第9話 ルール違反じゃないんよな、それ

 氷上、一瞬に舞った斬閃は数えきれない。

 リオートの氷剣が弧を描き、レヴリッツの受け流しが空を舞う。あまりに速い。デビューしたてのバトルパフォーマーの勝負とは思えない、熟達した攻防が続く。


「一片氷心──《乱氷》!」


「僕の攻撃が通らない……」


 氷の斬撃をひねるようにして往なしたレヴリッツは、一歩下がって雷撃を放つ。しかし、リオートが展開した絶縁性の氷盾に阻まれてしまう。

 レヴリッツは自らの斬撃が弾かれることを不思議に思い、抗議する。


「だめだめ、これ反則だよコイツ! ずるだよこれ! 試合中やっちゃいけないんだよこれ! 魔術刻印使ってる! アイテム使ってる!

 リオート正気か!? まじルール違反だよ! ルール違反なんよな、それ」


「なに言ってんだお前。相手を事前に分析して対策アイテムを持ち込むのは、当たり前の行為だろ。養成所で習わなかったか?」


「えっ……うーん。養成所の講義はほとんど寝てたからわかんないや。まあ、ルール違反じゃないなら許すわ」


 魔術刻印。

 リオートは事前にレヴリッツを研究し、雷属性を無効化する刻印を腕に装着していた。相手を事前に分析し、対策アイテムを持ち込むことはルール違反ではない。

 同様に真下に広がる氷針の床にも、雷を防ぐように絶縁性が施されていた。


 レヴリッツはリオートの果敢な攻めに、徐々に淵へと追い詰められていく。このまま攻撃を受け続ければ、彼は足を滑らせて落ち、針の餌食となろう。

 いつ攻防に終止符を打つべきか……レヴリッツは逡巡しゅんじゅんする。


(どのくらいで勝負に出るか……それが問題だ。視聴者目線では、このまま激しい攻防が続いても面白いだろうが……そのうち飽きがくるだろう。

 一度、こちら側が危機に陥ってから打開する……そして逆転だ。うん、これでいこう)


 シナリオは完成した。

 レヴリッツはこのまま攻撃を受け続け、氷針が広がるバトルフィールドの下層へ落下することにした。そして危機的状況を脱してからの逆転……この展開が一番盛り上がる。


 決断を下した直後、リオートの斬撃が眼前へ迫る。


「おおっと……!」


「終わりだ、レヴリッツ!」


「くそっ……!」


 敢えて隙を晒し、身体を大きくひねる。

 リオートが相手の隙を見逃すはずがない。

 彼はありったけの魔力を籠め、巨大な氷槌を生成。レヴリッツの正面から叩き込んだ。劣勢の状態へと放たれた無慈悲なる追撃。


 視聴者の誰もが決着を悟った。

 レヴリッツの身体は大きく彼方へ吹き飛ばされ、針の床へと落下していく。もはや復帰は不可能。


「……」


 リオートもまた決着を察して魔装を解除する。

 じきにセーフティ装置が作動し、試合終了のベルが鳴るはずだ。彼は下層を確認すらせず、その場に毅然として立つ。


「…………」


 ──しかし、一向にベルは鳴らない。


 閑散とした観客席の一角から、どよめきが上がる。

 何かが弾けるような轟音。おそらくレヴリッツが最後の抵抗で雷を放ったのだろう。しかし氷は雷を通さない。


 シュウウ……と、耳障りのよい音が響き渡る。

 違和感を抱いたリオートは、いよいよ下層を見下ろして様子を確認し始める。

 視線の先……下方には異様な光景が広がっていた。



「リオート……君は一つ、分析し損ねた要因がある」


 燃えている。

 地上の氷針が、ことごとくレヴリッツの刀に宿された『炎』に焼き尽くされていた。


 リオートは狼狽する。思考がクラッシュしてしまう。

 本来、人が扱える属性は一つの属性のみ。レヴリッツは雷属性を扱えるが、炎属性は扱えないはず。


「なん、だ……? 何を見落とした? 

  刀は何の変哲もない鉄刀、魔道具だって仕込んでいる素振りはなかった……!」


「衣服だよ。よく観察してみるといい」


 レヴリッツは自らの着流しをひらひらと持ち上げる。

 氷上から目を細めて布地を凝視するリオートは、違和感に気づく。


「ちぐはぐだ……まるで縫い合わせたように……」


 レヴリッツの着物の内側には、ところどころ妙な色の布地が混ざっており、その周囲には縫い付けたような痕跡があった。


「──火鼠の毛皮。

 わずかな種火を拡散し、業火の如く爆発させる布地だ。落下する最中、僕は着物の一部を切り離し……そこに落雷させた。たちまち火種は拡散し、氷を焼き払う。僕は雷属性しか放てないが、火属性だって扱えるんだぜ」


 リオートの思考は空白に呑まれる。己の観察不足だ。


 いや、そもそも相手のレヴリッツは事前の分析なんてしていなかった。これほど丹念に調べ上げた自分が、何も調べていない相手に負ける。

 それは即ち、圧倒的な力の差を示し……


「さて、次は君が空中でもがく番だ。

 ──落ちろ、極寒舞踏スケートリンク


 レヴリッツが凄まじい勢いで斬撃を飛ばす。一振りで、六つ。

 斬撃は上層の氷板を支えていた魔力柱を焼き捨て、崩壊を招く。

 六方から迫る炎と、融解して崩れ落ちる足場。リオートは自分を襲った浮遊感に抗いながら剣を構える。


 レヴリッツは好機を逃さない。雷の如き速さで放った銀閃。

 気がつけば刃光じんこうがリオートの眼前にあった。これがレヴリッツの本気の速度……いや、まだ本気ではないのかもしれない。


「フィニッシュだ」


 ──《疾風迅雷》


 目にも止まらぬ速度で振り抜かれた軌跡がリオートを裂く。

 明滅する視界の中で、リオートは為す術もなく重力に従って落ち……




 ──試合終了


 セーフティ装置が作動し、アラームが鳴る。

 倒れ伏すリオートの目に映ったのは、納刀して決めポーズを取るレヴリッツの姿だった。


 彼は歓声を浴びた後、リオートへ手を伸ばす。

 まるで陽光を受けたことがないように白い手だ。リオートは手を取るかどうか悩んだが、レヴリッツは勝つべくして勝ったのだ。そこに異論はない。


 故に、手を取って立ち上がる。


「楽しかったよ。また闘おう」


「……次は俺が勝つ」


「いいや、次も僕が勝つ」


 彼らは短く言葉を交わし、手打ちしてバトルフィールドを去った。


 ー----


「レヴ、おめでとー! 決勝進出だね!」


 レヴリッツの快進撃は止まらず、その後も二勝を重ねて決勝進出となった。

 勝負を終えるや否や、ヨミがレヴリッツの下へ駆け寄ってくる。


 彼女はペットボトルをレヴリッツに渡し、自分のことのように嬉しそうに飛び跳ねた。


「まあ僕なら優勝余裕だし。安心して決勝も観ておけよ」


 彼の身体には、未だ闘いの余熱が残っている。ここまでの闘いは全て良好なパフォーマンスができた。

 ただし、彼が思い描くような至高のパフォーマンスにはまだまだ届かない。


 誰よりも視聴者を沸かせ、誰よりも栄光ある闘いの道を歩む。

 それこそ、彼女のように──


「よおレヴリッツ。お疲れさん」


「ああ、初戦で僕に負けたリオート君じゃん」


「うるせえな、性格わりいぞ。せっかくお前を激励しようと思ったのに」


「冗談だよ。敗北は勝利への最大の近道だからね。次は君に負けるんじゃないかと僕も恐れている。激励は素直に受け取っておくよ。

 ……で、次は決勝か」


 相手は誰だろうか……とレヴリッツは思いながらも、薄々気がついていた。

 しかし相手の正体を調べようとはしない。初見の相手は楽しみに取っておくのだ。


 ただし……次の試合は楽しめるかどうかわからない。


「レヴは相手の情報を知りたがらないけど……ひとつだけ言っておくね。次の相手は相手を瞬殺し続けてる人だよ」


 ヨミの言葉を聞き、レヴリッツの疑念が確信に変わる。

 先日話しかけてきたカガリとかいう少女だろう。


「ふーん……逆に僕が瞬殺してやろうかな。いや、それは駄目だ。そんなんじゃ視聴者を満足はさせられないだろう」


「うん。次の相手の人……技術評価が高くても、PPの稼ぎは全然だめみたい。だって、観ててもすぐに終わるから楽しくないもん」


「安心しろよ。決勝では僕が意地でも長引かせてやるから」


 彼はそう告げて笑い、次の試合のバイタル調整に移った。


 *****




【バトルパフォーマー】BP新人スレ Part58【新人杯】


 211:名無しさん ID:3Tz5qorBo    

 お前らエビにごめんなさいは?


 212:名無しさん ID:wmZ3T6XaW

 >>211

 Fランのくせに勝ってんじゃねえよ😡


 213:名無しさん ID:E5agvpY79

 決勝レヴリッツ対カガリか

 なんかわからん試合だな


 215:名無しさん ID:E5agvpY79

 カガリはバトル一瞬で終わらせるし配信もやる気ないから嫌い😤

 エビに勝って欲しい🤗


 216:名無しさん ID:Zprio9aJT

 (三・¥・三)「お前ネットで僕の悪口言ったよな?」


 218:名無しさん ID:ATz9vxTX2

 カガリpp2000しか投げられてなくて草

 視聴者も投げるタイミング無さ過ぎて困ってるやん


 219:名無しさん ID:kTee3Nirp

 >>218

 この稼ぎじゃ生活していけないよー🤣


 221:名無しさん ID:KyuT4jWeL

 お前ら「レヴリッツはFラン! VIPの価値なし! 初戦敗退!」


 あの




 決勝進出です・・・


 222:名無しさん ID:xcf4fKFd3

 エビもカガリたそに瞬殺されそう

 あれって初手で視覚奪ってるのか?


 225:名無しさん ID:jQh63Spvf

 >>222

 俺の見立てによると視覚だけじゃなくて聴覚も奪ってるな😎

 BPでやっていい戦法じゃないんだ🤗


 カガリ、お前船下りろ


 226:名無しさん ID:9xjXMY2tH

 煽り合いも剣戟もやらずに

 参加するのが公式大会ってありえんわ


 228:名無しさん ID:DK4xEfwsR

 視覚聴覚奪われても戦えるとか天井とアレくらいだろ

(* 天井……グローリー級『天上麗華』ソラフィアート・クラーラクト

  *アレ(例のアレ)……マスター級『闘技皇帝』レイノルド・アレーヌ)

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