2章 氷王青葉杯

第1話 初コラボ!

 新人杯を優勝したレヴリッツはインタビューに適当に答え、控室に戻った。

 無人の控室の中で、彼は額から滴り落ちる汗を拭う。


 闘技場の熱気とは打って変わっての静寂。

 無機質なエアコンの音だけが響き渡る。


「……吐きそうだ」


 孤独になった瞬間こそ、真実の己が出る。


 普段から威勢のよい人間を演じることに努めるレヴリッツだが、今は闘いの後の疲労もあってパフォーマーとしての姿を演じる余裕はなかった。

 彼は対人関係が著しく苦手であり、また大勢の人間の前に立つことも得意ではない。だが立たねばならぬ、それがバトルパフォーマーなのだから。


「…………」


 ソファに身体を沈めながら、彼はふとカガリと名乗った少女について考える。

 彼女は間違いなく『裏』の人間だ。

 戦闘の技能は卓越したものがあり、見事な業前であった。彼女と闘ったパフォーマーたちが哀れなほどに。


 しかし、レヴリッツには及ばない。カガリは凄腕の『掃除屋』であるが、レヴリッツの表層を貫くことすらできなかった。

 どのような場所にも裏社会の人間は潜んでいる。忌むべき事実を痛感すると共に、彼はより深く心労に沈んでしまうのであった。


 ふと、控室のドアがノックされる。


 彼は顔の表情を即座に外向きへ引き戻し、精神を乱さないように呼吸する。

 笑顔で姿勢を正した。


「はい、どうぞ!」


「やあやあ、邪魔するよレヴリッツ君」


 入って来たのは、バトルパフォーマー協会CEOのエジェティル・クラーラクト。

 彼はずっと今回の大会で行われる試合を観戦していた。

 もっとも、彼が開催を提案した大会なので当然だろう。


「エジェティル様。僕のパフォーマンス、楽しんでいただけましたか?」


「ああ、興味深い演出だった。特に着物の布が火鼠の皮だと知った時は驚いたよ。

 ただ……決勝はあれでよかったのかな?」


「どういう意味ですか?」


「あのカガリという少女に殺気の抑え方を教えてしまったが……いつの日か、それが君の不意を突く要因になるかもしれないよ」


 レヴリッツはエジェティルの言葉に得心がいく。

 彼はそれなりに多くの人間から忌み嫌われている存在。今は偽名を使って他国へ逃げているが、万が一彼がレヴハルトだと判明すれば、刺客が殺しに来るだろう。

 そんな時、レヴリッツの近くにいる殺し屋のカガリに白羽の矢が立つかもしれない……ということか。


「いえ、大丈夫ですよ。死んで死ぬくらいなら、僕はとっくに死んでいますから」


「はは……さすがは彼の息子だ。相変らず得体が知れないね、君の血族は」


 おそらくエジェティルは、シルバミネの血筋がどのようなものか完全に把握しきってはいない。

 表向きは竜殺しの家系なのだが、裏の真実は探りきれていないのだろう。


「それで、わざわざ控室まで来るなんて。どうしたんですか?」


「いや、大したことじゃないさ。素直に称賛を送ろうと思ったんだ。私はこれで失礼するが……他に客人が来るようだね」


 部屋を出る直前、エジェティルは何かに気がついたかのように顔を上げた。

 彼は何も言うことなく、迫る気配とは逆方向へ歩いていく。

 レヴリッツも気がついている。この気配は恐らく……


「レヴ、いますかー!」


「ヨミ……うるさいな。見ればわかるだろう」


 勢いよく飛び込んで来たのは黒髪の少女。

 彼女は真紅の双眸でレヴリッツを捉えると、部屋をぐるりと見渡した。


「……あれ? さっき誰か他の人いなかった?」


「仮に他の誰かがいたとしても、君が考えることじゃない。難しいことは考えないべきだ」


「うんうん、そうだね。……それはそうと、優勝おめでとう!」


「どうも。参加もしていない傍観者から受け取る賛辞は心地いいね」


 もしもヨミが出場していたら、レヴリッツが決勝で戦うのは彼女であったかもしれない。

 断言はできないものの、ヨミと余程相性が悪い相手がいなければ、彼女は負けないだろう。純粋な武術の才はない彼女だが、不利を覆すほどの特殊能力を持っているからだ。


「ふああ……なんか、大会観てるだけで疲れて眠くなっちゃった」


「なんだ、僕の勝負がつまらなかったと?」


「逆だよ……集中して見すぎて、疲れたの。やっぱり目で見るのは疲れるなあ……」


 ヨミは遠慮なくレヴリッツを押し退け、ソファに倒れ込んだ。

 それから静かに瞳を閉じて、うつ伏せになった。本当に自由な奴だ……とレヴリッツは呆れる。ヨミは彼にとって妹のような存在で、子どもの頃から長い付き合いだ。


 だから、このまま放置すれば寝てしまうこともわかっていた。


「どこでも寝れる君の性質は尊敬するね。ただ、ここで寝ても僕は放置して行くから。昔みたいに担いでくれると思うなよ」


「ふぁい……」


 バトルパフォーマーとなって早々、駆け出しは順調だ。

 レヴリッツは安堵しつつも焦燥を抱えている。早く昇格してマスター級を目指さなくては。


 ヨミに合わせてのんびりとした歩調で歩きながらも、彼の内心は焦っていた。


 ー----


『【レヴリッツ・シルヴァ/なんかやる】初コラボ!!

  【バトルパフォーマー/87期生】』


「今日はコラボ配信をしようと思いまああああああす!!!!」


〔うるせえ!!〕

〔知ってる〕

〔ダレカナー〕

〔概要欄にコラボ相手書いてて草〕


 新人杯から数日後、レヴリッツは初のコラボ配信をすることになる。

 初手のコラボは重要だ。相手が大物すぎても委縮してしまうし、歴が違いすぎても会話が噛み合わない。

 そこで彼が選んだ相手とは……


「どうも、リオートです。よろしく」


 隣人のリオート。

 とりあえず部屋が隣になった同期だし、新人杯でも初戦で闘ったし、ちょうどいい相手だ。


 レヴリッツの隣に水色の髪の少年が姿を現す。

 彼はビジネス用の笑顔をカメラに向けて手を振った。


〔リオートくん!〕

〔かっけえ…〕

〔きたああああああ〕


「……なんかみんなさ、リオートだけにいい反応しすぎじゃない?」


 レヴリッツは視聴者からの反応の違いに不満を覚える。

 普段の振る舞いを考えれば当然のことなのだが。


「で、今日は何するんだ? いきなり「コラボしようぜ」とか言われて部屋に連れて来られたわけだが……」


「ゲームしようかと思ったんだけど、協力プレイできそうなのが見つからなかった。だから雑談だ!」


 コラボ雑談はオーソドックスな選択肢だ。

 ただし、面白さはトーク力に依存する。ゼロに何を掛けてもゼロ。片方のトーク力が虚無だと、配信そのものが虚無と化す。


「しかし、初のコラボ相手がエビとは……俺も悪運が強いな」


「そのエビ呼びさあ、正直失礼だと思わない?

 実際、僕は新人杯優勝して実力見せたわけじゃん?」


「でもFランでVIPなのは事実だろ」


「」


〔一瞬で論破されてて草〕

〔そうだよ〕

〔うるせえぞエビ〕


 別にエビ呼びに怒っているわけではないが、実力があるという点だけはアピールしておきたい。

 とりあえず実力的な注目は新人杯で集めることができたので、次は配信だ。


「……と、とりあえず僕とリオートの試合を振り返ろうか」


「そうだな。まさかお前があそこまで強いとは……正直、想定外だったよ。俺もそれなりに腕には自信があったんだけどな」


「君も僕と当たってなければ、数回は勝ち進めてただろうな。

 ま、僕に勝てない君が悪いんだけどwww」


「お前……ウザさだけは一丁前だな。いや、むしろ俺の煽りスキルが低すぎるのか?」


 良くも悪くも、リオートはまともな人間だ。

 バトルパフォーマーは精神的に常軌を逸した人間の方が成功しやすい。レヴリッツのようにはたから見ていて不安になる人間こそ、視聴者が求める人物像と言ってもいいかもしれない。


「リオートはさ、なんか突出した個性がないよな。いっそこの配信でキャラ付けする?」


「キャラ付けね……視聴者の意見でも聞いてみるか」


〔中二〕

〔サイコパス(ナイフ舐めながら)〕

〔思いつかねえw〕

〔二重人格〕


 次々と流れるコメントを読みながらも、リオートは首を傾げる。

 ベタというか、ありきたりな特徴ばかりが列挙されていく。悩むリオートをよそに、レヴリッツは飄々ひょうひょうとして言い放った。


「まあでも……結局キャラ作りなんて、そのうち崩壊してくからね。素の状態じゃないとボロが出る。

 元々、配信者としての人格が面白くなければ駄目って話。僕はパフォーマンス力の適正がFだから、あんまり面白い企画できないかもだけど……創意工夫で覆すのがスタイルだ。そういえば、リオートの適正ってどんな感じ?」


「武術D、魔術C+、知力B、パフォーマンス力D、総合C。

 ……意外と低いだろ?」


 リオートの適正を聞いたレヴリッツは目を丸くした。

 総合適正Cランクは、決して高い数値ではない。もちろんレヴリッツと比べたら月とすぽーんだが。


 適正Cランクでも、彼が新人杯で魅せた闘いは大したものだった。

 やはり才能を表す適正と、努力によって至る実力は大きく乖離している。


〔ひっく〕

〔Fランよりマシ〕

〔Cだとプロ昇格が限界かもなあ…〕


 だが、世間の目は厳しい。

 レヴリッツがFランと蔑まれたように、バトルパフォーマンス界隈において才能とはそれだけ偉大なものなのだ。視聴者もまた、適正が低い者を見限るような傾向にあった。


「じゃあ、そこまで適正が高くない男同士……わからせてやろうぜ」


 レヴリッツの言葉にリオートは首を傾げる。


「わからせるって、何をだよ?」


「復讐、ざまあ、追放もの? まあ何ていうのか知らんけど、僕らを見下してる連中を圧倒的なパフォーマンスでわからせてやるのさ。

 だって……僕らは強いだろ?」


 当然のように周囲のパフォーマー達に宣戦布告するレヴリッツ。

 リオートは若干の畏怖を感じた。自信過剰なレヴリッツに対しての恐怖ではなく、これから闘うことになるであろう数多の天才たちに対しての畏怖だ。


「ん? 逃げるんすかリオートさん?w」


「……馬鹿。怖いわけねえだろ。いいぜ、乗ってやる。

 バトルでも配信でも、全部を押し退けて俺がてっぺん取ってやるよ」


「いいねえ。じゃあ、約束だ。まずは一緒にマスター級になるぞ!!」


「いきなり目標が高すぎだろ……まあ、いいぜ」


〔めっちゃ喧嘩腰やんww〕

〔先輩から目つけられるぞ〕

〔お前らの全パフォーマーに喧嘩売ってくスタイル好き〕

〔てえてえ〕

〔大丈夫かなあ……笑〕


 意気揚々と覚悟を決めたところで、二人はまた他愛のない雑談に戻っていく。

 バトルパフォーマーとしての道は過酷だ。


 だが、レヴリッツには彼なりの理由が。

 リオートにも彼なりの理由がある。

 バトルパフォーマーとしての夢を捨てられない理由を抱き、前へ進む。


 ー----


「……駄目だな、こりゃ」


 新人の配信を漁っていた男が一人。

 彼はレヴリッツとリオートのコラボ配信を覗き、ため息をついた。


 舌打ちを鳴らして男は立ち上がる。


「まーた一人、潰さなきゃならねえ」

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