第3話 モーニングコールの各種設定

日曜日。今日は新居周辺の探索、そして空っぽの冷蔵庫に入れるための食材購入に出かけることに決めた。

昨日と同じく6時起き。散歩も兼ねて8時頃には家を出た。


新しく住むなら、住宅街より、駅前が栄えている所。その方が便利だと思ったので、駅周辺が栄えている所を最寄り駅に選んだのだが、チェーン店だけでなく、個人経営のお洒落なカフェなんかもあって、退屈しなさそうだなとテンションが上がる。いつか行ってみるリストとしてスマホにメモっていく。


近くにあるスーパーも大きく、充実した品揃えで、そこで多めに食材を買い込み、帰宅した。朝が早かったおかげか、まだ12時を少し過ぎた辺りである。

引っ越し前の俺だったら、恐らくこの時間まで寝ていただろう。そして、結局そのまま外出する気にもなれず、何もしないまま休日が終わる。そして休みを無駄にしたような気分に襲われるのだ。

昨日今日と、それと真逆の過ごし方をして、案外こちらの方が良いのでは?と思ってしまった。


買った食材で、少し遅めの昼食を済ませた俺は、引っ越しでしばらく出来ていなかった資格取得の勉強をする事にした。

……引っ越し準備を言い訳にして先延ばしにしていた、が正確ではあるが、過ぎたことは仕方ない。今日からやればいいのだ。


…………。

なぜかいつもより集中して勉強できた。気づけばもう17時を過ぎていた。

自分の集中力に驚きを隠せない。それと同時に、腹からぐうう、と音が響く。


「よし、飯だ飯」


そして俺は夕飯作りに取りかかる。

ご飯はもうタイマーで炊き上がって、いい香りだ。

麻婆豆腐の素を使った麻婆丼。辛口の麻婆丼に、溶き卵をかけて食べるのが最高に美味い。


テレビを見ながら麻婆丼を平らげ、風呂を済まして少し早めに寝ることにした。


明日も、幽霊の声で起こされるのだろうか、そう思いながら、眠りについた。


***


月曜日の早朝。


「こらぁ!いつまで寝とるのじゃ!早く起きぬかこのバカぁ!」


まただ。また俺は、誰かの声で目覚める。

今日は幼い子供の声。なのに喋り方は妙に年寄りくさい。

幽霊とはいえ、怖いと思う気持ちはどこへやら、バリエーション豊かだなあ、と感心してしまう。


昨日までは、目を開けると途端に静かになったので、俺は目を閉じたまま、ひとつ質問を投げてみることにした。

この幽霊と本当に会話できるのか、それを確認してみたかったのだ。


「……なあ、なんで毎日俺を起こすんだ?」


すると、答えはすぐ返ってきた。


「そなたが気持ちよさそうに寝ておるから、ついいたずらしてやろうと思ったのじゃ!」


いたずら?

はて……幽霊のいたずらって、もっとこう、ラップ音とか?そういうものじゃないのか?朝起こしてくれるなんて、いたずらどころかお役立ち機能だろ。


「ちなみに……起こす時間の希望は、聞いてもらえる?」

「当然じゃ!ただ、あまり遅い時間はダメじゃぞ。早起きは三文の徳というからなあ!」


なんと、アラーム時刻の設定機能まで搭載されている。親切。


「あとは、音声の種類も豊富に取り揃えておるぞ!……セクシーお姉さんから」


セクシーお姉さんの所で、一気に声色が変わり、俺はびっくりする。


「元気な女子高生」


次は、若い、いかにも元気いっぱいの女の子の声色。


「幼女まで!」


うわ、小ちゃい女の子!


「……おばあちゃん、はまだ練習中だけど」


練習中と言われても、年老いた女性にしか聞こえない。


「まさか……これ全部ひとりでやってるの?」

「そう、全部私ひとり」


また違った声が聞こえた。他の声より、演技がかってなく、自然な話し方だ。これが地声なのかもしれない。


「すげえな……」

「えへへ、ありがとう」


嬉しそうな声が返ってくるので、不覚にもときめいてしまった。いかんいかん、こいつ幽霊だぞ。


「最後にひとつ聞きたいんだけど、俺が目を開けたら、もう会話できなくなるの?」

「ううん、話せるよ?ただ、昨日までは、びっくりさせたくて目が開いた瞬間に黙ってみたの」


そうだったのか。俺はようやく目を開ける事ができた。

やっぱり誰もいない。でも。


「おはよう、よく寝れた?」


声が聞こえた瞬間、俺はなぜかほっとしたような、照れ臭いような、そんな気持ちになった。


「おはよう……目覚めは最悪だったけどね」


俺は照れ隠しで、悪態をついてしまった。

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