#009_リリン村
【前書き】ーーーーーーーーーー
昨日は仕事のトラブルにより投稿できなかったため、本日は2話投稿予定。
こちらは1話目です。2話目は調整し次第、投稿します。
よろしくお願いします。
【本文】ーーーーーーーーーーー
「本っ当に助かった! あんたらは命の恩人だ」
そう言って頭を下げたのは、ティーが助けた三人組の一人だ。
年は壮年くらいだろうか。金属を革で繋いだ鎧を着て、腰には剣を吊っている。ラノベなんかに出てくる冒険者といった出立ちだ。実際、この世界には冒険者という職業があると、城にいたときに聞いたことがある。
「あんたたちがいなかったら、ダグラスはともかく俺もアーセルも……下手すりゃ村の連中さえ危なかった」
ダグラスとは、腕が千切れかけていた大男の名前だ。ようやく意識を取り戻し、念のために村の診療所で横になっている。アーセルは三人組のもう一人で、いまはダグラスさんの付き添いだ。
俺たちと話をしてるこの人は、あの三人組パーティのリーダーであるレイモンドさん。
この村でも顔役的な人らしく、彼が一緒にいてくれたおかげで、俺たちはすんなり村に入ることができた。
俺たちが目指していたここはリリン村と言うそうだ。
住民のほとんどは老人、未成年の子供とその母親、あとは帰郷した中年壮年。若者は出稼ぎや冒険者業などで村を出てしまっているらしい。土地に関しては、村中央の集会所やら商店やら食堂やらを除けばほぼ畑という、どこにでもある普通の村である。
そんなよくある村に侵入した俺たちは、レイモンドさんに連れられて、集会所の裏手、広い空き地に来ていた。
「ええ、どういたしまして」
礼を言って深々と頭を下げるレイモンドさんに対し、ティーは不遜も謙遜もなくそう返した。
いや、魔法で出したテーブルセットに座り、紅茶を飲みながら優雅に「ええ、どういたしまして」は不遜な態度に見えなくはないんだが……しかし、ティーの芸術的な美しさがその不遜さを打ち消していた。
白髪赤眼の彼女が紅茶を服しているだけで、それはもう一個の芸術品なのだ。
その証拠にほら、彼女を一目見ようと野次馬がたくさん……、
「お前ら、散れッ! ……悪いな、騒がしくしちまって」
レイモンドさんが野次馬に解散するようジェスチャーするが、だれひとりその場を動こうとしない。
「かまわないわ。それより、なにか話があるのでしょう?」
テーブルを挟んでティーの正面にある椅子が、ひとりでに動いた。まるで執事が椅子を引いて、客人に着席を促しているようだ。
その様子に野次馬がどよめいた。
レイモンドさんもすこし動揺しているようだったが、意を決したように着席する。
「話っつうか、訊きてえこととか頼みてえこととかいろいろあんだが……まずは、これだ」
一呼吸おいて、レイモンドさんが尋ねる。
「あんたら、貴族落ちか?」
知らない言葉が出てきた。
「貴族落ちとはなにかしら?」
「あ、いや、侮辱してるわけじゃあねえんだ。一般的な呼称だよ、貴族社会にいられなくなったワケアリな奴らのさ」
「どうして私たちが貴族落ちだと?」
「どうしてもなにも、魔法が使える人間ってのは貴族と騎士階級、あとはその従者だけだろ? そんでその……あんたたち、貴族にしちゃあ、ちょっと異質だ。ゴロツキ崩れの俺がこんな態度で接しても、嫌な顔ひとつしねえ」
ああ、そういうことか。
魔法が使えない平民からすれば、魔法が使えること自体が貴族である証。だから俺たちが貴族か、その関係者に見えるわけだ。これは彼だけじゃなく、平民のあいだでは共通の認識みたいなものだろう。
だったら俺たちは貴族落ちのフリをしておくのがいいかもしれない。そんな言葉ができるほど一般的な存在であり、かつ、侮辱……ひいては敵対されてるわけでもないのなら、隠れ蓑にはちょうどいい。まさか正直に「精霊と召喚者です」なんて白状するわけにはいかないしな。
ティーが余計なことを言う前に肯定してしまおう。
「だいたいそんな感じですね」
「やっぱりそうか。貴族と従者っぽいもんな、あんたら」
……ん? ティーが貴族で俺が従者ってこと? それ俺が貴族には見えないってことか?
同じことを思ったのか、ティーはくすりと笑みを見せた。
「そうね。訳あって貴族社会から逃げ出してきたのだけれど、詮索しないでくれるとありがたいわ」
「ああ、わかった。深入りはしねえ」
平民の彼らからしても、貴族社会の厄介事はまっぴらなのだろう。あっさりと引き下がってくれた。
「んで、次だ。これは頼み事なんだが……」
レイモンドさんがティーから視線をずらす。その先、空き地の真ん中には、大きな毛玉が転がっていた。
「アレ、どう処理するか決めてるか?」
アレ、とはその毛玉……ティーが倒した四本腕の熊のことだ。
「もし決めてねえんなら、俺たちに処理をまかせてほしい。どうだ?」
「私はかまわないけれど、ミキヒトはどう?」
「俺も大丈夫ですよ。そもそも倒したのはティーだし」
「そうか、じゃあ承った。……おい! お前ら、氷漬けにして運搬準備!」
レイモンドさんが指示を出すと、野次馬に紛れていたガタイのいい男たちが動き出し、毛玉を凍らせる作業を始めた。
「……氷漬け? 解体とかじゃなくてですか?」
思ったことをそのまま口に出すと、レイモンドさんが答えてくれる。
「魔物の解体には危険が多い。内臓が毒だったり、血が酸だったりな。普通は冒険者ギルドの解体場に持ってく必要があるんだが、この村にゃあギルドがねえ」
「え、ないんですか?」
リリン村に入ってから、防具に剣っていう冒険者風の人、それなりに見た気がするんだが。いま氷漬け作業をしてくれてる人たちもそんな感じだ。
「いや、あるにはあるが、ただのギルド出張所なんだよ。ゴブリン退治とか薬草採取なんかの簡単な常時依頼しか扱ってねえんだ。魔物ってのは滅多に出ないし、動物の解体くらいなら自分たちで間に合うから、解体場なんて必要ねえってわけだな」
「なるほど。……でも、氷漬けにするのはどうしてなんです?」
「その解体場ってのが街にしかねえから、そこに運ぶまでに腐らねえように処理する必要がある。一番手軽なのが氷漬けってだけだ。ほかに防腐処理ができんなら氷漬けじゃなくたっていい。……話が逸れたな。戻そう」
レイモンドさんは仕切り直す。
「俺がアレの処理をまかせてほしいっつったのには訳がある。それは、魔物が出たってのをギルドに報告するためだ。俺たち冒険者にゃあ、魔物と遭遇した際、それをギルドに報告しなきゃならねえって義務が課せられてんだ」
「義務……絶対ってことですか」
「ああ、絶対だ。魔物はとんでもねえ力を持った個体が多い。危険は共有しないといけねえ。もし討伐できた場合でも、報告義務は発生する。魔物ってのは複数同時出現が珍しくないからな」
「群れで生きてるってことですか?」
「群れっつうか……魔物ってなぁ、生物の理を外れた存在なんだよ。正式には、突然変異個体、だったか。その種から逸脱した進化をした個体を魔物って呼ぶらしい。生殖で増えるわけじゃなし、どういう原理で発生してんのかは謎だが、複数同時に現れる事例がいくつもあんだ」
突然変異個体。種から逸脱した進化、か。
あれ? そうなると、ゴブリンとかって魔物じゃないのか?
ゴブリンはあくまで『ゴブリン種』って種族だ。その種から逸脱していない限り魔物ではないというのなら、ゴブリン自体は魔物ではないのか?
そういった旨の質問をすると、レイモンドさんは丁寧に答えてくれる。
「ゴブリンはいわゆる類人種って呼ばれる種類だな。動物よりヒトに近い肉体と知能を持つだろ。群れを作って家を作って、火も使うし簡単な調理もする。だから類人の種。オークとかコボルトとかもそうだな。……また話が逸れたな」
「あっ、すみません」
「かまわねえさ。とにかく、魔物はやばいからギルドに報告しなきゃなんねえ。で、報告すれば、腕利き冒険者の討伐隊が編成されることになる。情けねえ話だが、俺たち平々の冒険者にゃあ魔物の相手は務まらねえ。討伐隊が来てくれんなら、それが一番安心できんだ」
たしかに、それが一番確実な方法だろうな。
「俺がアレの処理をまかせてくれっつったのは、その討伐隊が目当てだ。あんたらが『秘密裏に処理する』なんて言ったら、俺はあんたらへの恩義と冒険者の義務で板挟みになってたからな。……んで、ここまで説明して、やっと次の質問ができる。……あの魔物、討伐者の名義はだれにする?」
「名義? そんなの必要なんですか?」
「魔物の討伐には特別報酬が出るからな。それの受取人ってことで、名義が必要になる」
めんどくさい手続きの話か。ファンタジー世界のリアルな事情だな。ここが現実ってことを思い知らされる……。
「名義には名前と、それを示す身分証が必要になるんだが……」
レイモンドさんは言葉を濁して、
「……あんたら、貴族社会から逃げてきたって言ってたろ。身分証なんて持ってるか?」
そもそも貴族じゃないしこの世界の住人でもないのだから、身分もクソもない。ティーだって精霊だし人間の身分なんて関係ない。
「えっと、身分証ってたとえば……?」
「平民の身分証っつったらギルドカードが一般的だ、冒険者ギルドに限らずな。勤め先がでかいところなら在職証明書とかでもいいんだが、あんたらにゃ関係ねえだろ」
「その、これを機に冒険者ギルドに登録して……とかはありですか?」
「ありっちゃありだが、討伐報告と登録を同時にすると広まると思うぞ、噂。『貴族落ちの新人冒険者が魔物を討伐した』ってな。あんたらいちおう逃亡者だろ」
「あっ、それ考えてなかった」
『幹人』とか『柳』なんて珍しい名前、聞く人が聞けば日本人だってばれる。それかいっそ偽名で登録するか?
いやでもどっちみち噂は広まるか? 黒髪黒目っていうのはこの世界じゃ珍しい色だ。噂が王宮にまで届いてしまったら、もしかして逃げた異世界人とかばれてしまう可能性もゼロじゃない。
「……この際、レイモンドさん名義とかでもいいと思うんですが、どう、ティー?」
「私はいいわよ」
「すまんが俺が願い下げだ」とレイモンドさん。「さすがに身に余る過大評価だ。そういう詐称はすぐばれるし、俺が信用を失う」
「じゃあ却下ですね。でも、どうすれば……」
うんうん悩んでいる俺に、レイモンドさんが提案してくれる。
「討伐じゃなく自然死してたって報告する手もあるぞ。そしたら名義はいらない」
「自然死? 『偶然、道端に魔物が死んでました』ってことですか? そんなことあります?」
「あるぞ。魔物ってのは短命なのが多いみたいだからな。ただ、自然死で報告すると特別報酬は出ない」
詳しく訊くと、出ないのは特別報酬だけで、素材の買取報酬は普通に出るのだそうだ。これならレイモンドさんの過大評価にもならないだろうし、報酬の受取を含めてすべておまかせできそうだ。
「じゃあ自然死ってことで報告するぞ。それで、次は……あー、これはあんたらの事情に深入りするわけじゃあなくてだな」
そう前置きしたうえで、レイモンドさんは恐る恐る尋ねる。
「貴族社会から逃げてきたって言ってたが、この村に滞在すんのか? それともどっかに行く道中か?」
「それは……」
俺も知りたい。
滞在か道中かどころか、ここに来た理由も俺は知らない。
ただティーが瞬間移動した先がここだった、というだけだ。「気になる場所を見つけた」みたいなことは言ってた気がするが。
「滞在ね、可能であれば。そちらの都合が悪ければやめるけれど」
「いやいや、むしろ歓迎するぜ。治癒の魔法が使える奴が村にいるってのは、心強いからな。有事の際は手を貸してくれ。……あ、だが、今日はどうする? この村にゃあ宿はねえぞ」
「勝手にするわ。村の奥、空いている土地はあるかしら?」
「雑草が伸び放題なところはだいたい空いてる。……まさか、家でも建てるつもりか?」
「必要であればね」
魔法ってそんなこともアリなのかよ、みたいな顔をするレイモンドさん。
「……建てるときは、声かけてくれよな?」
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