第2話 ドンドンドンドンドンドンドン!!

 "得体が知れない"

 真夜中にバトルターミナルを闊歩かっぽするレヴリッツは、徐々に奇人として噂を流布され始めていた。


「あ、エビだ」

「うわ……決闘デュアル誘われるぜ。逃げよ」


 廊下ですれ違った男女が、露骨に彼を避けて離れていく。

 特にレヴリッツは気に留めることはない。勝負はできればもちろんいいが、逃げる相手を追うような真似はしない。

 それに周囲との関係も考えて、知らない人に決闘を申し込まないように最近は心がけていた。


 彼が目指すのはバトルターミナル、第一拠点ファーストリージョンの隅。

 広大な敷地を歩き、閑散とした地区へ入る。まもなく外の街とターミナルを隔てる外壁が見えてくる頃だ。


「ここがあの女のハウスか」


 視界に入ってきたのは、木造の寮。

 壁は剥げ、柱を叩けばボロボロと木屑が落ちる。まさにボロアパートといった感じだ。


 レヴリッツは画面を見ながら目的の住所を目指していく。

 二階へ上がり、一番右の部屋の前に立つ。たぶん、ここがレヴリッツの目指した場所だ。

 彼は部屋のドアを勢いよく叩く。


 ドンドンドンドンドンドンドン!!

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!


「こんばんはー! ペリ先輩いますかー!」


 ガチャ


「やあ! ペリ先輩! 元気ですか!

 決闘を申し込みに来たレヴリッツです!」


「私は決闘なんかに興味ないんですよ! 二度と来ないでください!」


「今日が都合悪かったらあの、別の機会でも全然構わないんですけども、あ、そうだ!

 もしよかったら……」


 ガチャン!!




 さらに数日後。


 ドンドンドンドンドン!!


「こーんばーんはー! ペリ先輩! こんばんはー!」


「うるせえええええええ!!」


 ドアが開くと同時、凄まじい勢いで魔弾が飛び出してくる。

 レヴリッツは真正面から魔弾を受け止め、外壁まで吹き飛んだ。


 寝ぼけ眼に怒りを湛えたペリは、パジャマ姿でレヴリッツに怒号を飛ばす。


「あのねえレヴリッツくん! 私は決闘なんてしないって言ってますよね!?

 何回言えばわかるんですか!?」


「あいにく僕は物覚えが悪いので。先輩が闘ってくれるまでわからないと思います」


 レヴリッツは、ペリと何が何でも闘いたかった。


 ある日、何気なく他パフォーマーの切り抜きを見ていたレヴリッツ。彼はペリのバトルパフォーマンスの切り抜きを視聴し、大変に戦闘意欲を刺激されてしまったのだ。


 曰く、《猛花の奇術師》。

 ペリの二つ名だ。魔術と言うよりは手品のように相手を翻弄し、華麗に勝利を収める彼女に《猛火の奇術師》の二つ名が授けられた。

 映像越しでは種も仕掛けもわからず、ペリの奇術がどのように展開されているのか……レヴリッツは実戦で知りたい。


「こけっ……これ以上家に来るならストーカー被害で訴えますよ!」


「僕だって毎日ここまで来るの大変なんです! 先輩が一回でもヤらせてくれたら引き下がりますから!」


「ちょ、誤解生みそうな発言大声でするのやめてください。いやまじで、誰かに聞かれたら炎上するんで。バラマキされそうで怖いっす」


 仮にもペリは人気パフォーマー。

 男性のファンもかなり多く、こんな会話を聞かれたら大炎上する。炎上の余波でボロアパートも焼け落ちる。


「……というか、なんでペリ先輩はこんなボロ家屋に住んでるんです?

 僕が特別寮に住めるVIPカードあげましたよね。それにVIPカードなんてなくても、人気パフォーマーなのでいい寮に住めそうですけど」


「えっ、それは……VIPカードは使いにくいんですよ。「そのカード、誰から貰ったんだ」って問い詰められそうじゃないですか。返した方がいいでしょうか?」


「あ、返さなくていいので勝負しましょう」


「チッ」


 ダメだ。これはどう足掻いても諦めてくれそうにない。

 何か打開策はないか……ペリは逡巡する。この戦闘狂レヴリッツから逃れるには……


「あっそうだ。ちょっと待っててください」


 ペリは慌てて家の中へ戻っていく。

 なんとか策を見出した。これならばレヴリッツも食いつくだろう。


 彼女は戻って来て、一枚の広告をレヴリッツの顔面に叩きつけた。

 彼は広告の内容をざっと読み始める。


「なになに……アマチュア限定の戦略戦ストラテジー大会……? なんだそれは」


「バトルパフォーマーの競技は、決闘デュアルだけではありません。

 4対4でチーム戦を行う戦略戦ストラテジー、100人で競い合う玉座争奪バトルロイヤルなど……多くの種目があります。近々、戦略戦の公式大会──『青葉杯』が開催されるので参加してみてはいかが?」


「ええ、もちろん参加します。公式大会は可能な限り出たいですし。

 ハッ……そういうことか!」


「そういうことペリ。私との決闘なんて忘れて、ぜひ大会で戦闘意欲を発散してきて……」


「よし、行きましょう」


「!?」


 レヴリッツは急にペリの腕を掴み、走り出そうと足に力を籠める。

 ぐぐぐ……と踵で地面にへばりついたペリは、またしても奇行に困惑した。


「なんのつもりですか!?」


「エントリー、もう始まってますよ。あと二人メンバーを揃えないとですね。今からでもチーム戦の調整を行いたいところ。善は急げです」


「いやあの……同じチームに入るなんて一言も、」


「行きましょう!」


「ちょちょちょ、着替えくらいさせろー!」


 ー----


 部屋のインターフォンが鳴り、リオートは扉を開ける。

 そこにはレヴリッツと、見知らぬ銀髪の少女が立っていた。


「こんばんは、リオート。ちょっと話があって来た。それとも勝負するか?」


「……少し待て」


 どんだけ勝負したいんだよ……と彼は心中でぼやきつつ、扉を閉める。

 急いで寝間着から着替え、寝ぐせを直し……ふと思い至った。


「あの女の人、ペリシュッシュ・メフリオンじゃね……?」


 アマチュア級パフォーマーの中ではかなりの有名人だ。

 実力、人気ともにプロ級に匹敵するのに、頑なに昇格しないことでも有名。とりわけ配信の規模はプロをも凌ぐ勢いだ。


 なぜレヴリッツのような変人が、配信界の大物と一緒に部屋へ来たのか……?

 頭にクエスチョンマークを大量生産しつつ、リオートは失礼がないように身だしなみを整えた。


「……ど、どうぞ」


 扉を開け放ち、二人を部屋の中へ招き入れる。

 間違いない。この少女はペリシュッシュだ。


「はあ……お邪魔します……」


 そして、やけにテンションが低い。

 気分がよさそうなレヴリッツとは対照的。


 とりあえず二人を席へ座らせ、お茶を出した。


「はじめまして。リオートと申します」


「あ、はじめまして。ペリシュッシュ・メフリオンです。以後お見知りおきを」


 レヴリッツは一枚の紙をスッとリオートへ差し出す。

 世間話もせず、いきなり本題に入るのがレヴリッツの特徴だ。


 紙を読んだリオートは納得する。


「あー……チームのお誘いか? 戦略戦ストラテジーの大会は俺も出ようと思ってたけど……」


「うん。僕とペリ先輩と、リオート。あと一人必要だと思って。誰がいいかな?」


「自然と俺を戦力に計上するなよ……」


 すでにレヴリッツはリオートが参加する体で話している。

 一度も承諾した覚えはないし、相談を受けた覚えもないのだが。


 新人杯優勝者のレヴリッツと同じチームになるのは悪くない。

 配信でもコラボしてるし、視聴者から受け入れられやすいだろう。


「……いや、俺はパスで」


 しかし、首肯はできない。リオートは誘いを拒絶。

 レヴリッツはお茶を喉に詰まらせて噎せ返った。


「げほっ……は、なんで? 逃げるんすか?」


「いや、お前だけならまだしも……」


 ペリシュッシュは大物すぎる。

 新人がチームを組むには釣り合いが取れない。これは想像だが、レヴリッツが無理にペリを勧誘して来たのだろう。それに、彼女は基本的に男性と共演しないスタイルだったはず。

 先輩に迷惑がかかってしまう。炎上の可能性を考慮すると、リオートはペリと一緒に大会へ参加することなどできなかった。


 リオートの意味深な視線を受けて、ペリの表情が強張る。


「あっ……やっぱり私は参加しない方がいいんじゃないですかね。ほら、私って厄介な視聴者も多いですし。あいつらうっせーんですわよ」


 これは後輩に嫌われたな、とペリは内心で自嘲する。

 ペリの視聴者はよく他のパフォーマーに迷惑をかけてしまうので、やはり普通の人からは好かれていないのだろう。そう思い込んでいた。


「えっ、ごめん……もう二人とも参加申請しちゃった」


「は!?」

「ペリッ!?」


 レヴリッツは携帯の画面を見せつける。

 そこにはレヴリッツと同じチームに、ペリシュッシュとリオートの名前が入っていた。あと一人の枠があるが、一度申請した場合は取り消しに面倒な手続きが必要だ。


「お前さ」


「しゅまん」


「はぁ……わーったよ。ペリシュッシュ先輩、よろしくお願いします。本当にこのアホがすみませんね」


「ええ、まあ……私も勝手に参加申請されてたの、今知りましたけど。あんまり目立ちたくないんだけどなあ……」


 レヴリッツ被害者の会が結成されそうな勢いである。

 しかし、こうして事が進んでしまった以上は受け入れるしかない。リオートのチームメイトは二人とも腕だけは確かだ。悪い事ばかりじゃない。


「ええと……じゃあ、残りのメンバーを決めるか。俺たちの構成は、レヴリッツが剣士、俺が精霊術師、ペリシュッシュ先輩は……魔術師?」


「はい。戦略戦ストラテジーは魔術師有利な競技なので、私も役割があるかと。バランスはいい感じですね。あとの一人は後衛がいいかも」


 チーム戦はバランスが重要だ。

 前衛はレヴリッツとリオートに任せられるので、戦闘を援護する後衛がさらに欲しい。

 悩む二人にレヴリッツが提案した。


「ヨミとかどう?」


「ヨミか……あいつが闘ってるとこ、見たことないんだが」


「あの子は強いよ。オールレンジの闘いができて、なおかつパフォーマンス力も高い。後方支援もお手の物だ」


 腕に自信のあるレヴリッツが褒めるのだから、ヨミは相当に強いのだろうか。

 ともかく話を聞いてみる必要がある。リオートはまだヨミを勝手に参加申請させないよう、レヴリッツに釘を刺しながら頷いた。


「まあ、相談してみるか」


「おっけ。ヨミは今……部屋にいないらしい。広場に行こう」


「……ちょっと待ってください。レヴリッツくん、なんでヨミさんの居場所がわかるんですか?」


「ヨミからの希望でGPSを携帯に埋め込まれてるんです。僕が探知される側じゃなくて、する側でね。ヨミの思考ってよくわからないんですよねー」


 やはり変人レヴリッツの友人、ヨミも変人であったか。

 リオートは呆れる。ペリは若干引いている。


 上手く連携が取れるといいのだが……二人は不安に駆られながらレヴリッツの後を追った。

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