第3話 遠慮のカケラもない人種

塚本一郎つかもといちろうです!イッチって呼んで下さい!」


僕は上手くやったと思う。


~と言うよりは、リコのセンスが、土埃つちぼこりや擦り傷を上回り、

僕は自分で思うほどブザマな様子ではなかったようで、

すぐに数人の可愛い女の子たちに囲まれ、

幾つかの男子グループからも仲間へのお誘いがあった。


大学生活が楽しいものになりそうな予感に、僕はちょっと嬉しくなったが、

多分僕は選択ボッチから変われない。


ここでもまた、小学校から一貫した話題が人々の口に上がる。


違うのは高校くらいから、半分が恋愛の話題になってきていて、

今や、そこかしこにカップルが満ちていた。


恋愛をしようと思えば、僕には気心知れたリコがいたし、

僕の連絡先やSNSを知りたがった女の子たちも、

顔面レベルの高い可愛い子ばかりだった。


ただ僕は、やはり勉強にりつかれていた。


底辺だった両親の事がトラウマになっているのか、

早く学位を取って卒業して、出来るだけ良い職に就き、

安定した生活を送る事こそ、僕の夢だった。


「イッチ、お前んちって大学から随分ずいぶん近いのな。

いいとこ住んでんじゃん。」


そう言って、念の為にと僕を送ってきたジョーは、

僕が部屋のカギを開けた途端に中に入り込んで、

僕の部屋のあちこちを見て回り、

引き出しを開けっぱにしたり、小物を見て放り投げたり、

僕の部屋を引っ掻き回して散らかしていった。

一体何の嫌がらせだろう?


「えっと、何で部屋の中に…じょうさん?」


「ジョーでいいって!

幽霊でもいいぜ?

これ、消毒セットな。

山田の親方が持ってけって、俺に預けてた。

それよりイッチ、シャワー貸して?」


「はぁ?」


ジョーは、消毒セットが入ったビニール袋を僕の目の前に放り投げると、

僕の返答を待たずに、勝手にシャワーを使い始めた。


《もしかしたらヤバい奴を部屋の中に入れてしまったのかも知れない。》


僕はあっけにとられながら、そう思った


彼は常に僕の想い出の中にいたので、

もうずっと前から見知っていた人物のような気がしていたが、

よく考えれば、彼と会うのは2度目、

しかも1回目も今回も、ちょっと話しただけの関係に過ぎなくて、

確実に【顔見知り】程度の間柄だった。



「これから夜のバイトがあんだよ。

早く行けばそれだけ金になる。

ああ、着替えは持ってるから心配すんな。」


パンイチで出てきたジョーは、髪を掻くように拭きながらそう言って、

彼のリュックからヨレヨレのTシャツやジーンズを取り出し、

さっさと着替え、

いつでも110番出来るように携帯をスタンバった僕の方に寄ってきた。


「なんだよ、イッチ。

お前まだ傷の消毒してねぇのかよ。

ほらっ!」


ジョーは消毒綿のパッケージを破ってそこら辺に放り投げ、

僕の顔や手の擦り傷を消毒し、水絆創膏みずばんそうこうをその上に塗った。


「痛ってぇぇぇぇぇ!」


「ははは、ミズバン、めっちゃ染みるけど、小さい傷治るの早いんだぜ。」


ジョーは、初めての水絆創膏みずばんそうこうの強烈な痛みに悶絶もんぜつしている僕から携帯を取り上げ、

何かを打ち込んでから僕に返した。


「それ、俺の番号。LINEも繋げといたから。」


それだけ言ってジョーはさっさと出て行った。


出掛けに、テーブルの上のリンゴを1つ、勝手につかんで行った。


僕の周りには使われて投げられた濡れタオルとか、

元は消毒セットだったゴミとかが散乱し、

あちこちの引き出しも開きっぱのままだった。


僕は身動きできず、ジョーと言う嵐が去った静けさの中で、ただただこう考えていた。


《世の中にこんな遠慮のカケラもない人種って存在していいもの?》




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