第2話 この僕が!?

 勝負を仕掛けてきた少年を軽く撃退し、レヴリッツはペリに寮へ案内してもらう。

 特別寮は中央闘技場に近く、周囲には便利な施設が数多く並んでいる。警備も厳重だ。


 二人は寮の入り口までやって来た。

 警備員にVIPカードを見せてフロントに入る。噂に違わぬ、高級ホテルのような内装。周囲に置いてある高そうな壺や絵画は、レヴリッツは見飽きていた。価値のほどがまったくわからない。


「うわー……すごい。私が二年間過ごしている寮とは比べ物にならないなあ……」


「先輩。ここまでの案内、ありがとうございました。この後の予定は……えっと、一時間後に適性検査。明日は集会と初配信か。めんどくさいなあ……」


「いやしかし、本当にレヴリッツくんはバトルパフォーマーをやる気なんですか……」


 曰く、レヴリッツは敗北すると首が飛ぶらしい。

 彼の言葉が真実ならば、敗北した瞬間に視聴者に血の噴水を見せることになってしまう。子どもの視聴者にトラウマを植え付けそうだ。ついでにチャンネルが凍結されるだろう。

 本人が言うには『僕は負けないので大丈夫ですが』とのこと。


「もちろん。僕は誓って負けません。あ、もちろんペリ先輩もちゃんと倒すのでご心配なく」


「な、なかなか自信家ですね? 私も負けるつもりはありませんけど!?」


「倒します」


「ふ、ふーん……生意気な新人ですね。まあ頑張ってください。さっきの闘いでは素手で相手をワンパンしてましたが、レヴリッツくんは佩刀はいとうしてるので……サムライなのですか?」


 ペリは彼の腰に視線を向ける。

 この国ではなかなか見ない形状の剣……カタナ。艶のある黒い鞘に、柄に巻かれているのは真紅の紐。着物を纏っていることから考えても、レヴリッツはかなり遠い国の出身だろう。


「どちらかといえば、ニンジャかな。祖国では……えーっと、竜殺しをやってました」


 少し言葉をつっかえながら、レヴリッツは告白する。

 竜殺しといえば超危険な職業として知られている。専門の武術・魔術を操ることで、生物種の王とも呼ばれる竜を狩る職業。


「おお、どらごんすれいやー!

 バトルパフォーマーには竜殺し出身の人も多いんですよ。今期デビューの人にも同業者がいるのではないでしょうか?」


 バトルパフォーマーを目指す人は、元々腕に自信のある人ばかりだ。

 故郷で天才と持て囃された者や、魔術の伝統的な血筋など……国中から天才が集う。しかし、自分よりもさらに上の天才を見つけて絶望するのがこの業界の常だ。


 竜殺しというワードに興味を示したペリとは対照的に、レヴリッツはあまり乗り気ではなかった。祖国のことは話したくない。

 彼はやや強引に話題を転換した。


「そうだ、ペリ先輩。この後、適性検査が終わったら食堂を案内してもらえませんか?」


「いいですよ。VIPカードを貰った恩もありますからね。じゃあ18時にこの場所で再会しましょう」


「はい。それでは」


 再会の約束を取り付け、二人は別れる。

 レヴリッツはそのまま寮の奥へと進んで行った。


 ー----


 自室へ到着。

 ベッドの傍に鞄を放り投げ、レヴリッツは一息つく。

 一気に安堵が彼の身を襲った。ここまで来るのにかなり苦労したのだ。祖国から追放され、紆余曲折あって養成所に入り、ここまでやって来た。


 故あってレヴリッツはあまり……いや、かなり祖国では好かれていなかった。

 父親は偉大なる竜殺しで、民衆の英雄だったのだが……彼はそうではない。国境をいくつか跨いだこの国にも、レヴリッツの正体である『レヴハルト・シルバミネ』の悪評は届いているかもしれない。


 だが彼は偽名を使っており、ニュースでは死んだことになっているので身バレはしないと思われる。偽装が完璧だと信じたい。


「しかし、流石は魔導科学の最先端……」


 周囲を見渡すと、あらゆる電子機器が最先端のものだ。パフォーマー全員の部屋にこれが配備されているのだから、規模の大きさが窺える。

 とてもじゃないが、壊したりしたら大変なことになる。

 レヴリッツはざっと施設の規則を読んだ。


 特に夜間の出入りは禁止だとか、酒を飲むのは禁止だとかいった規則はない。かなり規則は緩い方なので、普通に暮らしていれば問題ないだろう。

 一つ、特徴的な文章がある。彼は声に出して読み上げた。


「『戦闘を施設内で行う場合には、バトルフィールドを使うか、空間拡張衛星を用いることを推奨する。ただし、相手の命を奪うこと、また意図的にけがを負わせることは禁止とする。当施設内で起こった如何なる戦闘と結果に関して、バトルターミナル及びバトルパフォーマンス協会は一切の責任を負わない』」


 戦闘が認められている。

 当然だ。いつでも、どこでも戦闘が可能なように無数の空間拡張衛星が浮かんでいるのだから。

 彼は思いを馳せる。どんな強者がいるのだろうか……と。


 命を奪うことは禁止だが、致命に至る攻撃を完全に防ぐセーフティ装置があるので、お互いに全力で闘っても死ぬことはない。

 ここの規則で言いたい事は、セーフティ装置が作動してもなお攻撃を続けてはいけない……ということだろう。


「…………」


 彼はおもむろに立ち上がり、深呼吸。

《視線》は感じられない。監視はされていないようだ。


「もうこんな時間か」


 色々と荷物整理をしていたら、既に一時間が経とうとしていた。

 適正検査があるので、そろそろ部屋を出なくてはならない。


 彼は着物の乱れを正して部屋の出口へ向かう。

 ドアノブに手をかけた時──気配。誰かがドアの付近に立っている。

 この気配は……知っている。おそらく養成所の同期だろう。


「ヨミか」


「レヴだー!」


 ドアを開け放つと同時、レヴリッツと幼馴染の少女が視界に入った。

 艶のある黒髪を長く伸ばし、両側頭部で束ねたツインテールをくるくると巻いている。真紅の双眸はまっすぐにレヴリッツを見つめていた。


 彼女の名は「ヨミ・シャドヨミ」。苗字はいかにもふざけており、レヴリッツと同じように偽名である。

 歳はレヴリッツよりもひとつ下の十六歳。


 ヨミとは幼いころからの付き合いだ。紆余曲折あって……こうして二人でバトルパフォーマーを志すことになった。彼女はレヴリッツの妹のような存在だ。


「ここがの部屋だ。ヨミの部屋は?」


「隣だよ。よかった……レヴと離れたら嫌だったよー」


 透き通るように美しい声でヨミは答える。

 ヨミもまた理事長からVIPカードを受け取っている。幼馴染で気心が知れたヨミが近くにいてくれると、レヴリッツも警戒を緩めることができる。


「ところで、よくここがおれ……僕の部屋だとわかったね?」


「レヴは独特の音がするからね!」


「……僕の気配遮断もまだ甘いか」


 ヨミは尋常ならざる聴覚の持ち主。レヴリッツがどこにいようとも駆けつけてくる。

 若干メンヘラ味を感じるが、悪い子ではない。たぶん。


 彼女は思い出したように、ぽんと手を叩く。


「そうだ! この後、適性検査だよ。遅れないように気を付けないと」


「よし、行くか」


 二人は寮を出て、まっすぐに歩く。

 このバトルターミナルは広大だ。バトルパフォーマーが生活するための設備だけではなく、パフォーマンスが行われる闘技場や修練場、さらには配信を行うためのスタジオなどが無数に建っている。


 バトルパフォーマーの階級は三つに分けられる。

 アマチュア、プロ、マスターの三階級だ。彼らは階級ごとに別の区画へ住んでおり、下位の階級が上位階級の暮らす区画へ立ち入ることは許されない。

 現在レヴリッツたちが歩いているのは、アマチュアが生活する『第一拠点ファーストリージョン』。

 他にはプロが生活する『第二拠点セカンドリージョン』、マスターが生活する『最終拠点グランドリージョン』が存在していた。



 第一拠点の東部にある大会場へ、レヴリッツとヨミは辿り着く。

 適性検査を受けに来た新人たちが、ずらりと列を組んでいた。適性検査の内容は至って簡単。


 文字をひたすらに書いたり、絵柄を見て何に見えるか答えたり、剣を数回振ってみたり、水晶玉に手を翳してみたり、採血したり、CTを撮ったり。

 デジタルな手法からアナログな手法まで幅広く用いられる。


「次の方、どうぞ」


 職員に呼びかけられてレヴリッツは検査を始める。

 多くの手法での検査を受け、彼は最終的な結果発表を待つのだった。


 ー----


「お待たせしました。これより結果を配布します」


 全ての新人の検査が終わり、結果が発表されることになる。

 最初に受けた人から順に名前が呼ばれ、適性検査の結果を知っていく。


 バトルパフォーマーを志す者は大体が才能を持っている。故に、適性検査の結果など特に気にすることもない。

 もちろんレヴリッツにも、それなりに良い結果が返ってくるだろう。

 他人に結果を見せびらかす者や、恥ずかしそうに隠す者など……反応はさまざま。


「ヨミ・シャドヨミ様」


 レヴリッツの少し前に検査を終えたヨミの名が呼ばれる。

 彼女は職員から紙を受け取り、レヴリッツの隣へ戻って来た。


「結果、見ていいか?」


「うん」


 ヨミの検査結果を覗き込む。

 結果は……


 武術『B』

 魔術『A+』

 知力『C』

 パフォーマンス力『S』


 総合『A+』


 ……とのこと。


「へえ、ヨミもなかなかやるじゃないか」


 妥当な結果だ。

 レヴリッツはヨミが非常に才能に恵まれていることを知っていた。だからこそ、この高得点。

 もちろんヨミよりも強いレヴリッツは、さらに上の評価を受けるわけだが……


「レヴリッツ・シルヴァ様」


「お、呼ばれた。僕は……トップレベルに違いないな」


 もしかしたら、伝説の『SS』評価が出てしまうかもしれない。

 あるいは高すぎて『測定不能』か。


 やれやれ……と彼は肩を竦めながら紙を受け取った。

 ちらりと中身を覗き見て、そして……


「」


 ──絶句。


 武術『D』

 魔術『F』

 知力『F』

 パフォーマンス力『F』


 総合『F』


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で立ち尽くすレヴリッツ。

 この結果は、おかしい!!


「──異議を申し立てる」


 彼は紙をバン、と机へ叩きつけた。

 職員は困り顔。機械が自動的に叩き出した判定なのだから、異議を申し立てられても困るものだ。


「えっと……申し訳ありません。一度受けた適性検査結果は変えることができませんので」


「つまり、僕はバトルパフォーマーとして全く才能がないと? この僕が!?」


「まあ、そういうことになりますね……」


「この僕が!?」


「ははは……適性検査はあくまで一つの指標ですので、あまり気にしないでください。

 ……プッ」


 職員は笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。その仕草がますますレヴリッツの心を昂らせる。

 たしかにレヴリッツに才能はないかもしれない。


 剣術は周囲の人間よりも身につけるのに時間がかかったし、魔力の総量も多くはないし、そこまで高度な教育は受けてこなかったし、幼少期は親に放置されていたせいで色々と苦労することがあったし、人付き合いは苦手だし……


「……あっるぇー? もしかしてこの結果、正しいのか……?」


 冷静に考えると妥当な結果ではないだろうか。

 職員に詰め寄るレヴリッツを、周囲の新人たちは好奇の目で見ている。


 ──いや、これでいい。

 あくまで適正とは「始点」。個人が立っている初期位置であり、限界値ではないのだ。

 レヴリッツに才能がないと周知されれば、かえって彼が強いことは努力の証明になる。


「フッ……そういうことか。ここに居る新人たちよ、聞け!

  僕、レヴリッツ・シルヴァは──総合適正『エェフ』! 僕を雑魚だと思う者は、勝負を仕掛けに来い!」


 レヴリッツはその場にいた全員に宣戦布告した。

 シーン……と。会場にいた面々は静まり返って彼を見る。どうやら恐れをなして勝負を持ちかけられないらしい。


「やれやれ……腑抜けどもが。行くぞ、ヨミ」


「うん!」


 彼は堂々と会場を去った。

 やがて宣戦布告された同期たちは、口を開き始める。


「なんだアイツ……」

「総合適正Fって……バグじゃねえの?」

「やばw あの人頭おかしいんじゃない?w」


 かくして、レヴリッツはこう呼ばれることになる。


 ──《FランVIP》と。

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