1章 新人杯

第1話 目と目が合ったら

「……いよいよだ」


 少年は天を仰いで呟いた。

 艶のある黒髪が風に揺れ、深い青の瞳が青空を見据える。纏う衣服は、黒みがかった藍色の着物。腰には刀を下げている。


 彼の名はレヴリッツ・シルヴァ。

 本当の名をレヴハルト・シルバミネ。今はこうして名前も姿も偽って、遠い国で暮らしていた。一年前に生存率0%の地へ追放された彼だが、ひっそりと生き延びていたのだ。


「レヴリッツ、卒業おめでとう!」


 とある男性がレヴリッツに話しかけてくる。

 彼は『バトルパフォーマー養成学校』の指導員。その名の通り、バトルパフォーマーと呼ばれる職業人を養成する専門学校である。


 一年間の指導を経たレヴリッツは、専門学校を卒業してこれから就職することになる。


「一年間、ありがとうございました。先生からは本当に色々なことを学ばせていただきました」


「はは……君なら上手くやれるさ。君の成功を祈っているよ」


「はい、がんばります! チャンネル登録もお願いしますね!」


 チャンネル登録。

 そう、バトルパフォーマーとは……簡潔に言えば『バトルする配信者』である。闘いを『魅せる』ことを目的とする職業。

 もちろん勝利することも大切だが、何よりも視聴者を楽しませることを目的とする。

 また、動画サイトでの配信などを人気獲得のために行うパフォーマーが多い。


 大切なのは派手な演出、巧みな口上。視聴者の人気を得てのし上がっていく。

 バトル以外の活動も行ってファンを獲得していかなければならない。

 要するに大事なのは人気。


 レヴリッツはこの一年間、配信の作法やSNSの運用方法、歌の練習など……バトルパフォーマーに必要な知識を叩き込んだ。

 そして今日、職場へと赴くことになる。


「レヴリッツの友達、ええと……ヨミさんだったか? 彼女も一足先にバトルターミナルに向かったようだ。本当に……がんばれよ!」


「はいっ! それでは!!」


 彼は勢いよく返事し、手を振って指導員の下を去る。躍動する心を抑えて電車に乗り込んだ。

 バトルパフォーマーになる日をずっと待っていた。最強のバトルパフォーマー……ソラフィアート・クラーラクトを殺すために。


 ー----


 人ごみの中から抜け出したレヴリッツは、地図が掲載されている電子掲示板の前で立ち止まる。


 地図を前に悩まし気にうなる彼を、道行く人々は物珍しそうに眺めて歩いていく。

 彼は電車に乗って大都市にやって来たのだ。バトルターミナルと呼ばれる場所が、彼の職場なのだが……


「道がわからん……今どこにいるんだ?」


 初めて来る都市なので道がわからない。

 ふと、頭を抱える彼の背に声がかかる。


「あの、そこの人?」


 振り返ったレヴリッツの眼前には少女が立っていた。

 肩のあたりまで伸びた銀色の髪、サファイアのような紺碧の瞳。白を基調としたしとやかな服装。歳はレヴリッツと同じくらいだろうか。彼女は美しい顔立ちで微笑を作り、レヴリッツを見つめている。


 どこか演技じみたスマイル。

 客引きかもしれない。レヴリッツは警戒して返答した。


「僕?」


「はい、あなたです。もしかして……新人のバトルパフォーマーさんでは?」


「うん。君は誰?」


「私はバトルパフォーマーのペリシュッシュ・メフリオンと申します。

 あなたの先輩……ということになりますね。着物という珍しい服装でしたし、道に迷っているようなのでもしかしたら……と思って話しかけました」


 ペリシュッシュと名乗る少女は笑顔で手を差しのべた。

 なるほど、彼女はレヴリッツがこれから就職する職場の先達らしい。


「先輩ですか、これは失礼しました。僕はレヴリッツ・シルヴァ。

 よろしくお願いします!」


 レヴリッツは差しのべられた手を確認・・しつつ握手する。

 毒とか仕込んでないだろうなコイツ、と思いながら。


「はい、どうぞよろしく。私は新人の子が迷わないように案内してるんです。ここら辺は道が複雑で迷いやすいですからね。バトルターミナルはこちらですよ、ついて来てください」


 ペリシュッシュは掲示板から離れて、街中を歩き出す。

 レヴリッツもまた彼女の後を追った。


「案内してくれるなんて親切ですね、ペリシュッシュ先輩」


「呼びにくい名前でしょう? ペリと呼んでください」


「じゃあ、ペリ先輩。先輩はバトルパフォーマー歴何年ですか?」


「私は二年目ですね。まあ、二年経ってもまだアマチュアなんですが……」


 バトルパフォーマーには階級が三段階あり、アマチュア、プロ、マスター級に分類される。つまりこのペリという少女は、最下層の階級らしい。


「今年デビューするのは何名なんです?」


「ええと……たしか二十四人だったような……」


「へえ」


 ペリの言葉を聞いた刹那、レヴリッツの足が急停止。

 何事かとペリは振り返り、瞳を見開く後輩に尋ねた。


「レヴリッツくん? どうかしましたか?

 急に立ち止まると周りの人に迷惑なんですけど。あ、ほらぶつかった。今舌打ちされましたよ。すっごい睨まれてる」


「つまり、僕を除いた二十三人を全員倒せばいいんですね?」


「……ふぁ?」


 困惑してペリは頬を掻く。

 レヴリッツは往来で立ち止まって通行人の迷惑になっていることを悟り、再び歩き出した。


「すいません、つい。

 今日からバトルパフォーマーとしてデビューすることを考えていると、昂ってしまって」


「え、ええ……大丈夫です。やる気に溢れていて素敵ですね」


 二十四人の中には、レヴリッツの知る友人も入っているはずだ。

 共にデビューする友人の少女は、すでにバトルターミナルに到着しているだろうか。


「ところで、レヴリッツくんはどうしてバトルパフォーマーになろうと思ったんですか?」


「僕は……契約を、果たすためです」


「……?」


 それ以上レヴリッツは何も語らなかった。

 あまり深入りするのも野暮かと思い、ペリは詮索するのを止める。



 並木道を抜け、やがて目的地が見えてきた。

 白い外壁と屋根を持つ巨大な建物。円形の建物を取り囲むように、バトルパフォーマー用の寮やレストランがずらりと立ち並んでいる。

 ここがバトルターミナル。世界最先端の技術を集約した戦闘都市。


 敷地内に足を踏み入れた瞬間に、レヴリッツは立ち止まる。

 そして先を行こうとするペリの手首を掴んだ。


「ひゃっ!? 今度は何ですか、レヴリッツくん!?」


「バトルターミナルって、たしかどこでも戦闘していいんでしたよね?」


「そうですよ」


「ペリ先輩、僕と勝負しましょう!!」


 急な宣戦布告。あまりに突飛な出来事であったのでペリは面食らった。

 レヴリッツは決して頭がおかしいわけではない。あくまで戦闘狂として振る舞っているだけだが、そんなことを初対面のペリが見抜けるはずもなく。


 入り口からは次々と今年デビューするであろうパフォーマーたちが入って来ていた。声を張り上げたレヴリッツに好奇の目を向けては、先へと急いでいく。


「いやあの、私は(こいつやべえよ……)」


「勝負」


「いや、だからぁ……まだレヴリッツくんは勝負が認められていませんよ?」


「はーあ?」


 耳に手を当て、露骨にウザい表情を浮かべるレヴリッツ。

 関わってはいけない人に声をかけてしまったのかもしれない……とペリは心中で後悔しつつ、彼を説得した。


「まだレヴリッツくんは正式にバトルパフォーマーとして認可されていません。なので戦闘行為も認められていませんね、残念でした。それに、セーフティ装置も持ってないでしょう?」


「ああ、たしかに……無念です」


 セーフティ装置とは、致命の寸前で防御を自動展開する装置である。

 この装置のおかげでバトルパフォーマーは真剣勝負を行うことができ、全力を出して闘うことができるのだ。


「じゃあ、連絡先交換してもらってもいいですか? 今度闘いたいので」


「え、ええー……どうしようかなあ……」


 正直、レヴリッツとは関わってはいけない気がする。

 しかし逆恨みされても嫌なので、ペリは渋々連絡先を交換した。


「わかりました……どうぞ」


「ありがとうございます。あ、下心はないのでご心配なく」


「はあ……まあ、困ったことがあれば相談してください」


 こうして頼れる先輩が初日から作れたのは幸運だ。

 連絡先の交換を終え、二人は再び歩き出す。まっすぐに進み、まずはフロントへ。二十人近くの若者がフロントにはたむろしていた。

 彼らもまたレヴリッツと同じく、今年デビューするパフォーマーなのだろう。


 これから手続きを済ませ、レヴリッツは本格的にバトルパフォーマーとして活動することになる。


「寮の場所はある程度任意で選べます。基本的に家賃は無料ですが、お金を払えば中央闘技場に近い寮や、警備の厳重な寮も選べますよ」


「ああ、そういえば。こんなカードがあるんですけど」


 レヴリッツはポケットから一枚のカードを取り出した。

 鈍色に輝く手のひらサイズのカード。表面には金色の文字が刻まれている。

 それを見たペリは戦慄する。


「なっ……!? あわわわわ……それはVIPカード!?

 理事長かCEOしか発行権限を持たず、係員に見せれば高級ホテルみたいな寮へ住めるという……!? もしかしてレヴリッツくん、相当なご身分?

 これは失礼いたしましたこれまでのご無礼をお許しくださいませなんでもしますから」


「いや、僕はぜんぜん相当なご身分じゃないですよ。理事長と知り合いなんですけど、余ってるとかで貰いました。もう一枚持ってます。要するにコネですね」


「!?」


 さらにポケットからVIPカードを取り出したレヴリッツ。

 一体彼は何者なのか。ペリは口元をふにゃふにゃと動かし、鈍色の輝きを凝視した。


「こ、これがあれば……壁の薄いクソボロ寮に住まなくて済む……」


「……いります? あげる人もいないので、案内してくれたお礼に」


 ペリは逡巡する。たしかにレヴリッツを案内したが、それは義務的に行ったこと。

 本当に受け取ってもいいのだろうか……と良心の呵責に苛まれる。


 しかしここで受け取らなければ、一生ボロい寮で暮らすことになりそう。

 欲望と理性が争い、そして──


「……あ、ありがとうございます」


 ──受け取った。

 そもそも、金を得るためにペリはパフォーマーとして努力しているのだ。努力もせずに裕福になれるなら選ばない手はない。


「はいどうぞ。ええと……登録はあっちの行列ですか」


 フロントの係員の前に新人たちの列が出来ていた。

 レヴリッツは最後尾に並び、やがて係員の前へ。入寮手続きを済ませる。


「レヴリッツ・シルヴァ様ですね。デビューおめでとうございます。

 あなたは特別寮のお部屋になります。こちら寮のキーコードとなっています。当施設の利用規則をよく読んだ上で、部屋内の機器は自由に調整していただいて構いません」


「はい、ありがとうございます」


 電子鍵を受け取り、フロントの外へ。

 今すぐに自分の部屋へと向かおうとしたのだが……


「なあ、あんた。偉い人?」


「む?」


 レヴリッツの後を追って来た少年が話しかける。

 彼もさっき入寮手続きをしていた。レヴリッツと同期の新人だろう。


 その様子を眺めていたペリは思う。


(あっ、これは……まずいですよ!)


 レヴリッツに話しかけた少年が発するのは闘気。対してレヴリッツは闘気を前にして何も感じていない。

 よほど鈍感なのか、あるいは──


「あんた……銀色の優待カード持ってたよな? ひとつ賭けをしないか?

 勝負して、勝った方がカードを手に入れる。つまり部屋の争奪戦だ」


 自信満々に少年は指を突き付ける。

 宣戦布告を受けたレヴリッツは、喜悦の表情を浮かべて少年の手を取る。そしてブンブンと激しくハンドシェイクした。


「ありがとう」


「……はあ?」


 少年は思わず戸惑いの声を上げる。


「僕はさ、自分が強いということを周囲に知らしめて、早く名声を得たいんだ。つまり君は僕にバトルという名の、名声アップの機会を与えてくれた……! 感謝しなければならないね」


 瞳を潤ませて感激するレヴリッツ。少年は自分が勝負を持ちかけたにもかかわらず、レヴリッツのポジティブさについていけなかった。

 ペリは慌てて仲裁に入る。


「ちょ、ちょっと待ってください! それ、レヴリッツくんにメリットがありませんよね?

 レヴリッツくんが勝ったら何を貰えるんですか?」


「何を言ってるんですかペリ先輩。僕は勝負できる、この人はカードを手に入れられる可能性がある。賭けは成立してるじゃないですか」


「ええ……?」


 これは駄目だ。ペリは諦めた。

 たぶんレヴリッツは頭がおかしいのだ。


「よ、よくわかんねえが……勝負を受けるってことかよ?」


「もちろん! 君との出会いに感謝だ。

 僕の名前はレヴリッツ・シルヴァ。僕は昔から対人・・を人生の主軸としていてね、こうして君が勝負を持ちかけてくれて本当に嬉しかったよ。そして何より、このバトルパフォーマーという職業において……」


「来い、《武錬三節棍ぶれんさんせつこん》 ──しゃあっ!」


 滔々とうとうと語り続けるレヴリッツをよそに、少年は中空より武器を召喚。そして地を蹴って棍を振りかぶった。

 目を瞑っているレヴリッツは相変わらず自分語りを続けている。


 ──まずい。

 セーフティ装置を起動していない。ペリは瞬時に危機感を抱く。

 少年も新人なだけあって、命を守る装置の起動を忘れていたのだろう。このままではレヴリッツが死ぬ。脳天に打撃が炸裂し、さながらエッグトマトのように潰れてしまう。


 ペリから見れば少年の動きはそこまで速くない。まだ歴の浅い新人なだけあって、動きに無駄が多かった。しかし、この距離からレヴリッツへの攻撃を防げるかどうか。

 彼女は咄嗟に動こうとしたが……


「いい動きだ。けど遅いな」


 瞳を閉じたままレヴリッツは棍の先端を片手で受け止める。

 少年の目が驚愕に見開かれた。


「ふんっ! 腹パン奥義!」


 特に何も技を使うことなく、瞳を開いたレヴリッツは素手で少年の腹にパンチ。

 どうやって相手の懐へ移動したのか、ペリには見切れていなかった。

 拳を受けた少年は中空へ吹き飛び、レヴリッツはさらに服の裾を掴んで地面に放り投げる。


「おごっ! ぐふっ……」


 少年は気絶。死なないように細心の注意は払った。


「はい、僕の勝ち。まず一勝と。

 バトルに勝つのきもちよすぎだろ!」


「ちょ……レヴリッツくん! 気絶までさせる必要あります!?」


 喜びに打ち震えるレヴリッツだが、さすがにやりすぎだ。

 バトルターミナルで戦闘行為自体は別に禁じられていない。しかし、限度というものがある。何も意識まで奪う必要はなかった。

 ペリの咎めるような視線を受けてもなお、レヴリッツは愛想笑いを崩さない。


「ああ、すいません。でも勝負は全力でしたいんですよね。

 万が一にでも負けるとすごく困るんです。だって、僕は──」


 カードが奪われることが怖かったのではない。

 負けることそのものには価値があるとレヴリッツは考えているし、気絶させるつもりもなかった。


 だが、彼の性質がそうさせるのだ。


「──負けると首が飛ぶので。物理的に死にます」


 そう、首が飛ぶ。


 文字通り死ぬ。血の噴水が上がる。

 彼は性質上、絶対に勝たねばならないのだ。


「……えっと」


 ありえない彼の言葉を聞いたペリは押し黙ってしまう。

 冗談だろうか、真実だろうか。

 どちらにせよ……


「レヴリッツくん。

 バトルパフォーマー、辞めた方がいいんじゃないですかね?」

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