には、だけど」
「あ、まぁ、そうか」
そういえば、俺の魔術能力は高いのだという。
「可能なら、
「使えるというのは、どういう想定かしら? 具体的な形があるのか、抽象的なイメージがあるだけなのか」
いままで口を挟まなかったティーが訊いた。
「……まずは武器、剣と槍かな。手入れがいらない武器が作りたい」
「では、それを要件に据えて考えていきましょう」
そうやって、ティーの魔術講義が始まった。
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