第4話 田中くんと秋山さん
「そういえば、君のことまだ何も知らないんだよな……俺は玲斗、田中玲斗。社会人2年目。君は?」
朝食を食べ終えて、身支度も整え、家を出るまでまだ時間がある。その時ふと、お互いに名前も知らないことに気づいたのだ。
「私は、秋山りか。……声優を目指しながらバイトしてたんだけど、気づいたらこんな状態になってて。……実はこの部屋、ついこの間まで私が住んでたの。でも、親が引き払っちゃって……そしたら、この間君が引っ越してきたってわけ」
だからこの部屋にいたのか、俺は納得する。
「というか……声優さんなんだ?だからあんなに色んな声が出せるの!?俺、毎日違う幽霊が喋ってんだと思ってたんだよ。いや、すげえびっくりしてる」
「本当!?そう言ってもらえるのめちゃくちゃ嬉しい……」
声を聞くだけで、彼女の気持ちがすごくよく伝わってくる。さすが声優……いや、アニメとかほとんど見ないから、あまりよくは分かってないから、偉そうに語るのも申し訳ないが。
などと考え込んでいると、彼女が俺に話しかけてきた。
「……ねえ、名前、玲斗くんって呼べばいい?」
「あ、うん、好きに呼んでくれていいよ。じゃあ逆に……なんて呼んでほしいとかある?」
「私……友達にはりかって呼ばれてるから、りかって呼んでくれていいよ」
「じゃあ……りかって呼ばせてもらう」
あまり女友達もいないため、女の子を下の名前で呼ぶのが久しぶりで、ちょっと照れ臭くなる。それを誤魔化そうと俺は立ち上がる。ちょっと早いが、会社に行こう。
「俺、そろそろ会社行くけど、りかはまだこの部屋にいる?成仏したりとか……別の場所に行くとか……そういうのって、ある?」
死後の世界がどうなっているのか分からないので、念のため聞いてみる。
が、りかもよく分からないよう。
「どうなんだろう……?でも、玲斗くんさえよかったら、もうしばらくこの部屋にいてもいい?」
「俺は構わないけど……ひとりでいても退屈じゃない?あ、テレビ、つけっぱなしにしておく?それとも、霊的な力で勝手につけられるとか?」
「ううん、私、何もできないみたい。テレビつけてくれたら嬉しいけど、本当にいいの?電気代……払ってあげられないし」
幽霊が電気代を心配したことに、俺は思わず吹き出してしまった。
「電気代くらいいいって!テレビなんて大した電気使わないだろうし。エアコンつけろとかならさすがに……だけど、気にしなくていいよ。どこのチャンネルにする?」
俺はリモコンを手に取り、りかに希望のチャンネルを聞く。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……うーん、どこがいいかな……あ、テレ東でお願い!」
俺はテレビをつけると、リクエストされたテレ東にチャンネルを合わせる。
リモコンを元の位置に置くと、玄関へ向かう。
「あ、もし何か不思議な力が使えるようになったら、家の物勝手に使ってくれていいから。じゃあ……いってきます」
「うん、いってらっしゃい!」
幽霊に見送られる、なんとも言えない複雑な気分だ。それと同時に、誰かに送り出されるって嬉しいもんだな……などと思いながら、俺は家を出た。
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