#012_魔術装置としての力量
というわけで、さっそくだが実験が始まった。
「まず、魔術装置としての力量を知りたい」
そう言ったリースのブレスレットから、青白い光線が飛び出した。
一筋の光は設定されたレールを辿るが如く、寸分の歪みもない円を描く。
その隣には記号や文字……術式素がずらりと縦並びにされ、リースの指先の動きに合わせて拡大・縮小し、まるでパズルのように円の域内へと当てはめられていく。
魔術式を構築しているのだと、すぐにわかった。
しかしその光景は、ファンタジーというよりSF映画で見るホログラムのようだ。
わずか数秒で術式を構築し終えたリースは、その陣を俺の目に前に、食事を配膳するかのように配置する。
「これを起動すればいいの? なんの術式?」
「起動すればわかる」
言われるがまま、俺はホログラム魔術式に視線を向け、意識を浸透させる。
ゴトン、と術式から生まれ落ちたのは、長方形の、黄金に輝く……、
「……金?」
「金の生成術式。ミキヒト、疲労感は? めまいとか頭痛とか、眠いとかある?」
俺がなにかいう前に、リースは俺の額に触れた。
「熱はないね。頭痛とか疲労感は?」
「とくには……」
それを聞くとリースは頷き、今度は金塊を手に取った。持ち上げたり、指で押し込んだりしながら、
「……うん、きちんとできてるっぽいね。すごい」
「すごいっていうか、こんなに簡単に作れるのか……」
「陽子・電子が79、中性子が118、面心立方格子構造、その他諸情報。必要な情報さえわかってれば、作れない原子はない。まぁ、それでも普通の人は作れないけど」
「どういうこと?」
「普通の人なら魔術能力が足りないから、作れない。金ほど核子の多い物質を作れるってことは、ミキヒトがそれだけ優れた魔術装置ってこと」
そう言われて、俺は以前、ティーと話したことを思い出す。
たしか、物質生成の難易度には、電子や陽子の数が関わってくる。構成要素を時間的なラグなく生成しなければならないため、質量数が大きければ大きいほど、物質生成は難しくなる。水と金では金のほうが生成が難しい、とティーが言っていたはずだ。
「金を作れる人って、そんなに少ないの?」
「少ないっていうか、いない。普通の人が作れるのは、周期表の第二周期くらいまでが限界」
第二周期までっていうと……
「リチウムとかベリリウムとかの金属なら作れるんだ」
「んん……原子としては作れる、かな」
「どういう意味?」
「さっきも言った通り、物質生成で一番難しいのは、核子を同時に生成しなければならないこと」
それは理解した。
「物質生成で二番目に難しいのは、連続した固体構造を作ること」
「連続した?」
「実践してみせようか」
リースはまた光線で術式を構築し、それを机上に置くように配置した。
そして自身で起動する。
「……? なにも起きてない、よね?」
「いや、起きてる。よく見て」
術式を消したので、俺は術式があった場所をよく注視した。
「……あっ、この、これ?」
そこには、白っぽい粉みたいなのが、わずかながらあった。
「リチウムの粉末。触っちゃだめだよ、吸ってもだめ。有害だから」
「えっ、ちょっ」
「触ってすぐ死ぬって類のものでもないから安心して。それに、すぐ消す」
そう言ってリースは先ほどとは違う術式を構築し、それをリチウム生成術式があった場所に配置、起動する。
「これはリチウム消滅術式。……で、どうだった?」
「どうだったっていうか……粉? だった」
「うん。でもあれは粉を作る術式じゃなくて、普通に固体の、もっと大きなリチウムを作る術式だったんだよね」
そうなのか? それにしてはあまりに粉だった気がするが。
「リチウムの分子構造は体心立方格子。それ自体はとても単純な構造と言えるけど、それをマクロスケールで生成するとなると、かなり難度は上がる」
「……ああ、原子一個一個は単純な構造でも、それが大規模に連続して続いてると難しい、ってことか。固体の分子構造ってかなり綺麗に並んでるイメージあるし、原子を作れても、それを格子状に綺麗に並べていく難易度が高いと」
「そういうこと。粉状に生成されたのも、あの粉一粒一粒のスケールでは体心立方格子構造で生成できてるけど、それより大きいスケールでは構造が実現できずに結合が切れた状態になったのが原因」
「逆に言えば、粉一粒くらいのスケールなら生成できるんだ」
「うん。だから粉じゃなくても、水とかの液体は固体ほど分子構造が連続してないから、まあまあの精度で並べられてれば生成できる。連続してなくても複雑なのは難しいけどね」
なるほど。納得できた。
「じゃあ、これはちょっと広がった話なるけど、あの粉をまとめて大きくすることはできないの? 溶かしたりしてさ。粉サイズで分子を作って、それを溶かしてまとめて、ってところまでを一つの術式とするのは」
「現実的じゃないかな」
粉をまとめる方法は三つあるけど、とリースは言う。
「一つ目はミキヒトも言った、溶かしてまとめる方法。ただし、リチウムの融点はだいたい450
「あー、溶かすの自体が難しいのか」
「二つ目は、物質の分子構造変化の術式を使う方法。結合エネルギーを切断して再結合するっていう効果の術式なんだけど、これを使えば粉の粒を分子スケールで再結合して一つにまとめることができる。でもこの結合エネルギーを切断するっていうのは、一つ目に言った融点まで温度を上げること……つまり結合エネルギーが弱くなる点まで温度を上げるのと実質的に同じなんだよね。だからこっちも、それ相応の魔術能力が必要となる」
そうか、使う術式が違うものでも、やってることが同じなら使われるエネルギーも同じ。だから必要な魔術能力も同じくらいになるってわけか。
「三つ目は、物質の形状変化術式を使う方法。これは一般に流通してる術式なんだけど、その内容は単純で、物体の一部に直接、運動エネルギーを加えて変化させるっていう術式なんだよね。念動力で曲げてるような感じ」
「そんな力技なのあるんだ。手でやるのと変わらなくない? あ、手でやるより出力はあるのか」
「念動力なんかの運動エネルギー系の魔術って、一般人の魔術能力では成人男性の腕力よりちょっと強いくらいの出力しか出ない。それでも自分の身体と一緒に使えば腕力の二倍で荷物が持てるし、手の届かないような箇所に力を加えることもできる。たとえば形状変化術式は、スコップを使うより簡単に地面を掘ることができたり、術式を起動し続けて液体を扱ったりもできる」
「水を掬い上げたりってこと?」
「術式を起動し続けていれば、そのあいだは対象物にエネルギーを与え続けることができるからね。念動力でも同じことはできるけど、たぶん形状変化術式のほうが簡単だと思う、感覚的に。実際、鍛治職人が複雑な細工をする際、溶かした鉄を形状変化術式で触れずに操って、冷めて固まるまでその形を維持、っていう手法が取られるらしい」
「……溶かした鉄に対して形状変化するのか。固体の鉄じゃなくて」
「そう。溶かした鉄なら結合エネルギーは弱まってるから、形状変化は容易。固体の鉄はまず無理。さっき出したリチウムは、実はナイフで切れるくらい柔らかい金属なんだけど、それでも力技で扱えるほどの硬度じゃない。だから形状変化術式も現実的な方法じゃない」
「結局、方法はあっても魔術能力が足りなくてできないんだよね。でもまぁ、金が作れるミキヒトなら、金属の形状変化くらい簡単にできるはず」
「この金塊で金細工とか……あ、もしかして、金貨つくれる……?」
「これで資金面の心配はなくなった」
「いや、でもそれ通貨偽造……」
「本物の金貨より金の含有量を増やせるから、むしろ本物より価値があると言っても過言ではない」
「だからセーフ、とはならないよね……?」
「まぁ、それはいざってときの最終手段。本命はこっち」
次に、リースはさっき地下を出て持ってきた木箱から、小さな陶器瓶を机に置いた。
左手の手皿に中身を転がすと、濃い緑色をした丸薬が出てきた。
「それがリースが作ってるっていう薬?」
「うん、これは胃腸薬」
リースは木箱から小皿と墨を取り出し、小皿になにやら術式を書き込んだ。
その上に丸薬を一つ載せて、俺に術式の起動を促してくる。
小皿の術式に意識を浸透させると、今度は丸薬が、二つに分裂した。
「複製の術式か!」
旧王城にいたころ、ティーが食事を増やしたときに使ったやつだ。ティーのは魔術ではなく魔法だが、魔術でも同じことができると言っていたのを覚えてる。まさか、こんなにすぐお目にかかることになるとは。
リースは増えた分の丸薬をつまみ上げ、口に放り込む。
「見た目と味は大丈夫。効果はおいおい試すとして……これが成功すれば、私は製薬の時間を魔術の研究に充てられるようになる」
「あっ、そういう。……それならさっきの金を売ったほうがよくない? 値段的に」
「それはそうだけど、薬がないと村の人たちも困ることになる。この村の薬は、ほとんど私が作ってるものだし」
お金のためでなく、村人のためか。それなら仕方ない。
「じゃあ、ひとまず私の作った薬、全部、複製してもらおうかな」
……ん?
「全部?」
「全部。全種類って意味ね」
「……ちなみに、いかほど」
「100くらいある」
「それかなりの量ですよ……?」
「魔術装置としての技量を試すためだから」
「製薬の時間減らすためって自分で言ってたろ……」
すこしずつ、リースの化けの皮が剥がれてきたな……。
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