第10話

「まさか姉さん、いきなりあの技を!?」

 キャワキャワは、そのままで少し速めにボンの周囲を歩いている!

「あ・・・そんなまさか!? キャワキャワさんは、少し速く歩くことでボンさんを惑わせている・・・?」

 ククレアは驚愕しながら、そう言った。

「あれは・・・名付けるなら『早歩き』! あんなに速く歩かれては、目で追う事しかできない・・・!」

 城ケ崎も、

「そ、そうか・・・確かに歩く時に腕と足の振りを強めれば・・・相対的に通常よりも速く歩ける!? こんな盲点を突くなんて・・・恐るべし、キャワキャワ!」

 ボンは、キャワキャワの“早歩き”に戸惑うだけだった。

(少し速い・・・)

(しかし、目では追える・・・?)

 キャワキャワは恐竜の着ぐるみのままで、可愛らしく手足を動かし、早歩きを続ける!

「キャワッハハハ! あなたは、もはやこの早歩きの虜! そして・・・見なさい!」

 キャワキャワは鋭く指さした!

 彼女の歩く、螺旋の延長上!

 そこには、木の根っこが鋭く上に突き出していた!

「やはり恐ろしいぜ、姉さん! その丸くて愛くるしい体型にボンはもうメメロメロメロリンパだぜ!」

 ナカナカはぐぐと親指を立てている。

「ナカナカ! 私の体型は丸くないわ! 少し腰に筋肉がついてるだけよ!」

とキャワキャワは早歩きをしながら反論する。

「姉さん、まさかあの根っこに足を引っかけて転ぶつもりか!? ここまでの計算されつくした敗北ムーヴメント! もはや、ボンには止めることすらできねえ!」

 ナカナカは歓声を上げていた。

 ククレアは悲鳴を上げ、

「まさか、ボンさんが勝つ!? 信じられない程の弱さで、“臆者”の候補のはずのボンさんが!?」

「ククレア、覚悟を決めて、次は私たちの番よ・・・? いくら、ボンくんでもあそこまでのキャワキャワの敗北ムーヴメントではどうしようもない・・・もし、次に私がキャワキャワに勝てば、その次はあんたよ。いくら天才のあんたでも、少しは意地を・・・」

「いいえ・・・! 城ケ崎さん! まだ、ボンさんを見て!」

 ククレアは決然として言った。

「あの、ボンさんの死んだ魚のようなやる気の無い眼! あれはまだ、勝負を捨てることを捨てていない・・・!」

「ククレア!? まさかあんた、ここからボンくんの逆転負けがあると・・・!?」

「私は信じています・・・! ボンさんは、誰にも勝つことは決してない・・・!」

「あんたバカね、ククレア。そこまでボンの弱さを信じるだなんて・・・!」

 しかし、キャワキャワの早歩きはボンを中心に螺旋を描いている。

 ボンはどうにかそれを目で追うだけであった。

「キャワッハハハ! 半周もすれば、私は樹の根っこで転んでしまう! あなたは何もできやしないわ!」

 キャワキャワの早歩きムーブメントで勝負は決まるかに思えた!

 しかし・・・

「う・・・!? 目が!?」

 ここでボンの視界と肉体に急変!!

 スキルボールは言う。

『固有スキル・めまい発動』

 ボンは実年齢33歳。

 しかし、長年のブラック労働で近眼、老眼と目は相当に痛んでいる。

 さらに固有スキル・『めまい』を授かったばかり。

 それが、キャワキャワの早歩きを追うことによって、途方もない『めまい』を発動していた。

「うぐっ、もう立っていられない・・・ククレアさん、またしてもすいません・・・」

 ボンは突如として倒れようとしていた。

「なあ!? あれだけのことで、めまいを!? ボンは弱すぎるわ! なんという虚弱!! 脆弱!」

 城ケ崎は驚愕していた。

「見ましたか、あれがボンさんの真の弱さです! その虚弱体質は、すでに魔王にも匹敵する・・・!」

 ククレアは勇者を見るような視線をボンに送る。

「ククレア? あんた、あのボンが・・・着ぐるみ魔王イイコイイコにも匹敵すると・・・?」

 ククレアの目には何の疑いもない。

「私は信じています! ボンさんは、全ての敵に負けることを・・・!」

 キャワキャワの顔色に曇りがあった。

「そうはさせるか!! 私があの根っこに先にたどり着けばいいだけ・・・! スキル・早歩き、モードオン!」

 キャワキャワは、その着ぐるみの状態でさらにスピードのある早歩きに変わった。

「姉さん、早歩きをマックスにして、つまづいて転ぶつもりダア! いくらボンでも姉さんのあの敗北ムーヴメントの前では、勝つしかねえ!」

 ナカナカは叫ぶ。

 ボンはしかし、ちょうどキャワキャワの早歩きする路上に、ふらついて倒れようとしていた。

(う・・・これじゃキャワキャワにぶつかる)

 ボンは、頭をふらつかせ、ちょうどキャワキャワの早歩きする腹にぶつかった!

「ぐはあっ!!」

 ボンは着ぐるみの腹に押され、そして樹の根っこに頭をぶつけていた。

「馬鹿な! なんというドジっぷり!?」

 キャワキャワは驚愕の叫び。

 ボンは空を見上げていた。

「やっぱり、僕は誰にも勝てないのか・・・」

 こうして勢い込んでも、着ぐるみの女子にまでボロ負けする有様だ。

 しかし、ククレアは満面の笑顔で駆け寄ってきて、

「お見事!! それまでです・・・! ボンさん、あなたはキャワキャワさんにも負けたのです! 見事なドジさと負けっぷりです!!」

 ククレアはボンを抱きかかえた。

「へ・・・?」

「こんな弱い人は外にはいません!」

 城ケ崎も、

「ふうっ、これが“臆者”の真の実力ってこと・・・? あのキャワキャワに一蹴されて、青天だなんて・・・これじゃ、私も認めるしかないわよね」

 少し興奮して、頬を上気させているようだ。

 キャワキャワは愕然としていた。

「わ、私が勝った・・・? あの完璧に計算した敗北ムーヴメントから・・・?」

「姉さん、やっぱりヤツは最弱だ!」

「まだよ・・・まだ、今からあの木の根っこで転べばいいだけよ!」

 キャワキャワはムキになったように駆け出していく。

 しかし、ナカナカはそれを抱き留める。

「もう、よしてくれ! 姉さん!」

ナカナカは姉の肩を掴む。

「何をいうの、ナカナカ!?」

「俺は・・・・そもそも姉さんが転ぶ所なんて見たくねえんだ! 姉さんは、本当は転んだりする人じゃねえ、立派な人だ!」

 ナカナカは目に涙を溜めながらそう叫んだ。

「ぐ・・・いつも甘い子ね、ナカナカ!」

「もう無理だ! 姉さん、ここはひとまず、ウルウル様に報告だあ!」

「くうっ、覚えていなさい、ボン! このキャワキャワに敗北した美酒に酔いしれるのも今の内よ!」

 キャワキャワはさっさと歩き初めていた。

「ほら、あんたまた靴紐がほどけかかってるじゃない、馬鹿なんだから!」

 ナカナカの世話を焼きながら、山道を降りていくようだ。

「やりました・・・! ボンさんはこれで、また最弱六公を退けたのです・・・!

私は分かっていましたよ・・・ボンさんより弱い人なんていないって・・!」

 ククレアは嬉しそうだ。

「フっ、私もあんたを少しは認めてあげてもいいわ・・・! ここまでの弱さなら」

 ボンは今までのことを計算し始めた。

「そうか・・・! 僕にも分かりました!」

 ボンは何かを閃いた様子だ。

「どうしたんです?」

 ククレアは首を傾げる。

「この逆世界は・・・駄目駄目な人の方が褒められて称えられるんだ! そして、勝負は全て負けた側が勝ちとされている・・・! そういうことだね!?」

 今までの疑問の点と線が繋がった・・・!

「な・・・? ボンさん? あなた・・・」

「ボン、キミは・・・」

 ククレアと城ケ崎は揃って、

「「遅すぎる! 気づくのが遅すぎます!」」

と言った。

「なんという鈍さと判断の遅さ・・・やはり、“臆者”とはあなたのこと・・・!」

 ククレアの称えるその眼は、伝説の勇者を見守るような誉れに溢れている。

「そこを褒めるの!?」

「もちろんです! なんせ、逆世界ですから」

 ククレアは自信たっぷりだ。

(けど・・・僕は本当は強くなりたい・・・ククレアさんのように)

 ボンは心中でそう思っていたのだった。


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