第13話 だるまさんが自立した

「はーい。どうぞー、生徒のみなさん! 熱い中での“気弱な運動会”ですからねー、はい、紙パックの冷たいお茶でーす。はいはい、どんどん飲んでね」

 そこには、炎天下のグラウンドで、恐竜の着ぐるみでお茶を配る親切なお姉さんがいた。

「はいはい、どーぞー」

 お姉さんは、こういうことに慣れているらしく、非常に手際よく紙パックのお茶を配っていっていた。

「冷たいお茶を用意してくれているなんて、気が利くわねえ」

 ククレアはそう言いながら、お姉さんに近づいていた。

「さあどうぞー、運動会は暑いですからねえ」

 ボンは、はっとしてその恐竜の着ぐるみの少女に気づいた。

(この人は、まさか・・・?)

「あの、どこの業者ですか?」

「あ、この学園に雇われたキャイーンといいます! さあ、冷たい冷たいお茶ですよ!」

 キャワキャワは

(フウ、上手く誤魔化せたようね。見ていなさい、ボン。あなたの弱さの秘密を探って魔王様に報告するわ)

と考えていたが、

ボンは一方で、

(また、キャワキャワ・・・けれど、この人はデリケートで傷つきやすいし、あんまり指摘しない方が良さそうだ・・・)

と考えていた。

「ボンさん、この“気弱な運動会”は、大陸中から気弱で脆弱な人たちが集まる一大イベント・・・しっかりと準備して負けなければ・・・!」

 ククレアは意気込んでいる。

「ボンさんは、とんでもない弱者・・・けれど、今回の“気弱な運動会”には大陸中からの弱者が集まるのです・・・あっ、あの人を見て! 髭のドワーフ族・・・」

 路上では、顎髭を盛大に生やし、しかもサラサラに整えたドワーフが大きな斧を持って歩いていた。

「あれは、“サラサラ髭”のドワゴン。毎日の髭の手入れのし過ぎで髭がサラサラになり、あまりのサラサラぶりから、美容師がその手入れを学びにいくほどなんですよ。F級弱者で、非常に弱いという・・・」

 確かにドワーフにしては、髭がサラサラすぎるようだ。

「あっ、さらにM級弱者で、“もやしっ子のアークデーモン”とされる悪泥門さんです!」

「ええっ、モンスターも運動会に参加するの!?」

 そこには恐ろしい形相の三本角を生やした、青い顔の悪魔が歩いていた。

 悪泥門というその悪魔は、恐ろしい筋骨で青白い肉体だが、かなりの破壊力を秘めてそうだった。

「モンスターがどうかしましたか?」

「モンスターを倒すんじゃないの!? 普通はそういう感じだよ?」

「・・・? おかしな事をいいますねえ。悪い事をしてもいないモンスターを倒してどうするんですか?」

 ううん。ククレアさんの言うことは最もだけど、この逆世界はやはり普通じゃいようだ。

「悪泥門さんは、恐ろしい三つの角で一本目の角は『この世の破壊』、二本目の角は『世界最悪の魔物の召喚』そして三本目の角は『全ての魔力を打ち消す』という恐るべき効果を持っているんです!」

「大変じゃないか! そんな凄い角の悪魔なんて!」

「けれど、三本目の角の効果で、残り二本の角の効果も打ち消されたままでいるので、M級弱者として生きていると」

「ううん、凄いのか凄くないのかよく分からない悪魔だね・・・」

 ボンたちはグラウンド内を歩いていた。

「オーッホホホホ! 天才のお姉さまらしく、ご丁寧に解説してあげているのね!」

 それはヨワイコ。

 ククレアの妹だ。

「ヨワイコ! 元気だった?」

「私の心配ではなく、ずうっとS級のご自分の心配をしていればいいわ! 私は、この運動会で“虚弱七柱”になるのよ・・・!」

「ヨワイコはまだ、小さい子供なのに・・・そんな無理をしなくていいのよ」

「オーッホホホホ! 無理をしているのは姉さまでしょう? 強い姉さまは部屋で大人しくしておきなさいな」

 ヨワイコは高笑いをする。

 けれど、なんだか妙な感じだ。

 ヨワイコはどう見ても、本当はククレアに甘えたいだけのように見える。

「さあさあ、お集りのみなさん! “気弱な運動会”の始まりですよ!」

 何故か、キャワキャワがメガホンを持って大声で言っている。

「私、キャイーンと言いますが、お茶を配っている内に、校長から何故か運動会の司会進行を任されました・・・! けれど、お姉さんはこういうことに慣れてるからみんな安心してねー! さあ、元気だしてみんなで運動会をハリきっちゃおうねー!」

 キャイーンと名乗るキャワキャワは、いつも通り元気一杯だ。

「あんないい人が司会をやってくれるなら安心ですね!」

 ククレアは、あっさりとキャワキャワをキャイーンだと信じ込んだようだ。

「さあ、“気弱な運動会”の始まり始まり~!」

 生徒たちは、

「頼りになりそうなお姉さんだ!」

「校長の司会よりいいぜ!」

とすでにキャワキャワを信頼しているようだ。

「オーッホホホホホ! 私のビリ優勝は決まったも同然! お姉さまなんて、全部一位に決まってるでしょ?」

と胸を張るヨワイコ。

 さらに、城ケ崎も弓矢の弦を引き絞っているようだ。

 グラウンドには、信じられない程の大勢の人々が集まっており、ぎっしりである。

「これ、みんな運動会に!?」

 ボンは驚く。

「なんせ“億者”になれば、借金しほうだい、破産し放題ですからねえ」

「最悪じゃないか!」

「そう、最悪の存在が“億者”・・・この国中の憧れです」

 ククレアはうっとりとしている。

「ボンさんこそ、ふさわしい・・・!」

「僕はそんなのイヤだ・・・!」

 城ケ崎は、

「フン、今更おじけづいた・・・? それでは“七柱”にもなれないわね」

とピンクの髪を揺らしている。

「さあさあ、まずは競技一回戦・・・・! 総勢、千人も集まったこの“気弱な運動会”・・・! まず、一回戦の『だるまさんが自立した』で勝負しましょう!!」

 キャワキャワはそう言った。

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