一年三組休み時間殺人事件〜ボクは二度殺される〜

イツミキトテカ

第1話

「どうしてこんなことになったんだ…」


 うめき声を上げ、苦しそうに机に突っ伏す隣の席の山田くんを見ながら、ボクはそうつぶやいた。山田くんはもうぴくりともしない。こうなれば、ボクがやられるのも時間の問題だ。


 あんなに仲の良かった一年三組に、まさかこんな日がくるなんて、5分前の自分は少しも想像していなかった。


 ◇◇


 今年の四月からボクが通っている山之中ヤマノナカ中学校は、地域の三つの小学校から生徒が集まっている小さな中学校である。


 ボクが所属する一年三組は男子生徒18人、女子生徒17人、総勢35人からなるクラスだった。入学式の日、クラス分けの名簿を見てみると、単純におおよそ3分の2は、初めて見る知らない名前だったので、人見知りのボクはそれだけで胸がドキドキしたのを覚えている。


 それは、みんなもそうだったのだろう。最初のうちは、何をするにしても、同じ小学校の昔なじみ同士でグループが出来てしまい、しばらくしてもそのわだかまりはなかなか解消されず、そんなぎこちない状態がずるずると続いてしまっていた。


 ボクはといえば、小学校の理科クラブで一緒になって以来、ずっと仲良しの眼鏡の森くんと、教室の隅でひっそり過ごすことがほとんどだった。だから、桜が葉桜になり、四月が終わる頃になっても、クラスメイトの顔と名前がふんわりとしか一致せず、それはクラスメイトのほうもそうだったようで、微妙に気まずい空気が流れることもしょっちゅうだった。


 そんなクラス情勢に疎いボクではあるけれど、クラスにおけるヒエラルキーのトップメンバーたちが「この状況を打開しなければ!」と考えているらしいことは、日に日にひしひし感じていた。


 そして、新緑美しい五月の遠足。ボクたち一年三組にとって初めての学校行事で、事態は急展開を迎えた。


 突破口を開いたのは学級委員の国貞くんだった。ボクたちは、各々おのおの仲良しのメンバーで集まると、思い思いの場所でレジャーシートを敷き、わいわいとお弁当を食べていた。そして、みんなが食べ終わった頃を見計らったかのように、国貞くんはクラスメイト全員に声を掛けた。


「一年三組全員集合! 今からみんなでケイドロをやります!」


 ケイドロとは「警察」と「泥棒」の二組に分かれておこなう鬼ごっこの一種だ。「警察」は「泥棒」を捕まえ牢屋にいれ、「泥棒」は捕まった仲間を脱獄させつつ「警察」から逃げる。大まかに説明するとそういうルールになっている。


 ボクはあんまり運動が得意じゃない。だから最初は渋々参加していた。ところがどっこい、どんなもんだい。実際のところ、これがとっても楽しかったのである。


 ケイドロをしていると、自然と出身小学校の違いなど全く意味がなくなった。そこにあるのは「警察」と「泥棒」、この二つだけ。ボクは「警察」で、眼鏡の森くんは「泥棒」だった。ボクはそれまで一度も話したことのなかった「警察」仲間と息を合わせて森くんを捕まえ、森くんとあいさつ程度しか交わしたことのない「泥棒」が危険を顧みず森くんを助ける。


 この日、ボクたちは心が通じ合っていた。目を見れば相手の考えていることが分かった。それほどまでに心の距離が近づいた。


 こうして、我ら一年三組は、殺伐さつばつとした三国時代を終わらせ、夢に見た天下統一を果たしたのだ。


 ◇◇◇


「どうしてこんなことになったんだ…」


 動かなくなった山田くんを横目に、ボクはあの楽しかったケイドロを思い出していた。あのときはあんなにみんな楽しそうにしていたのに。それなのに、なんで、こんなことに…。


 事件は三時間目の国語の授業が終わったと同時に始まった。


 最初の犠牲者は眼鏡の森くんだった。森くんはボクの右前の席だ。だから、森くんの背中が力なくぐにゃりと曲がり、勢いよく顔から机に突っ込んだとき、ボクは突然のことに驚いて立ち上がりそうになった。おかげで太ももを机に派手にぶつけた。今でもまだすごく痛い。


 だけど、森くんの痛みに比べたらなんてことはないだろう。何より、顔から机に突っ込んだ森くんの眼鏡がすごく心配だった。


 しかし、人の心配をしている余裕は無かった。森くんの死をきっかけに、一瞬にして教室に緊張感が走った。


「きゃーッ!!」


 倒れる森くんに気がついた園田さんが甲高く叫んだ。園田さんの前の席の宮内くんが耳をふさいで、迷惑そうに振り向いた。


「うるさっ! びっくりしたっ!」

「だって、森くんがっ…あっ!」


 森くんを指差したまま、園田さんががくりとうなだれた。いつの間にか、宮内くんも白目を向いて天を仰いでいる。一気に2人もやられた!

 それからはあっという間だった。


「うっ」と胸を抑えて机にもたれる高田さん。

「まだ死にたくない…」と言い残し、うつむく一ノ瀬くん。

「あっ…うっ…く、苦しい…」と喉のあたりを掻きむしり、バタリと倒れる山口くん。

 手塚くん、青木さん、中野さん、福原さん、山根くん…次から次にやられていった。そして、ついさっき、ボクの隣の席の山田くんがとうとう逝ってしまったのだ。


 気がつけば、すでにクラスの3分の2は殺されてしまったことになる。


 突然、学級委員の国貞くんがまっすぐ手をあげたので、生き残っているクラスメイトの視線が一気に彼に集まった。国貞くんは軽く咳払いして、もったいぶって言った。


「僕には犯人が分かったぞ。寺田くん、きみが犯人だね」


 国貞くんと仲良しの片野くんが、パチンと指を鳴らして寺田くんを指差した。


「国貞に同意だ。寺田、さっき怪しい動きをしてたんだよ。絶対こいつが犯人だ」


 みんなの視線が一斉に寺田くんに集まる。容疑者として急浮上した寺田くんは、しかし、ため息をついて悲しそうに首を振った。


「ぼくだったら、どんなに良かっただろう。だけど、残念ながらぼくじゃない」

「な、なんだって?! うっ! ぐはっ!」


 突然、国貞くんが手で口を抑え、盛大に咳き込んだ。ぜぇぜぇ言いながら、口を抑えていた手のひらを見下ろし、驚いたように目を見開いていた。


 ボクは悟った。


 学級委員として、みんなのリーダー的存在だった彼でさえも犯人を追い詰めることはできなかった。犯人の方が何倍も上手うわてだったのだ。


「みんなの仇を取ってくれ…っ」


 それが国貞くんの最後の言葉だった。青息吐息でそう訴える国貞くんの視線は、もはやはっきり定まらず、どこか遠くを見つめていた。


 そんな劇的な別れの直後、今度は柏木さんが慌ただしく立ち上がった。


「私、嫌よ。犯人になんか殺されてあげないわ」


 そう言い捨て、教室の前側の入り口に向かって一目散に駆けていく。こうなったら自分だけでも助かろう、そういう腹積もりなのだろう。


 柏木さんの思わぬ奇策に、ボクは呆気にとられてただ、ぼうっとその光景を見ていた。だから、柏木さんに向かって何か小さな白い塊がヒュンっと飛んでいったのも、ぼうっとしか見ていなくて、それがどこから飛んできたものなのか分からなかった。そして、それは柏木さんに命中した。


「痛っ…て、消しゴム?」


 柏木さんは彼女に当たった白い消しゴムをつまみあげると、不思議そうに教室を振り返った。


 その瞬間、ボクは「あっ」と思った。その消しゴムはきっと罠だ。と、同時に柏木さんも「あっ」と声をあげ、その場に崩れ落ちた。上半身を教壇に預け、お姉さん座りで倒れている。あんなに生きたいと願っていた柏木さん。安らかな顔つきなのがせめてもの救いだ。


 教室を見渡せば、生き残っているのはボクを含めてあと5人だった。そして、この中に必ず犯人がいる。ボクと寺田くんは犯人じゃないから、実際のところ3人のうちの誰かだ。


 ボクは黒板の上にある丸い時計を見た。四時間目の数学が始まるまであと少し。そろそろ先生がやってくる頃だ。それまで耐えることができればボクの命は助かるだろう。だけど、一年三組をものの5分でほぼ壊滅状態に陥れることに成功した犯人が、ボクをやすやすと見逃すだろうか。ここは一か八か、犯人をボクの手で捕まえるしかないのか!?だけど、いったい誰が犯人なんだ!!


 どう考えても結論は出ず、ボクは狂ったように頭を掻きむしった。苛立ちから思わず唸り声が洩れる。そんなボクの声にびっくりしたのか、眼鏡の森くんがうつ伏せる机の隣で、つまり僕のほぼ右前の席で、姫野さんがビクッと震えたのが見えた。


 姫野さんはボクとは別の小学校の出身だった。姫野さんはおそらく大変な読書家で、暇さえあればいつも静かに本を読んでいる。ボクはボクであまりおしゃべりなタイプではないので、正直な話、これまで姫野さんと話をしたことはほとんどない。だけど、遠足の楽しかったケイドロ以来、ボクたち一年三組は不思議な一体感で結ばれていたので、話したことはほとんどなくても、学校帰りや休日にたまたま顔を合わせでもすれば、マブダチと出会ったような妙な嬉しさを感じる程度には仲間意識が芽生えていた。


 ボクの唸り声にビクっと身を震わせた姫野さんを見て、ボクは姫野さんも犯人じゃなさそうだと思った。そして、その推測は姫野さんが恐る恐るこちらを振り向いたときに確信へと変わった。


 不安げな姫野さんの瞳は今にも泣き出しそうにウルウルしている。こんな彼女では虫一匹殺すことだってできやしないだろう。


 これで犯人は残りの二人に絞られた。姫野さん、安心なさい。ボクが犯人を捕まえてみせるよ。


 そんなボクの覚悟が伝わったのか、姫野さんはボクの笑顔を見るなり、嬉しそうにニコッと笑った。だから、ボクは完全に油断していた。


 ニコッと笑った姫野さんは、そのウルウルとした大きな瞳でバチンと一回ウインクした。


 その瞬間、ボクの心臓は弾け飛びそうにドクンと脈打った。慌てて心臓を抑える。そうしないと口から飛び出すのじゃないかと思ったからだ。それほどビッグな衝撃に、ボクはただただ困惑した。


(「まさか、姫野さんが犯人だったなんて…」)


 ボクは胸を抑えたまま机にうつ伏せた。こうしてボクは殺された。ウインクキラーの姫野さんによって。


 ♢◇◇


 ウインクキラーとはウインクを使ったゲームである。「犯人」はウインクをすることにより「一般市民」を殺すことができ、「一般市民」は全員殺される前にだれが「犯人」なのか当てる。そういうゲームだ。

「一般市民」はいつでも「犯人」と思われる人間を「告発」することができる。これが当たっていれば「一般市民」の勝ちだ。しかし、間違えると「告発」した「一般市民」は殺されてしまう。「犯人」、「一般市民」の他に「共犯者」もいたりするが今回は時間もなかったのでその役は用意しなかった。


 事の発端は、やっぱり学級委員の国貞くんだった。三時間目の国語が終わるやいなや、彼はクラス全員に向かって言った。


「一年三組全員集合!って、みんないるか。今からウインクキラーをやろう」


 きっと彼は仲良しの一年三組をさらに仲良くさせようと画策したに違いない。


 そして、彼の目論見通り、と言っていいかは分からないが、これをきっかけにそれまであまり目立つ存在では無かった姫野さんがウインクキラーの達人として一躍脚光を浴びることになった。34人対1人という圧倒的不利で見事勝利を納めた姫野さんは、みんなの尊敬を一心に集めた。将来はウインクキラーのプロになればいいと思う。


 四時間目の数学の授業が始まると、教室から「犯人」と「一般市民」はいなくなった。そこにいるのはいつもの仲良しな一年三組のクラスメイトだけ。ウインクキラーは終わったのだ。


 だけど、ボクには一つ気になることがある。ウインクキラーは終わったのに、ボクの心臓はさっきからずっとドクドクとうるさくなり続けている。


 ウインクキラーはただのゲームだ。だから、本当に人が殺されてしまうわけではない。それじゃあ、この胸が締め付けられるような痛みはいったい何だって言うんだ。


 ボクの視線は自然と姫野さんに向かっていた。歪んだ眼鏡の森くんの隣で、先生の話を真剣な面持ちで聞いている。これまでちゃんと姫野さんの顔を見たことはなかったけれど、なんだかとても良い顔をしている。


 そんなことを考えていたから、姫野さんがボクの視線に気が付きこちらを振り返ったときは、またもや心臓が飛び出すかと思った。首の後ろが一瞬にして熱くなる。


 姫野さんは不思議そうにこちらを見ていた。そして、何か面白いことでもあったかのようにクスッと微笑むと、その大きな瞳を片方閉じてバチンと一回ウインクした。


 ボクの心臓はたぶん弾け飛んだ。ボクは確信した。犯人は姫野さんだ。だけどいまさらもう遅い。こうしてボクは二度殺された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

一年三組休み時間殺人事件〜ボクは二度殺される〜 イツミキトテカ @itsumiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ