第10話 明鏡止水の熱戦場

 決勝戦、バトルフィールドに上がったレヴリッツは赤髪の乙女……カガリと相対する。

 彼女は剣呑な殺意を宿した瞳でレヴリッツを見据え、試合前でも隙なく構えた。


「やっぱりあんたが来たわね。そして……あたしに負ける」


「え、僕が勝つけど。なんで勝てると思ったの?」


「ああ、やっぱうざいわあんた。まあいいや……一瞬で終わらせてあげる。

 さっさと始めましょう……カガリ・メロウ」


「残念ながら、僕相手じゃ一瞬で勝負はつかない。存分に楽しもう。

 レヴリッツ・シルヴァ」


 両者抜刀。淀みない精神を保つレヴリッツと、戦意を滾らせるカガリ。

 彼我ひがの力量差は如何ほどか。決勝戦ということもあり、視聴者はこれまでで一番多い。


 アマチュアパフォーマーからしてみれば決して軽んじれない視聴者の数。

 なんとしても注目を集め、プロ級へ昇格する足がかりとしなければならない。


 レヴリッツはこの局面において重要な振る舞いを理解していたが、カガリはただ勝つことに執心している。

 故に、今回の勝負はレヴリッツの"説得"から始まるだろう。



 ──試合開始



 アラームが鳴ると同時、カガリは疾走した。速い。

 風切り音と共にカガリの姿は揺らぎ、レヴリッツを取り囲むようにして魔力が満ちる。


 二つの出来事が同時に起こった。

 まず、レヴリッツは視覚と聴覚を喪失。おそらくカガリの術だろう。視界と聴覚を奪い、殺気をてて動けなくする。これだけで常人の敗北は必至。


 そして、鋭い一撃が背後から叩き込まれる。頸椎けいついを狙った無比なる一撃。

 手慣れた技だ。人を刈り取る術をカガリは熟知している。


「うそっ……!?」


 しかし、レヴリッツ・シルヴァには通用せず。

 彼は刀の側面でカガリの短刀を受け止め、絹のように華麗に受け流した。


「驚いたようだね、カガリ。僕は聴覚を遮断されているから君の声は聞こえないけど、君が後退って警戒姿勢を取っているのがわかるよ。気て、感覚遮断、正確な致命の一撃。いい腕だ。

  ただし、パフォーマンスでそれはありえない・・・・・。さて……君と会話したいから聴覚遮断は切らせてもらおう」


 レヴリッツは己に付与された聴覚遮断を無効化し、周囲の音を拾う。

 観客のざわめきが鼓膜を叩いた。


「どうして……どうして攻撃を受け止められたの?」


「気配だよ。殺気が駄々洩れだから、場所だって手に取るようにわかる。

 普通の人は君の殺気に冷や汗をかいて動けなくなるんだろうけど……相手は僕だ。君がその殺意を抑えないかぎり、全ての攻撃は無に帰される」


 レヴリッツはカガリの殺意に怯まない。彼の方がより強い殺気を出せるからだ。

 たとえ相手が何者であろうと……いや、ただ一人を除いて彼の剣を迷わせる者はいない。


「そんなの、無理でしょ……相手を倒そうとする以上、殺気は出る。誰だってそうでしょう」


「──僕から殺気は出ているか?」


「それは……」


 カガリは言い淀む。

 このレヴリッツという男、不可解極まりない。誰しもが発する殺気・戦意を戦いの中で発していない。たとえ頂点に属するマスター級のパフォーマーであっても、殺気を完全に抑えることは不可能なはず。


 カガリは殺し屋だ。故あってバトルパフォーマーに就職しているが、それも一時的なもの。彼女は日常と戦闘中を分ける殺気のコントロールには慣れている。

 しかし、完全に殺気をゼロにすることなど……いつ奇襲があるのかわからないのだから不可能だ。まったく周囲からの攻撃を警戒しないなど無理がある。


「なら、あんたが受けきれなくなるまで攻撃し続けるだけ」


 彼女は致し方なしと、再び地を蹴る。相手が疲弊しきるまで攻撃を続けるのも一手。極力体力を消費しないよう、最小限の動きで急所を狙う。

 しかし、未だに視覚を遮断されたはずのレヴリッツは攻撃を全て往なし……鋭く反撃の刃を振るう。


「楽しくないな……白熱しない。

 決勝がこれじゃ、お互い損するだけじゃないか?」


「そんなことっ……! どうだっていい! 勝てばいいの!」


「バトルパフォーマーの仕事は勝つことじゃない。闘いを『魅せる』こと。君は何がしたくてパフォーマーになった? ただ勝ち続けても昇格はできない」


「…………」


 彼女は息切れと共に手を止め、距離を取る。

 バトルパフォーマーになった目的。それはカガリ自身、答えられない。ただ『上』からバトルターミナルに潜入し、指令を待てと言われただけなのだから。


 だから、昇格にもそこまで興味はない。

 しかし闘いに無関心な態度を公の場で示せるわけもなく。


「そうだ……こうしようか。幻雷……《重崩かさねくずし・固定》」


 刹那。レヴリッツの腕から紫電がフィールドに迸る。

 攻撃を警戒したカガリだったが、廻った雷は彼女に襲いかかることはなかった。


 出来たのは無数の像。レヴリッツと同じ形した、半透明の雷の幻影。

 それらは動くことなく、刀をじっと構えている。


「なに、これ……」


「その雷像は殺気のみに反応する幻影。周囲に生じた殺気に無差別に斬りかかる。

 もちろん、術者の僕が殺気を発しても襲われるよ。君が一歩でも動けば、斬撃が飛ぶだろう」


 レヴリッツは依然として瞳を閉じたまま笑った。

 ──詰み。

 カガリの頭にその一語がよぎった。自分は殺気を遮断できない。故に、敗北する。


 ……それは御免だ。

 たとえ昇格に興味がなくとも、敗北を喫することは彼女のプライドが許さない。


「……オーケー。あたしはね、今まで相手を殺すつもりで戦ってきた。

 だから殺意の抑制方法なんてわからないけど、やれるだけやってみるわ」


「なるほど……これは独り言だけど。単純に君の中には『コイツに負けたくない』って感情があるはずだ。僕の中にだってある。で、このバトルパフォーマンスの場において、相手は人じゃないと思い込むんだ。

 小さい頃、緊張した時は人を大根だと思えって教わらなかった? 僕はパフォーマンスの相手を人として見ないように意識している。僕だけが主役で、後はオブジェクトだと」


 正確に言えば、レヴリッツは人を人として見ていない。

 この表舞台でも、裏舞台でも……人を命だと認識してしまえば、刀を振るえなくなるから。相手が人でないと割りきれば、殺気など生まれることはない。

 殺して当然、壊して当然。それが彼の本質であり流儀である。


「ごめん、何言ってるのかわかんない」


 とはいえ、やらなければ敗北だ。

 カガリはレヴリッツに聞いた通りに意識を変えてみる。どこか気持ちが落ち着いた気がする。


 視聴者たちも、今までとは打って変わって静かすぎる戦いに息を呑んでいる。

 静かだが、目を惹かれる闘いだ。殺気云々はよくわからないし、何が二人の間で行われているのかもわからない。

 しかし、勝負の結末はわかりやすい。はたしてレヴリッツの像はカガリが動いた瞬間に斬りかかるのか。像が動くか動かないか、実に明瞭な賭けだ。


「まだ動かない方がいい。殺気が漏れている。実を言うと、僕が作った像はそれなりに殺気を抑えられれば動かないんだけどね。まだ足りないみたいだ」


「もう……上から目線でうざ。教師かよ。

 でもイライラするのは駄目だし……ふう……」


 勝つためには明鏡止水の如き心が必要だ。

 彼女は息を止めて自らに治癒魔力を流し込む。そして再び深呼吸。


 目の前には瞳を閉じたレヴリッツの姿。

 憎たらしい……とカガリは思う。今まで自分が積み重ねてきた技術の研鑽を、こうも容易く打ち破るとは。


 だが、研鑽を否定したこの男がもしも──人ではないとしたら。それはそれで腹が立つが、まだ許容はできる。

 機械か何かだと思ってしまえ。事実、レヴリッツもまた周囲の人間を有機物の塊だと見做みなしていた。


 ──ふと、何かが揺らいだ。

 カガリの視界ではホログラムのように周囲の幻影が霞み、眼前のレヴリッツの姿勢が妙に柔らかく見えた。先程まで斬り合っていた相手とは思えぬほど、彼の気配に安らぎを感じる。

 自分から戦う意思が消え去ったかのように。


「……ああ、そうだ。ようこそ、明鏡止水の熱戦場へ。

 さあカガリ、今……僕は君と剣を交えたい」


 レヴリッツは視覚遮断を解除し、戦闘姿勢を取った。


「これが、殺意の払拭……まるで戦う気は起きないんだけど。でも、さっきより視野が広がって見える。いいわ、やってやろうじゃない」


 かくして二人のパフォーマンスが幕を開ける。

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