第2話 大学デビューの日

僕は、奨学金で、

地元ではそこそこ名の知れた大学の法学部に通う事になった。


僕は一刻でも早く大人になって自活したいと思っていたので、

それを期に1人暮らしがしたいと施設長に相談すると、

大学近くに、

施設出の先輩が運営する小奇麗なマンションのワンルームの部屋と、

生活援助の用意をしてくれた。


僕のいた施設は、よく聞くずさんな施設問題が皆無かいむと言っていい、

”当たり”の施設で、僕や施設の仲間たちは、

自分たちがこの施設で育ったことに誇りを持っていたし、

先輩や後輩、職員たちのきずなや交流も深かった。


知らない人々は僕たちをあわれみの目で見たが、少なくとも、

僕にとっては、あの両親や親戚のもとで育つより数100倍マシだったろう。


施設からの引っ越しの日、

施設のみんなからの記念として、僕は大きなクジラのぬいぐるみをもらった。


みんな、僕がクジラが好きな事を知っていた。


僕は誰にも話さなかったけれど、

僕がクジラが好きなのは、

TVで見たクジラたちの、どことなく切ないような、

深海に響くあの神秘的な会話の声が、

僕の中に常にある得体の知れない叫びの代弁者のような気がしていたからだ。


「一郎ってさ、

頭は良いけど、何ていうか…

昔の漫画から出てきた”昭和のガリ勉”みたいだよね。」


施設で仲良くしていたリコこと佐藤百合子さとうゆりこが、

イタズラな目をしてやってきて、

僕が中学時代から掛け始めたメガネを奪い、

何か可愛いラッピングの包みをくれた。


「コンタクトレンズだよ。

アンタ髪型も服装もダサいけど、

元は悪くないし、身長も180あるじゃん?

長身で頭いい男子ってそれだけで結構需要けっこうじゅようあるけどさ、

せめてコンタクトにすれば余裕でイケるっしょ。

この際大変身して大学デビューしなよ。

てか、させて?」


2年前に高校を卒業したリコは、

理容学校に通わせてくれる大手のサロンに就職していて、

週2~3回は連絡しあう仲だった。


元々リコは美容やファッションや人の世話をするのが好きな子で、

自身のヘアカットセンスと、数多い友達のコネを使いまくって集めた服などで、

かっちり七三眼鏡の”昭和のガリ勉”だった僕の見た目を180度変えた。


「爽やかキャンパス・ボーイ風♪

こんなイケメンに変わるなんてビックリだよ!

これでソッコー彼女が出来なきゃ、

私が彼女になったげる♪

嘘だけどっ!」


友達同士でカットモデルをしあったらしく、

なかなか奇抜なカラーのアシメの髪型をしたリコに、

僕は漠然ばくぜんと、

その内いつか、

僕はこの少し年上の陽気な子と付きあうんだろうなぁ~と思いながら、

大学への道を歩いていた。


僕には何だかそれが当たり前のような気がしていて、

ボーっとリコとの将来設計を練っていた。


「危ねぇっ!」


田舎なまりのある中年男性の声が聞こえた途端、

僕は顔面からむき出しの地面に転んでいた。


ボーっとしながら歩いていたせいで、僕は道路工事の段差に足を取られたのだ。


「兄ちゃん、工事中の看板が見えなかったのか?」


「あ、僕、考え事してて…すみません。」


「あ~あ~、大丈夫か?鼻血出てるじゃねぇか。

いつもなら警備の田中が見てるんだが、

便所行ってる時で、兄ちゃん間が悪りぃなぁ。

おいジョー、一応病院へ連れてってやれ。」


中年男性が僕の顔や手や服から土を叩き落としながらそう声を上げると、

近くにいたガタイの良い外国人労働者風の若い男がそばに寄ってきて、

無言で僕の腕を肩にかけて立ち上がらせてくれた。


「いや、ホント、大丈夫なんで…。」


鼻血をズボンのポケットから出したハンカチで拭いながら、

顔をあげた僕は、驚いて言葉を失った。


すっかり大人になってはいたが、

その若い男には、

幽霊と名乗ったあの男の子の面影と、同じ位置のホクロがあったのだ。


「幽霊…?」


僕の言葉に男が不思議そうな顔をした。


「イッチだよ!僕、イッチ!もう忘れたかな…すごい昔の事だから。」


「ごめん、俺、忘れてる。

でもお前が、昔、絶対俺と会ったことあるのだけは解るわぁ。

俺、自称・幽霊だからな!」


そう言って、

昔の面影を残す日焼けした顔中を白い歯のようにして笑う幽霊の本名は、

金城浄かなしろじょう、通称ジョーと呼ばれているようだった。


今もまだ僕よりずっと大人びて見える彼は、

驚いた事に、僕と同じ歳だった。


しかも、誕生日的には2ヶ月ほど彼の方が下で、

遺伝子の違いを見せつけられた。


「じゃ、俺ら夕方までここにいるから、

終わったら声かけてくれよ、イッチ。」


出席が外せない大学生活初日、

いきなり出だしでつまづいたせいで、

リコの努力が台無しのブザマな格好にはなったが、

約10年ぶりくらいの思わぬこの再会に、

長いこと会っていなかった親友とでも会ったかのような気持になって、

僕の心は晴れやかだった。

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